case01 盗聴でもされているのか!?
イチョウの葉が黄色く染まるのは、もう少し先だろうか。
「おー明智、こっちだこっち」
まだ若々しい翠のイチョウの木の下で、俺の名前を呼んで手を振っている高嶺が見え俺は少し駆け足でそこへと向かう。
まだ早朝の8時だというのに、元気そうな高嶺を見ているとランニングでもしていたのだろうと容易に予想がついた。今でも、身体を動かすことは趣味らしく、出勤前に走っているらしい。
高嶺とは昨日ぶりだが、警察学校を卒業してからというもの、一度も会っていなかった。勿論、それは颯佐も同じなのだが、配属されたのは俺が捌剣市で、2人は双馬市だったからだ。あう機会がなかったわけではないが、互いに忙しくしていた。
そうして、昨日再会したのだが変わっていない同期を見ると、警察を辞めた俺は合わせる顔がないようにも思えた。
「お前、何時に呼び出してんだ」
「わりぃ、わりぃ。いつもの癖でな」
「つか、非番なのかよ。お前、捌剣市に異動になったんだろ?この犯罪件数ヤバ目な街に。警察がいくらいても足りないぐらい忙しいって聞くぞ?」
と、皮肉と本当のことを混ぜていってやれば、高嶺はそうだな。と、呟いた。
双馬市は安心安全な街と評判高いのに、隣町である捌剣市はどうも犯罪件数が多く危険な街だと言われている。まるで、あっちの犯罪者がこちらに流れてきているとでも言わんばかりに、窃盗も、強姦も、殺人も兎に角事件が起きない日はない。
そんな安心安全な街から移動となった高嶺は、希望していた捜査第一課強行犯捜査係の刑事になれたようで俺も誇らしかった。
「まあ、忙しいのは忙しいが1周まわって慣れたというか。それでも、どうずる休みするか考えるぐらいしか楽しみはねえかな」
そう高嶺は言ってへらりと笑う。
高嶺でも疲れることがあるのかと不思議に思いつつも、彼は彼なりに頑張っているのだと知る。
聞けば、颯佐も希望通りパイロットになれたらしく、この年ですでにエースパイロットとも呼ばれているらしい。颯佐も高嶺もそれぞれ希望通りの配属先で、今はバリバリ働いているようだ。
「そういえば、颯佐はまだ来てないのか?」
「あー、便所にでもいってんじゃね?」
辺りを見渡し、まだ颯佐が来ていないことを確認する。
高嶺のメールでは、颯佐も一緒に待ち合わせているとかいてあったため、てっきり2人で来ているものだと思った。
高嶺は便所だと言ったが、そもそも颯佐は朝が弱いタイプで、どれだけ起こしても頑固に起きなかった。それで何度、警察学校時代寝坊しかけたか数えるのも馬鹿馬鹿しい。寝起きが悪いというよりかは、寝起きは子供のようで潤んだ瞳で上目遣いをし、枕を離さなくなる。「もうちょっと、寝てたいの」と、元々かわいい系の顔をさらに幼くさせて言うものだから、無理矢理起こすのは良心が痛んだ。
「つか、颯佐ひとり暮らししてんのかよ」
そんな颯佐がひとり暮らしをすれば、1日中寝ているだろうと思い、高嶺に尋ねれば、高嶺は「なわけねえだろ」と即答した。
「同居してんだよ。同居。彼奴が1人で起きられるわけねえじゃん」
「確かに」
高嶺の言葉に納得しつつ、同居をしているのかと驚いた。別に、不思議だとは思わなかったが、配属先は違っただろうにと、今でも続く仲の良さを垣間見て、俺は感慨深くなった。
元々、高嶺と颯佐は仲が良く、息ぴったりの幼馴染みだった。
警察学校時代、彼らが喧嘩しているところなど1度も見たことが無い。
「まあ、同居を持ちかけたのは俺の方何だが」
「何かいったか、高嶺?」
「いーや、何も」
そう言いながら、高嶺は頭の後ろで腕を組み、「何処で脂うってんだか」と呟いた。その言い方からして一緒に来たのだろう。
(同居もしてる見たいだしな……つか、休みが被ったのか?)
昨日といい、今日といい、忙しいという割には時間があるような2人が怪しく思えた。本当に、忙しい刑事とパイロットなのだろうかと。
「いや、忙しいのはほんとだぜ?呼び出し喰らう事なんてしょっちゅうだし、毎日強盗、殺人、誘拐の連鎖だわ」
「笑い事じゃねえよ」
すっかり慣れてしまったとでも言うように高嶺はいうが、強盗、殺人、誘拐など毎日あるなんてたまったもんじゃない。それだけ、毎日悲しんでいる人がいると思うと、いたたまれない気持ちになる。
警察を辞めた俺にはどうしようもないが。
「しっかし、遅いなあ……マジで、事件にでも巻き込まれてんじゃねえか?」
「おい、縁起でもないこと言うなよ。それでも、同居人か?」
そんな風に、高嶺が言うので思わず真面目なツッコミをすれば「ミオミオ、ハルハルー」と颯佐の声が聞えてきた。でも、何処か裏返ったような声色で、俺たちは一斉に声の下方向を向いた。
「つ、捕まっちゃったあ」
「か、神津!?」
声のする方へと視線を向ける。すると、そこには、首根っこを捕まれ半べそかいている颯佐と、彼を持ち上げて笑っている神津の姿があった。勿論、神津は目が笑っていなかった。




