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百日草の同期  作者: 兎束作哉
第1章 再会の同期
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case01 幼馴染みの要求 



「春ちゃん……一緒に寝て欲しいなって」

「……はあ?」



 恋人のいきなりの爆弾発言に俺は思わず聞き返した。

 手に持っていたマグカップは、するりと俺の手のひらをすり抜けて床に落ちると、盛大に割れ、床に甘ったるいココアの匂いが広がった。



「あー!春ちゃん、危ない、怪我してない?」

「お、おう……」



 先ほどまで、よそよそしくそれでいて爆弾発言をしたとは思えない恋人であり幼馴染みの、神津恭(かみづゆき)は零れたココアを気にしつつ俺に怪我はないかと過剰なまでに心配してきた。にぎにぎと俺の手を掴み彼の手が若干卑猥に感じるのは、さっきの発言のせいだろう。

 俺はどうして良いか分からず、ただされるがままになっていた。

 その間にあれよあれよと、掃除を済ませ、俺の元に戻ってきた神津は、固まってしまった俺の顔をのぞき込んで、大丈夫かと尋ねてきた。


 俺、明智春(あけちはる)は恋人であり幼馴染みの神津の言葉が未だ理解できず、頭が真っ白になっていた。

 神津の一緒に寝たいは、多分そういう普通の意味じゃないだろうなって、すぐに分かった。 



「春ちゃん?」

「……んっ」



 スルッと頬を細い指で撫でられ、思わず変な声が出た。その反応を見てクスリと笑った神津はいつもより妖艶な雰囲気をまとっていてドキリとした。

 そのまま、神津の顔が近づいてきて、キスされるのかと思ったら唇ではなく額に柔らかい感触があった。

 それがなんだか悔しくて、顔を上げれば神津は余裕そうな笑みを浮べていて余計に腹が立ったと同時に、身体の熱が一気に上昇した。



「どうしたの、春ちゃん?顔赤いよ」

「お、おおお、お前がっ!」



 俺が立ち上がって指を指せば、何のことか分からないとでも言うように神津はこてんと首を傾げた。


 わざとなのか、本気なのか。


 俺は、兎に角これ以上神津の顔を見ていると気持ちがぐちゃぐちゃになってしまいそうで、余計なことを言ってしまいそうだったため視線を逸らした。すると、神津はしゅんと耳を垂らす犬のように悲しそうな表情を浮かべた。



(やめろ!そんな捨てられた子犬みたいな目をするんじゃねえ!) 



 俺は慌てて弁解しようと口を開く前に、神津が先手を打った。



「春ちゃん、もしかしてさっき言った言葉気にしてる?」

「い、いいや、別に。つか、何て言ったかすら覚えてねえわ!」

「一緒に寝たいって言ったの」

「だ――――ッ!言うな、馬鹿!」



 このまま流せればと思っていたが、そう甘くはなく、俺は神津の胸倉を掴んで上下に揺らす。

 それでも、俺の動揺している姿を楽しむかのようにニコニコとしているのだからこいつは質が悪いと思う。

 そして、こんな状況にも関わらず俺はドキドキしてしまうのだ。初々しい態度になってしまうのは、それはきっと目の前にいる男が俺の好きな相手であるからだろう。距離感が分からないのは、きっと離れすぎていたせいで、あの時から俺たちの時間が止っているせいだ。 


 俺と神津は幼馴染みで、家も隣同士で小学生まではずっと一緒だった。だが神津は親の都合により海外へ小学校卒業と共に旅立ってしまい、その別れの日俺は神津にキスをされ、恋人同士になった。小学6年生ということもあって、恋人の定義が曖昧というか、それでいいのかと、世間一般では早すぎると言われそうだが、それでも互いに互いを縛るには十分なものだった。

 そして、神津とは10年間もの間離ればなれで音信不通。その間に俺は恋人を作らなかったし、離れていても神津の事ばかり考えていた。あっちがどういうつもりだったかも、何を考えていたのかも全く知らないが、少なくとも俺は恋人だと思っていたし、その座に居続けた。

 それしか、俺と神津を繋ぐものがなかったから。


 あのキスと、告白を俺はずっと覚えていて、悪く言えば引きずっている。



「それで、春ちゃんどうなの?」

「どうなのって、どうもこうも……」



 じっと、若竹色の瞳に見つめられればもう何も言えない。

 昔から俺はこの目に弱いんだ。

 俺が黙り込んでいると、神津は俺の手を握りしめる。



「僕とえっちするの嫌?」

「いや、とかじゃなくて……いや、その……」



 視線が泳ぐ。


 逃げられないと分かっていても、俺はどうにか逃げ道を探していた。

 勿論、嫌なわけじゃない。ただ、面と向かって言われると恥ずかしいというか、どんなかおをすれば良いか分からないのだ。そして、そもそもその行為に意味があるのかと心の何処かで思ってしまう。しなくても別にいい。でも、恋人同士ならするものなのかもしれない。そんな風にぐるぐると思考が巡っていく。

 俺が答えられずにいると、神津は俺を抱きしめてきた。その温もりが懐かしくて、心地よくて、俺は思わずその背中に手を伸ばしてしまった。



「僕は、春ちゃんと一緒に寝たいです」

「うっ……」

「ね?ダメ?」



 逃げ場などはじめからなかったのかも知れない。

 俺は、無言を貫きつつも神津を見つめる。神津の目は期待に満ちた、それでいて熱っぽくて恥ずかしくなるような欲情した目だった。

 それでも、俺が踏み込むのをよしとしないのは、此奴がまだ帰ってきて数ヶ月しか経っていないこと、俺たちには早すぎるのではないかと思っていることが原因だ。



(10年も恋人で、それで早いって……遅すぎるんだろうけどな)



 告白を受け入れて早10年間経っているわけで、お互いに言葉が交わせる距離で触れられる距離で、恋人だと自覚し始めたのはここ数ヶ月のことだった。だから、そう思うと早いというか、あの空白の10年間をなきものとして考えようとしている神津に腹が立つのもあって、俺は拒んでいた。

 神津が俺を求めているというのは分かっている。気づいている。それでも、俺はよしとしなかった。



「お前、距離の詰め方バグってんだよ。海外にいすぎたせいで男女構わずその距離感で接してんだろ、やめたほうが良いぜ」

「そうかな?そうかも」



 はぐらかすように、誤魔化すようにしてそういえば、神津は特に気にした様子もなく笑った。

 それに少しだけ安心して、俺はため息をつく。



(俺ってめんどくさいよな……)



 皮肉と、嫉妬と混ぜたその言葉の意図を神津がどう捉えたかは知らないが、俺は神津の顔が見えなかった。

 10年前までは普通に顔を見て喋れたし、何なら下の名前で呼び合っていたのに、俺はあの空白の10年を経て神津の事を名字で呼ぶようになっていた。名字で呼ぶまでにいたる大きな心情の変化があったかは覚えていないが、いつの間にか神津の事を「神津」と呼ぶようになっていたのだ。だからか、下の名前で呼ぶのは今更だという感じなのだ。とくに神津も気にしていないようだったので、俺は何も言わなかった。ただ神津は昔と変わらず俺の事を「春ちゃん」と呼ぶ。


 彼奴は変わっていない。変わったのは俺の方か。



「…………そんなに、俺が欲しいのかよ」



 俺は、ぽつりとそう零す。


 抱いて欲しい。


 さすがにそんなに大胆なことは言えないし、同じ気持ちだと察されたら後々面倒だと、逃げ道を用意した言い方で俺は神津に尋ねた。

 神津は、目をぱちくりとさせてから、ゆっくりと首を傾け愛おしそうに「うん」とだけ答えると、俺の左手をとってその甲に口づけをする。



「欲しいよ。僕は、春ちゃんの全てが欲しい。それと、僕の全て春ちゃんに貰って欲しいな」

「…………恭」

「春ちゃん」



 無言で見つめ合って、数秒か数分か。俺は神津の胸に顔を埋めて、肯定の意味を含め小さく何度か頷いた。




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