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百日草の同期  作者: 兎束作哉
第2章 赤と青の同期
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case02 普通の親子関係で



「ただいま」

「お帰りなさい。早かったわね」



 玄関で足から離れようとしないスニーカーと戦いつつ、挨拶をすればキッチンの方から母親の声が聞えた。

 忙しそうにパタパタとスリッパを鳴らしているところから、夕飯の準備をしているのだろう。


 俺の母親、明智楓は家業である花屋を継いで、夕方は主婦として家事やら洗濯やらを急ピッチでやってくれている働き者だ。元々きびきびしている人で、落ち着いている所なんて見たことが無いぐらい忙しい人でもあった。

 それでも、笑顔を絶やさず文句を言わず俺の弁当やら、制服やらを洗ってくれているのは感謝してもしきれない。

 花屋の仕事もそこそこに忙しく、それでも、閉店時間を延ばしたいぐらいやりがいを感じているのだとか。

 そんな母親のことを俺は尊敬していた。



「部活は行かなくてよかったの?」

「顧問が出張だったのと、手違いで他の部活が体育館使ってたからなくなった」

「そう?そういえば、次の試合っていつだったかしら」



と、キッチンにたどり着いた俺は、予想通り夕食の支度をしていた母親を確認し、カレンダーを見た。


 忙しいのに、そこまで気を遣ってくれる母親は本当に親の鑑だと思った。

 高校生にもなれば、それぐらい自由に他っておいても大丈夫だろうと親離れをしようがしまいが関係無くなってくるのだろうが、俺の母親は幾つになっても俺の事を過保護に扱おうとするのだ。

 忙しいのに、色々と手を焼いてくれている。そんな母親に反抗する気も起きず、俺は反抗期を迎えないままここまできた。

 本当なら、親とぶつかって大人になっていくというのがよくあることだろうが、俺はどうも反抗するきもなければ、口答えも、親を邪険に扱おうとも思わなかった。いつも感謝の心を忘れず、忙しすぎて倒れそうな母親を心配していた。


 最も、反抗しても言いくるめられる、怒られるのを恐れていたからでもあるが。

 俺の父親は、厳格でとても怖い人だったから。



「5月のゴールデンウィークが終わった後だったと思う」

「それじゃあ、カレンダーに丸付けといてくれる?」

「ああ。でも、何でだ?」



 俺は、立ててあった赤いペンを取りその蓋を開けながら母親に尋ねた。

 母親が切り盛りしている花屋の定休日は水曜日、俺の部活の試合は土日なのである。土日祝日も基本的には開けているため、丸をつけたところでこれないだろうにと、不思議に思いつつも俺は試合の日に丸をつけた。母親は、どちらかと言えばアナログ人間で、スマホなどでスケジュールを管理するのが下手だった。俺もそれに似て、スケジュールや必要なものは全て紙に書き出している。


 因みに、部活動はバドミントン部に所属しており、今度の試合はダブルスで出ることになっている。

 始めたきっかけは些細な事だったが、続ける内に楽しくなって今では立派なレギュラー選手になっていた。本当は、剣道と迷ったのだが仮入部したことで抜けられなくなったのもある。高校に入ってから、友達に誘われて入部したが、意外にも性に合っていたらしくて良かったと思っている。


 俺の母親は、そんな俺を嬉しく思ったのか、にこにこと笑いながらフライパンを振っていた。今日のメニューはハンバーグらしい。



「試合、見に行くからね」

「いや、大丈夫だって……ほら、忙しいだろ。母の日とか」

「そうねえ、まあ何とかなるでしょ」



と、母親は楽観的な返事をして鼻歌を歌い始めた。


 ゴールデンウィーク明けの土日と言えば母の日と重なるため、花屋としてはここぞと言うばかりに忙しくなる。そんな日に店を閉めていていいのかと、そっちを優先してくれればいいのにと見つめていれば、「残りの高校生活で数えるほどしかない試合だから」と母親は俺の考えなどお見通しかのように呟いた。

 母親には叶わないなあと、俺はペンの蓋を閉めた。



「ああ、そういえば春、進路のこと何か言われた?」

「……まあ、色々」

「色々って何よ」



 その話題が振られると思っていなかったため、俺は少しだけ言葉を濁した。

 別に隠すようなことでもないし、どうせすぐに分かることだとは思うが。

 俺は鞄の中からプリントを取り出して母親に手渡した。

 そこには、進路希望調査と書かれた紙が挟まっている。母親はそれをちらりと見て、目を丸くした。



「その様子じゃ、また周りから何か言われたんでしょ」

「いいだろ別に、お袋はいいって言ってくれたんだし。曲げるつもりねえよ」

「まっ、その言い方お父さんに似てるわよ」



と、母親はわざとらしく声を上げて俺を軽くしかりつけるように人差し指を立てた。


 母親は俺の進路についてはとくに何も言ってこなかった。行きたい所に、生き方も自由で善いと。そう言ってくれる母親だった。


 ただ――――



「お父さんにもう一度話してね。お金の半分以上出してくれるのお父さんなんだから」



 そう言った母親は、何だか申し訳なさそうに眉を曲げていた。




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