case14 束縛彼氏の鑑
恋人の交友関係を把握したいって、束縛彼氏の鑑だと思った。
いや、この言い方は完全に間違っているのだろうが、俺はどうしたものかと神津を見る。
神津は、話してくれるまでこの場を動かないと言った雰囲気をかもし出しているし、逃げることは出来ないのだろうなとさとる。
「それに、僕さ、春ちゃんが警察だったなんて知らなかったよ」
「…………」
「何も教えてくれない」
そう言った神津の言葉は、ブーメランだと思った。
(教えてくれない以前に、俺もお前の事知らないし、教えてくれないだろうが)
聞けばきっと教えてくれる。でも、俺も神津も自分からは言い出さなかった。神津は何故か分からないが、俺はどちらかと言えば言いたくないという気持ちが強かったのだ。
お互い何かを言いたくなくて、それでいて相手のことを知りたがる。そんな矛盾した感情を抱えながら、神津は俺を見つめていた。
神津は、ただただ無言で、じっと俺を見ている。その視線が痛くて、俺は口を開くほかないと思った。勿論、話を逸らす方向で。
「お前だって、何も教えてくれねえじゃねえか」
「だって、春ちゃんが聞いてこないから」
と、またもお前もだろうが。と言いたくなるような言葉を返した神津に俺はムッと口を尖らせる。
意地を張り合っていても仕方がない。
だが、俺にだって話したくないことがあるのだ。
とくに、警察を辞めた理由だけは、今のところ知られたくないし、教えたくもない。
俺が黙りを決め込めば、神津は仕方ないなあといった感じにため息をついた後、俺の頬から手を離した。温かい神津の手が離れれば、一気に体温が下がるような気さえした。俺の体温は名前と真逆に冷たいから。
「分かった。言いたくないなら言わなくて良いよ。でも、教えてくれる範囲でいいから、ほら、春ちゃんの青春時代の話し聞きたいじゃん」
「……面白いもんじゃねえよ」
「それでもだよ。だって、恋人のこと知りたいって思うの、当然じゃん?」
「お前の場合は、交友関係把握しておきたい束縛彼氏だろ」
そう俺が言えば、神津は一瞬理解できずにフリーズしたが、プッと吹き出すと「何それ」と腹を抱えて笑っていた。
10年もあっちにいて、文化や考え方がズレているのかも知れない。でも、さすがに束縛彼氏の意味ぐらい分かるだろうとみてやれば、神津は笑って零れた涙をふきながら
「そうだね、そうかも」と納得するように繰り返していた。
「束縛したいわけじゃないけど、春ちゃんの交友関係は知っておきたいなあ。だって、春ちゃん友達少なそうだから」
「はあ!?お前、それ失礼すぎんだろ……!俺にだって、友人の1人や2人ぐらい……」
俺はそう言いつつ、指で数えようとしたが2本指を立てたところでこれ以上立てられないことを悟った。
それを見て神津はまた爆笑するので、もう1回頭突きか、腹パンを決めてやろうかと思ったがこれ以上暴力に訴えるのはよくないと自制する。
「友人少なくて悪いかよ!」
「悪いって言ってないじゃん。春ちゃん、暴力はダメだよ!」
結局抑えきれずに、神津の胸倉を掴んでやれば、神津は慌てて俺の手首を掴む。
そして、そのまま俺の腕を引くと、バランスを崩した俺は神津の胸に倒れ込む。それを神津は抱き留めると背中に腕を回し、抱きしめた。
突然のことに目を白黒させていると、神津は耳元で囁いた。
その声音は甘くて、思わず背筋がぞわっとするような感覚に襲われる。それに動揺すれば、神津は俺の髪を撫でて、もう一度同じことを呟く。
それはまるで、愛しい人に言うように甘い声で。
「好き」
「……っ」
「春ちゃん、好きだよ」
「それ、さっき、聞いたから……」
そう言って、抵抗しようとすれば、神津はクスリと笑った。俺の反応を楽しむように、神津は何度もその言葉を繰り返す。
その度に、俺はどうしようもなく恥ずかしくて居た堪れなくなってくる。
きっと今、自分の顔は真っ赤になっているだろう。自分でもそれがよく分かってしまうほど、熱を帯びているのだから。
「本当は凄く嫉妬しちゃってた。あんなムキになって……自分でもびっくりしちゃったんだ」
「……あんときのお前、凄く怖かったぞ」
「ごめんごめん。自分でも抑えが効かなかったんだ……春ちゃんに引っ付いて良いのは僕だけで、春ちゃんが引っ付いて良いのは僕だけって」
「……」
神津は「柄じゃないんだけどなあ」と頬をかく。
やはり、店でのあの神津の表情は嫉妬からきていたものなのかと今更ながらに思った。それと同時に、神津が嫉妬してくれたのかと嬉しく思って、神津に思われている証拠だと、俺は自然と頬が緩んだ。
それを見逃さないとでも言うように、神津は「今笑った?」と尋ねてくる。
「ああ、笑った。お前でも嫉妬するのかって」
「ひっどいなぁ、春ちゃん。そりゃあ、嫉妬するよ。僕のたった1人の恋人が他の男といちゃついてたら、嫉妬もしたくなるって」
「別にいちゃついてねえし」
「僕にはそう見えたの」
と、神津は少しきつめに言って俺の額を指で弾いた。
地味に痛いし、デコピンとかマジでありえねえと思いつつも、どこか嬉しいと思っている自分がいるので文句を言う気にもなれない。
(俺、まだ酒残ってるかもしれねえ……)
狭いソファに押し倒されて何も思わないわけもなくて、俺は神津を熱っぽい目で下から見上げる。
初夜が失敗して以来、そういうことは全くなくて、ましてキスもしていない。だから、この場の雰囲気で流せればと俺は神津の手を引っ張って自分の胸元に持ってくる。
「なあ、神津……」




