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百日草の同期  作者: 兎束作哉
第2章 赤と青の同期
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case03 その話は聞きたくない



 その日、父親から「事件で帰れない」との連絡が入り、俺は内心ガッツポーズを決めた。


 別に反抗期というわけではないが、ただただんに父親と話すのが苦手だった。嫌いだからと言うよりかは、話すときに凄く背筋が伸びて疲れるというのが本音だった。


 俺の目標であり、理想の警察官である父親。

 そんな目標で理想の父親と話すのは、俺にとっては大好きなアイドルに認知為れるような、アイドルと話すぐらい緊張したのだ。ただ、そんな可愛らしいものではなく、国民の平和と安全を守る職業である警察官の父親を見ていると、自分が如何に未熟かと実感してしまうのだ。

 それに、俺にとって父親は憧れの人であり、越えるべき壁でもあった。

 いつか、そんな父親のようになりたいと、俺は夢を見ていた。 


 だからこそ、俺の目標は父親と同じ警察になることだった。勿論、それがどれだけ難しいことなのか、俺は知っている。



「春、ごはんできたから座りなさい」



と、母親に声をかけられ俺は開いていた単語帳を閉じて食卓についた。


 テーブルの上には、ハンバーグにサラダ、そして味噌汁が置かれていた。

 母親の料理はいつも美味しいが、今日は特に味が染み込んでいて美味しかった。こんなに美味しいものを作れる母親もすごいが、それを食べても太らない母親もすごかった。と、こんなことを言えば叩かれるのは目に見えているので言わない。けれど、それぐらいスタイルがいいって言うことだ。いつまでも若々しい母親を見ていると、何だかほっこりすると言うか、綺麗という言葉以外出てこないほどだった。


 俺は、食べ終わった食器を流しに持っていき洗い物を始める母親を横目にリビングにあるソファに座った。すると、そのタイミングで母親が俺の隣に座ってきた。

 俺は、特に気にすることなくテレビに視線を向けていた。母親は、確認するように「春」と俺の名前を呼ぶ。改まって何かと顔を向ければ、母親は少し心配そうに俺を見ていた。



「春は、どうして警察になりたいの?」

「どうしてって、親父みたいな格好いい警察官になりたいから……か。んな、子供みたいで恥ずかしい理由だけど」

「そう。でも、大変って言うじゃない。お父さん見てると、いつか倒れてしまうんじゃないかって……凄く心配で、春がそうなるって限らないけど、それでも親として心配、かな」



 そう母親は言うと目を伏せた。


 母親の気持ちも分からないではない。


 俺の住んでいる捌剣市は犯罪発生率が異常に高く、それと同じぐらい事件の解決する件数も多い。

 そのため、ニュースになる事件が多いのだが、その殆どは凶悪犯による殺人事件だった。その他にも放火や、誘拐、宗教やヤクザ絡みのもめ事も多く、ここ数年でそれが増加し、隣の双馬市に移住する人も増えているようだった。

 そんな捌剣市で犯人を捕まえるために、日夜捜査を続ける警察は、市民の救世主と言えるだろう。

 別に救世主になりたいわけでもヒーローになりたいわけでもない。でも、困っている人は放っておけないし、犯罪者も話せば理解してくれると心の何処かで思っている。


 警察官になってゴールではないけれど、目標とする人もいるし、それなりの正義感や信念もある。

 この街で警察官と言えば、他と比べると危険に常に付きまとわれるだろうけれど、それでもやりがいはあるだろうと。



「お袋の言いたいことは分かる。簡単じゃねえし、辛いことも多い。恨まれることだってると思う……それに、このご時世、命の危険があるってのも分かってる」



 先月、犯罪者に警察官が殺されるという事件も起きている。母親はその事件を受けて、全く見ず知らずの警察官のために心を痛めていた。

 そういうのもあって、否定はしないけれど勧めたくはない。と思っているのだろう。


 俺は、母親にそっと触れた。



「大丈夫、死なないって約束するから」

「そんな、ほいほい死ぬようじゃたまらないわ。そんな約束……」



と、母親は口ごもる。


 確かにこんな約束普通はしないだろうなと思った。 

 けれど、口にすることで、言葉で伝えることで何か効力があると思ったのだ。俺は、母親の手をギュッと握る。



「俺の事、応援して下さい」



 俺は、母親と面と向かって言った。

 母親は、一瞬だけ驚いたように目を見開いたがすぐに微笑んでくれた。それはまるで聖母のように美しくて優しい笑みだった。



「そうね、春は1度決めたら絶対に曲げないようなこだもんね」

「あ、ああ……」



 俺はその笑顔を見て心の底から思う――ああ、本当に母親には敵わないと。

 そんな風に、照れくさいような恥ずかしいような思いで母親を見ていれば、何か思い出したように「あっ」と短い声を上げる。



「そういえば、春。恭君とは連絡、取れてる?」



 そう言った母親の発言で、それまで和やかだった空気はピキッと亀裂が入ったように固まった。



「何で……何でそこで、恭の話が出てくるんだよ」




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