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百日草の同期  作者: 兎束作哉
第1章 再会の同期
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case02 蛇足



 俺の頬を優しく撫でる手も、音楽を奏でるように俺の身体に触れる手も、くすぐったくて、触れられたところが火傷するぐらい熱かった。



「……春ちゃん大丈夫?」



 ベッドに寝転んだまま、俺はぼんやりと天井を見つめる。


 隣で同じように横になっている神津が、俺の髪をいじりながら、何か言いたげにしていた。

 視線だけを神津に向けると、心配そうな表情を浮かべていて、俺は思わず苦笑いをしてしまう。誰のせいでこうなっていると思っているんだと、言ってやりたかったが、生憎そんな体力は残っていない。



「まあ、なんとか……」

「そっか、良かった」



 神津は、心底安心したような顔でそう言うと、俺を抱き寄せてきた。



「痛ぇ」

「ごめんね、春ちゃん。でも嬉しくって。もうちょっと抱きしめさせて」

「……ん」



 俺が返事をすると、神津はぎゅっと力を込めて俺を抱きしめた。

 そのまま暫くの間、俺たちは無言で抱き合っていた。


 言葉はいらなかった。


 ただ、お互いの存在を感じて安心している。それだけのことだった。

 それでもまだ何か足りないような気がして、どうしても恋人なのに恋人のまねごとのように感じてしまった。酷く虚しくて、俺は泣きそうになる。



「春ちゃん」

「……なんだよ」

「春ちゃんどうだった?」

「どうだったって、さっきの感想か?」



 俺がそう尋ねると、神津は少し恥ずかしそうにしながら小さく首を縦に振った。

 その様子がおかしくて、俺はつい笑ってしまう。そんなこと聞かなくても分かるくせに、わざわざ聞くのかよ。


 ふぅ、と息を吐き、俺は答える。

 だが、一度そこで立ち止まってしまい、あの虚しさが心の中をぐちゃぐちゃと土足で踏み荒らしていく。



「…………わかんねえ」

「え……えっと、春ちゃん」



 気づいたときには、余計な言葉を口にしていた気がする。



「だって、この行為には生産性も何もねえだろ。何か、恋人のまねごとみたいじゃねえか」



 自分で言ったはずなのに、その言葉はナイフとなって俺の胸に深く突き刺さる。

 そんなこと言うつもりなかったのに、どうして。



(恋人のまねごと?恋人だろうが……)



 やめてくれよ。と、自分に懇願してもその言葉は止まることなく口から流れ出てしまう。



「……悪ぃ、神津。違う。そういう意味じゃなくてだな。ただ、何ていうか……上手く言えねぇけど、この関係って本物なのかなって思って」



 ああ、本当に最悪だ。最低なこと言ってしまった。何が「そういう意味じゃないんだ」だよ。全然違うじゃないか。


 俺は怖くて神津の顔が見えなかったが、今彼がどんなかおをしているのか想像するも恐ろしかった。

 ようやく会えたのに、触れられたのに、好きだっていて貰える距離にいるのに、どうして突き放すような言葉ばかりでてきてしまうのだろうか。


 それとも、もうあの空白の10年の間に神津は俺への気持ちが薄れていた? いや、そうだったら男なんて抱かないよな。

 ぐるぐると回る思考は止ることを知らず、俺は頭を抱えた。



「春ちゃん」



 神津の声にビクッと身体が震える。俺は恐る恐る神津の方を見ると、彼は悲しそうな顔をしていて、俺は慌てて謝ろうとしたのだが、その前に神津が口を開いた。



「嫌だった?」

「いや……だった、わけじゃ」

「無理しなくて良いよ。僕も無理させた自覚あるし……ちょっといきなり距離つめ過ぎちゃったね。ごめん」



と、神津は悪くないのに頭を下げた。


 それがとても悲しげで抱きしめなきゃいけない気がしたのに、俺の手は神津に触れる前に止って引っ込んでしまう。抱きしめる資格も、触れる資格もないのだと、俺はまた自分を傷つけて傷つける。



「別に……悪いのは俺だろ」

「ううん、僕の方こそ春ちゃんの気持ち考えずに突っ走っちゃったから。僕、春ちゃんがいてくれればそれでいいのに。ごめんね、付合わせちゃって」

「……神津」



 疲れたから、お休み。と俺の目を覆って神津は微笑んだ。最後に見た神津の顔は暗くてどんなんだったか分からなかった。

 それでも、きっと悲しそうなかおをしていたんだろうなと容易に予想がついた。



 そうして、俺たちの初夜は失敗したと同時に、以降この話がタブーのごとく触れられなくなった。勿論、神津からのお誘いもそういう目で見られることもぱたりとなくなった。


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