case04 意気投合
「やっぱ、オフロードでしょ!」
「いや、お前ハードル高すぎないか?」
自分の趣味に付合ってくれと言わんばかりの颯佐をおさえつつ、颯佐と高嶺提案の「遅めの青春大作戦」を遂行すべく、何処に行こうかと案を出し合っていた。
まだ翠のイチョウの木の下にはベンチがあり、神津の隣には颯佐が座っており、俺はイチョウの木と青い空を見上げながら物思いにふけっていた。颯佐を止めるのは、俺よりか高嶺の方が上手い。だが、高嶺は颯佐のブレーキを外しているようで口を挟まなかった。大方、面倒くさいと思っているのだろう。
「えーでも、オフロード楽しいじゃん。よく行くけど、今度皆でいくならジムニーじゃなくてハマー H2乗ろうって決めてたんだけど」
しゅんと、耳を下げる颯佐を見ていると俺は喉の奥から変な音が鳴った。そんな顔されると何も言えなくなる。
神津も似たような顔をするため、颯佐も神津も子犬のように感じてしまう。
「だって、あの大きさ!軍用四輪駆動車……あれ乗り回したら楽しいだろうなって。男のロマンつまってんじゃん!」
目をキラキラ輝かせて語る颯佐にどうも俺はついていけなかった。
何を言っているか分からない。
俺は理解が追いつかず、顔を引きつらせていたが、高嶺は理解があるようで「そうだなあ」とでも何処か気のない返事をしていた。嫌いではないのだろうが、高嶺は身体を動かせるレジャー施設にいきたいと言った感じを醸し出していた。どっちも行けばいいのにと思いつつ、乗り物酔いをしやすい俺にとっては、出来るならごめんしたい。
そんな風に、語る颯佐の話を神津は真剣に聞いており、その横で颯佐は話を聞いてくれる神津を見て嬉しく思ったのかさらに熱が籠もった。
「ユキユキにもあの景色見せてあげたい。助手席から見る景色、きっと癖になると思う。勿論、オレの運転にも惚れちゃうかもだけど」
「うーん、車はあまり乗らないけど、バイクなら乗るかなあ」
「バイク!?何に乗るの!?ユキユキ、興味あるの!?」
と、いつもの颯佐からでは考えられないような食いつきをし、身を乗り出していた。
神津はそんな颯佐を見つつ、少し考える素振りを見せた後、「GSX-R125 ABSとか、ZX-25Rかな」と小さく呟いた。
颯佐は、それを耳にした瞬間、勢い良く立ち上がり、神津の両肩を掴む。そして、神津の体を揺らしながら「GSX-R125 ABS!?ZX-25R!?」と声を荒げた。
「ユキユキ見る目ありすぎ、オレも大好き。え、え、もしかして乗ってた?あるなら、今度乗らせてよ」
「1台は、お母さんに預けてて海外に置いてきたし、今はどっちかっていうと2人乗りできるものに乗り換えたかなあ。ああ、でも ZX-25Rはまだ乗ってるね」
「マジで!?見せて、え、え、何色!?矢っ張りライムグリーン?」
颯佐は興奮して、神津の腕を掴みながら質問攻めをする。
神津はそれに丁寧に答えつつ、時折相槌、笑みを零していた。
「おい、高嶺。分かるか?」
「はあ?分かるわけねえだろ。車なら兎も角、バイクの話は詳しくねえよ」
「俺もだ。よくあれについていけるな、神津……いや、颯佐の乗り物好きにも参るが」
こそりと高嶺に、颯佐と神津の会話についていけるかと聞いたが、高嶺は1つも理解できないというように首を横に振った。勿論俺も理解できず、ただ2人を見守っているだけしか出来なかった。
そういえば、神津はバイクを乗り回していたなあと思い出し、事務所があるマンションの下の駐輪場にライムグリーン色の格好いいバイクが置いてあった気がする。だが、俺と出かけるときは、また違う色のバイクだった気がするため一体何台持っているのかと不思議になる。
今の話から、最低でも三台持っていると言うことになる。それは、自分の稼いだお金で買ったというのだろうか。
(いや、買えなくもねえよな……プロのピアニストやってたんだし、母親も父親も稼いでるし……)
不思議ではないと納得してしまった。
けれど、神津がバイク好きとは知らなかった。ただ趣味で集めているだけかも知れないが、それでもあそこまで詳しいと言うことは興味があるのだろう。
俺と高嶺じゃついていけない。
「それで?空、何処に行くんだよ」
「ん~オフロード、ユキユキとバイクの話しもしたいし、このままバイクショップいきたい所だけど、2人は嫌でしょ?」
と、俺と高嶺を見る颯佐。
答えは、勿論嫌だ。
友人の趣味に付合うのは苦ではないが、さすがにこれ以上専門的な橋を続けられても俺と高嶺が困る。もっと、皆が行くような場所を選んでくれと願うと、それに答えるように颯佐は「じゃあ、今回は諦めて……」と息を吐きつつ、行き先を口にする。
「カラオケとかどう?」
「なんかぽいな。確かに青春って感じがするな」
そう言ってやれば、颯佐は「じゃあ決まりね」と立ち上がった。
神津はカラオケ? と首を傾げる。知らないというわけではないだろうが、あまり馴染みのないところだろう。彼は歌うよりも弾く方が専門だから。
俺も、数回しかいったことないし、いったのもこの2人とだが……
(いや、待てよ。いいのか?確か高嶺は……)
「おう、カラオケか!久しぶりに一杯歌おうな!」
ちらりと高嶺を見れば、やる気満々と腕まくりをしていた。颯佐はそんな高嶺を見て何やら笑いを堪えていたが、漏れ出している。
「春ちゃん、カラオケ楽しみだね」
「おそ、そうだな……」
「春ちゃんどうしたの?」
「いや、何でも」
俺はふいっと神津から顔を逸らした。
行きたくないわけではなくて……いや、行きたくないという気持ちは少なからずあった。理由は単純で、だが本人を目の前にすると小さな声でも言えない。
(高嶺の奴、すげえ音痴なんだよ)
またあの耳の痛くなるようなだみ声を聞かなければならないのかと思うと、今から胃がキュッと縮こまるような思いがした。




