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百日草の同期  作者: 兎束作哉
第2章 赤と青の同期
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case11 空色の同期の趣味は



「嫌々無理だろ、水没する」

「大丈夫だって、死なないから」



 車を借りてきたはいいが、その後颯佐は「ジムニーでよかった?ハマー H2の方がよかったかな?」などと尋ねてきたが、車には疎いため、颯佐に全てお任せした。車内はそこまで広いようには感じなかったが、何というか俺の知っている車とは違って若干車体が高いような気がした。


 オフロードに行くために山奥へと向かいながら、車は走る。


 舗装されていない道を強くアクセルを踏み込み、加速させていく。出っ張った岩場や、深そうな沼、タイヤが持っていかれそうな砂場など兎に角、普通なら走らないような道なき道を走っていく。車内はひっきりなしに揺れていて、何度か舌をかんでしまった。

 颯佐は運転が楽しいらしく、ハンドルを握りしめ、アクセルをガンガンに踏みながら鼻歌を歌っていた。助手席に座っている高嶺も慣れたものらしく、俺が舌をかんで痛がっている様子を見て爆笑していた。


 そして、目の前の深い水たまりに沈んでいく様子を見て俺は命の危険を感じていた。大丈夫だと、颯佐は言うが、だんだん水に沈むスピードが上がっているように感じる。

 死ぬんじゃないかと思っていると、颯佐はブレーキを思い切り踏んだ。車が急停止して、勢いよく後ろへ引っ張られる感覚に襲われる。何とか座席にしがみついて耐えれば、フロントガラスからは水が引いていた。それからもう一度突っ込んで、ゆっくりと前に進んでいく。すると、ようやく水たまりを抜けることが出来た。

 どうやら、ぎりぎりのところで助かったようだ。



(まじで、危なかった)



 ヒヤヒヤと汗をかいている俺とは対照的に、颯佐は上機嫌だった。

 もう、顔がプロのそれに見えた。慣れたもので、颯佐は楽しそうに笑みを浮かべそして、再び車を発進させる。確かに、楽しい……とはまだ思えないが、スリルはあってそこら辺のレジャー施設よりかもよっぽど面白いだろう。男のロマンみたいなのがつまっている。



「……うぇ、酔った」

「おい、吐くなよ?明智」



 うぷっと、吐き気がこみ上げてきて、思わず手で口を覆った。

 ようやく楽しいと思い始めたところで、そもそも乗り物酔いしやすい体質だったと、今更ながらに自分の弱点を思い出す。

 そんな様子を横目で見ていた高嶺が声をかけてきた。


 だが、心配は無用だ。これぐらい我慢できる。それに、ダサいところ見られたくねえ。


 けれど、我慢しているのが分かったのか颯佐にまで「吐かないでよ?ジムニー汚れる」と、俺じゃなくて車の心配をされた。

 誰も俺の味方してくれねえのかよと、口元を抑えながらも、窓の外を眺める。

 暫く走っていると、少し開けた場所に出た。



「ああ、そうだ。ハルハル。最後の難所の前に、ハルハルの気分を紛らわすためにさっきの質問に答えてあげるよ」



と、颯佐はどこからどう会話が繋がったのか分からない事を言い出したので、俺は首を傾げる。


 颯佐は「さっきのことだよ~」と言いつつ、ハンドルを切りゆっくり前進しながら話し始めた。



「何でパイロットにならなかったかって話。ほら、大学か大学院まで行って新卒で航空会社にってことも考えられるじゃん見たいな事ハルハル思ってたみたいじゃん。何か、免許持ってるのに勿体ない、見たいな顔してて」

「あ、ああ……」



 その事かと、俺は納得しつつ颯佐の話しに耳を傾けた。


 そうだ、颯佐ほどの人間が運転やらまだヘリコプターを操縦しているところは見たこと無いが、乗り物が好きだろうにどうしてその道を進まなかったのか気になった。高卒じゃまだパイロットになれないだろうから、大学、大学院を出るかまたは航空大学校なんてものもあるから、高校でもそういう系の所をいっていたのであれば、勧められたはずだ。けれど、高卒で警察官になろうとしている。そこに何があったのか、気になっていたのだ。



「確かに、パイロットになりたかったし、飛行機だって運転してみたかったよ?でもね、親に止められちゃったんだ」

「金が出せないからか?」



 そう聞けば、颯佐は首を横に振った。

 そもそも、ヘリコプターの免許なんて先ほど調べたがかなり金がかかる。それはもう車の何十倍も。それに加えて、私立の金のかかりそうな高校に通ってたとなれば、颯佐の家はお金持ちだと推測できる。



「違うよ。あのね、こういう話、するのはどうかと思ったんだけど……そもそも、オレがパイロットになりたいって思ったのは、父さんがパイロットだったからなんだ。でも、その父さんは飛行中の事故で死んじゃって。それがあるから、母さんはパイロットになって欲しくないって止めたんだ。大学の進学を考えていた3年生の時にね。ほんと、タイミングが悪かった」



と、颯佐は淡々と話し始めた。


 それから、ハンドルを握りしめながら、どこか遠くを見つめていた。

 それからすぐに颯佐はまた笑顔に戻り、明るく振る舞うように言葉を続けた。

 まるで、過去を忘れようとしているようにも見えた。きっと、触れられたくない部分なのかもしれない。それでも、何処か希望に満ちた彼の顔を見ていると、何だか微笑ましく思った。



(俺も、親父みたいな警察官になりたいから警察を志したしな……)



 通ずるところがあり、俺は颯佐の話を自分と重ねて聞いていた。



「でも、何で警察官に?」

「そりゃあ、勿論パイロットになる為。といっても、もう飛行機を運転するって言う夢は叶わないけどね。今、オレが目指してるのは警察航空隊のパイロット」

「パイロットになって欲しくないって言う母親の願いは?」

「そんなの無視、無視。母さん、多分警察航空隊のパイロットのこと詳しく知らないから。オレが警察官になりたいーっていったら、公務員だしいいよ。ってこっちはオッケーしてくれたんだ。まあ、オレの目指してるもの知ったらきっと全力で止めただろうけど。それでも、諦められなかったんだ」



 颯佐はそう言ってニカッと笑った。

 車内から見える青空と颯佐の笑顔がマッチしていて、絵になっている。

 そんな風に笑える颯佐はとても眩しかった。



「父さんの運転に魅せられた。でももっと、オレを虜にしたのは青い空だった。あの空を自由に飛びたい。オレは空を愛してるんだ」



 颯佐は断言し、強くアクセルを踏み込んだ。

 まるで、そうなるように付けられた名前だなあと、颯佐の名前を思い浮かべる。



(確かに、颯佐と青空って似合うな)



 いつか、颯佐が操縦するヘリコプターに乗せてもらう妄想をしながら、1人浸っていると、颯佐が俺に声をかけた。



「それじゃあ、最後の難所。ハルハル、舌かまないでね」



と、やや遅れた忠告の言葉を受けた頃には、ガンッと大きな音を立てて車体が弾み俺は盛大に舌をかんだ。




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