case10 外出許可
「外出すんの、こんな面倒なのかよ」
「まあまあ、無事外出許可降りたんだしいいじゃん。お疲れミオミオ」
「それは、お前もだろ」
ガタン、ゴトンと揺れる電車に乗りながら、股をガッと開けて座っている高嶺は未だに外出届を出す際に味わった苦労というか愚痴を吐いていた。
外出が許可されるようになるといっても、外出届を出し許可が下りるには何人ものサインが必要になり、まるでスタンプラリーのように慌ただしく手続きをとまわらなければならない。そうまでして、外出がしたいのか。答えはYESだ。俺たちの他にも慌ただしく外出許可を取りに行っている同期達がいた。
スマホも一応使用できるようになり(といってもこの土日だが)、久しぶりに起動したが、俺はそこまでメールが届いている感じではなかった。よく、一ヶ月後に開いたら大量のメールが……何てこと言われるが、友達も少ない俺にはそういうメッセージが届いていることも電話がかかっていたという履歴もなかった。あるとするなら、迷惑メールの類いか。
母親は、警察学校がどんなところか知っている為、メッセージはよこさなかった。電話も勿論のこと。
こっちから連絡した方がいいだろうと、入校後初めて連絡を入れれば、スマホ越しでも分かるぐらいに心配した声が聞えてきた。ちゃんと食べてるかとか、筋肉痛は大丈夫だとか、仲良くしているだとか。心配していないように見えて、滅茶苦茶に心配してくれていた母親に申し訳なさを感じた。
親孝行できなかった分、せめて、俺が警察官として立派に勤め上げればきっと喜んでくれるだろう。そう思い、近況報告をし、頑張ると伝えて通話を終えた。
その後も、俺は一通り連絡やメールが来ていないか確認する。
(やっぱ、きてねえか……)
「いつまで、ハルハル、スマホ構ってるの?」
「うわっ、驚かせるなよ」
「えーだって、反応ないし。ねー、ミオミオ」
「そうだぞ。後、終点だから降りる準備しろよー」
と、横からスマホを覗かれたのと声をかけられた弾みで、思わず距離を取って小さくなってしまった俺を2人は不思議そうに見てくる。
高嶺の言葉で我に返った俺は急いで上に上げておいた荷物を下ろし、背負う。
「もしかして、恋人からの連絡待ってたりして」
「……そうだな」
「明智が素直なんて珍しいな」
颯佐と高嶺は好き勝手言っていたが、俺はそれが気にならないぐらい、連絡一つない神津の事を気にしていた。今に始まったわけじゃないし、俺が日本で何をしているか彼奴は知らないだろうと。俺も神津が何をしているのか知らないから、お互い様である。
そもそも、音信不通で、着信拒否にされているのだから、どうしようもないのだが。
「つか、結局何処に行くんだよ。結構な田舎まできて」
そういえば、目的地は何処なのだろうかと、俺は2人の後ろについて行き、駅を出る。警察学校がある双馬市から離れ、出身である捌剣市まできたが、未だに颯佐も高嶺も目的地について教えてくれない。ただ、「楽しいこと」とだけ言って、二人してニヤニヤとしていた。今日の目的地は、プランを立てたのは颯佐であるが、高嶺はよく颯佐に付合っているらしいので、当たり前のように知っているし、察しているらしい。
カラオケや、バッティングセンターかと思ったが、どうやら全然違うようだ。
それから、あーでもない、こーでもないと喋りながらバスを乗り継ぎ、とある施設の前に来た。泥や砂の跳ねた工場のような施設の前にはずらりと見慣れない車が並んでおり、中からは賑やかな声が聞こえる。どうやら、キャンプ場も近くにあるようで、アウトドアに適した場所……というのだけは分かった。だが、この車は何だろうと眺めていたら、高嶺がいきなり後ろから肩を組んできたため、舌をかみそうになった。
「危ねえな」
「わりぃ、わりぃ」
「キャンプでもしにきたのか?」
そう聞けば、高嶺は首を横に振った。
なら、この車が鍵になるのだろうかと、推理する。辺りを見渡せば、いつの間にか颯佐は消えており、何処に行ったのだろうと探していれば、ひょっこりと彼は現れた。
「ミオミオ、まだハルハルに正解いってない?」
「おうよ!今日は、空の独壇場だからな」
と、2人だけが分かるような会話を繰り広げられ、俺は置いてけぼりを喰らっていた。
颯佐の独壇場とは? と見ていれば、彼の青い瞳と目が合った。一段とキラキラと輝いている目を見たら、何となく、今日は彼の趣味に付合わされるんだろうなと察する。
(車……山奥、アウトドア……もしかして)
答えを言おうか迷っていれば、颯佐はじゃーん。と車の鍵のようなものを取りだしてニッと白い歯を見せて笑った。
何でも、車をレンタルしてきたらしい。
「今日は、オフロードに付合ってもらいたいと思います!オレの趣味!」
そう颯佐は宣言した。
予想はばっちり合っていたようだった。
(つか、まだ19なのに、趣味がオフロードって……)
車の運転免許も数年前に取ったばかりだろうし、まだ運転慣れしていないんじゃないかと、普通の運転よりも過酷で過激なことをしようとしている颯佐に少し恐れを抱いた。
そんな俺とは裏腹に、高嶺はワクワクとした表情を浮かべている。
(此奴らは……)
普通ではないことは分かっているが、まさかこんなにもアクティブな奴だとは思わなかった。いや、初めから何処か変わっているなあ、度胸あるなあなどと感じていたが、こういう所からもそれがきているのではないかと、俺は思い始めた。まあ、今更といった感じなのだが。
「勿論、免許は持ってんだよな」
「あったり前じゃん。持ってなきゃ運転できないし」
と、颯佐は嬉しそうに語る。
本気で好き何だなあと、何処か遠い存在だと感じつつも適度に相槌を打った。
花にも車にも興味がなくて、自分でも一体何に興味があるんだと言うぐらい様々なことに無関心だった。
颯佐には興味関心、そして趣味があっていいと羨ましくも思う。
「空が凄いのはそれだけじゃないぜ」
そう、口を挟んだのは高嶺だった。
凄いのはそれだけではないと、他に何があるのだというのかと聞けば、高嶺はまるで自分事のように胸をはって口を開いた。
「バイク免許、普通免許は勿論だが、それに加えてヘリコプターの免許も持ってんだよ。空は」
「は?ヘリコプター!?」
聞き間違えではないかと、高嶺をみ、それから颯佐を見れば颯佐は照れるなあと言ったように頬をかいていた。まんざらでもなさそうに。
確かに17歳から取れるがそんなほいほい取れるものなのだろうか。15歳から16歳の間にバイク免許を、そして17歳から18歳の間に普通免許を取ったとして、ヘリコプターの免許まで取れるものなのだろうか。
そう疑問ばかりが頭を埋めようとしていたとき、颯佐は言った。
「ほら、前いったじゃん。やりたいことがあるからミオミオとは違う高校に行ったって。その高校って言うのが、パイロットを目指す人が行く高校で……まあそこで色々」
「いや、それでも凄えよ」
よっぽどそういうことに関しては優秀なんだと、俺は颯佐の評価を改めた。英語もかなり出来るだろうし、専門知識が高いのはそのせいかと納得する。
だが、何故警察になったのだろうか。パイロットを目指していたというのなら。
「なあ、何で颯佐は――」
「まあまあ、その細かいことはその内話すから、まずは乗ろう!久しぶりの運転で今、凄くうずうずしているから。早く乗りたいの!」
と、颯佐は何かを隠すように俺の手を引いて走り出した。




