case13 幼馴染みはお見通し
「恭……」
「僕は春ちゃんが好き、大好きだよ」
「わ、分かった、聞えてるから」
「好き」
「恥ずかしいから、何度も言うなよ」
好き。と甘いような、優しい声で囁かれる度に胸の奥がキュンとする。まるで、心臓を掴まれているようで、苦しくも、破裂するぐらいに熱くなった。
その苦しみさえも愛しくて、もっと聞きたいと思えてしまうから不思議だ。
神津は、ソファに座っている俺の前に膝をつくと、俺の手の甲にキスを落とす。ゾクッと背筋に何かが走るようで、俺は思わず身を捻った。くすぐったい。
(キザだ……此奴)
そんなことを思いつつも、どうせキスしてくれるのならそこじゃないところが良いと欲深くなってしまう自分がいて、煩悩を払う。
神津はふはっ、と言ったように笑っており楽しげだった。
「何笑ってんだよ」
「ううん、春ちゃんが今日も可愛いなって思って」
「男に可愛いは、全然褒め言葉じゃないからな」
「僕の最上級の褒め言葉だよ。それに、春ちゃんにしか言わない」
「どうだか」
ふいっと顔を逸らせば、神津はくすくすと笑っていた。
そんな風に笑う神津を見ていれば、何に対して怒っていたのかなんて忘れてしまうほどだった。神津の方も怒りが収まっているようで、いつも通りといった感じで今なら話し合えるような気がした。
「神津」
「春ちゃん、ごめんね」
と、俺が口を開くと同時に神津は謝罪の言葉を述べた。俺が、ん? と疑問に思っていれば、俺に分かるように神津は再び「ごめん」と謝罪を繰り返し、口を開く。
「本当はね、試したかったんだ。春ちゃんが他の女の人に興味抱かないかって……春ちゃんが、僕が女の人と。って言って気にしていたみたいに、僕も気にしてたんだよ。だって10年も離れてたんだよ。春ちゃんいい男になってたし、僕なんかよりもずっと……」
「はあ!?」
「ふがっ!」
思わず、本日2度目の頭突きを神津にかましてしまった。痛い。
けれど、神津の方がダメージが大きいらしくて、涙目になりながら額を押さえていた。
そして、俺も自分の額をさすりつつ、神津に言った。
「いい男なのはお前だろうが!10年で可愛い儚げ美人から、イケメンになりやがって!元から、格好良かったけどな!」
「ちょ、春ちゃん、まだ酔ってる?」
ついつい口走ったそれは、神津からしたらただの褒め言葉だっただろう。ガラス玉みたいに目をまん丸とさせて、神津は何度も瞬きをし、あっけにとられた様子で俺を見ていた。
俺は、自分のいったことを後から追いついてきた思考が理解して、違う。と口を覆う。もう、時既に遅しといった感じだったが。
「ちが、違う……今のは、違う」
「春ちゃん僕のことそんな風に思ってたんだ」
「だから、ちげえって、言ってんだろうが!」
誤魔化すために叫んだが、誤魔化しきれるわけもなく、かえって墓穴を掘ってしまった。
神津は嬉しそうにはにかみ、俺の頬を撫でる。俺は、そんな神津を見て恥ずかしくなりながらも、ぽつりと呟いた。
「つか、んなことお前も思ってたのかよ……その、俺が女性とって……」
「ん~春ちゃんに限ってそれはないかなあって思ったけど」
「お前、たまに酷いこと言うよな」
そういえば、神津は何が? といった感じに、自分の発言の酷さを理解していないようだった。そういう所は、昔から変わっていない。
「まあ、別に……」
「それで、春ちゃんはそんなことないだろうけどって思ってたけど……それでも不安で。まあ、今回合コンに参加したのは、単純にどういうものなのかなーって好奇心が働いたのと、春ちゃんの同期について知りたかったから、かな?」
と、神津はいうと嫉妬を孕んだような瞳を細め俺の頬に弱く爪を立てた。
「……っ」
「あ、ごめん……怪我してない?」
「これぐらいでするかよ。お前、すぐ爪切ってるみたいだしそんな怪我するようなことねえよ」
そういえば、神津は自分の指先を見た。
神津の手はすらりと長くそれでいてしっかりとしている。柔らかく大きいくせに器用に動くそれは、ピアノを弾く人間の手と言った感じで何処か力強さを感じた。爪もこまめに切っているようで、神津の爪で怪我したことなど1度もない。
そう……? と神津は、だったら気にしないね。といった感じで先ほど爪があたったと思われる場所を優しく撫でつつ、話を続けた。
「春ちゃんの同期について探りを入れたいなあ何て思ってたんだけど、思った以上に女の人達に絡まれちゃって。ああ、でもあれは社交辞令だから、お世辞だから。その、春ちゃん一筋だからね?」
「分かってるから、続けろ」
「もー、一応誤解されない為に言っているのに、冷たいなあ」
「話が進まねえ」
俺がそう言うと、神津は、はいはい。と少し呆れ気味に返事をする。
「それで、色々あの2人のこと知りたいなあ……何て思ってたら、春ちゃんが酔っ払っちゃうし。それで、あんな大胆なこと……」
「うっ……」
「僕以外に抱き付いてさ。でも、それってあのみお君の事信頼しているから何だよね?」
と、神津は確認するように俺に聞いてきた。
確かに、俺が誰かに引っ付く所なんて見たこと無いだろうし、俺も俺で想像がつかない。それでも、あの場で高嶺にひっつけたのは、少なからず高嶺がそういうことを許してくれる人間だったからってのもあったし、単純に俺が彼奴のことを信頼しているからでもあった。
「信頼か……」
「だって、例え酔っても、怒っていてもあんな僕の前で他の人にくっつかないと思うもん、春ちゃん」
「ド偏見だな」
「だって、春ちゃんああいうときって、『俺はもう帰る』って飛び出しそうじゃん」
「言い返せねえ……」
でしょ? と神津は前のめりになる。
「だから、凄く知りたくなったんだ。春ちゃんが信頼しているあの2人のこと。僕に教えてくれない?」




