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百日草の同期  作者: 兎束作哉
第1章 再会の同期
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case12 素直になれれば



 何故か部屋の照明をつけず、事務所として使っている部屋まで歩き、向かい合う形で俺たちはソファに座った。

 いつもとは違う、俺が依頼人用のソファに、神津が俺が座る方のソファに腰掛け、今から尋問でも始まるんじゃないかという雰囲気が漂う。


 俺は、何を言われるんだろうと、ソワソワしていた。

 別れ話じゃない。と神津はいったが、それに相応するものだったら……と、不安が拭いきれない。


 会話の呼び水をと、神津が口を開いて俺の緊張をほぐすかのように微笑んだ。



「何か、飲み物飲む?」

「……水」

「いつもは甘いものなのに?」



と、神津はくすりと笑った。


 俺の甘党を知ってか、そう聞いてくるのだろうが、今はアルコールがまわっていて甘いものを摂取できる気分ではなかった。もう1度、神津に水。と言えば、はいはい。と彼はキッチンの方へ歩いて行ってしまった。

 そして、猶予が出来た俺はソファに沈み込む。

 照明のついていない事務所は何というか重苦しくて、刑務所に入れられているみたいだった。



(俺って、最低だよな。何も聞かずに殴って、怒鳴って……嫌われても当然……)



 普段はこんなことないと思っているのだが、どうも神津を前にすると自分の感情が制御出来ずについカッとなってしまう。感情にまかせて怒鳴りつけて、後々後悔したなんて事1度や2度じゃない。初夜の後のあれだって完全に蛇足だった。

 言わなければよかったと、言った直後に後悔している。



「はい、春ちゃん水」



 コトッと、目の前の机に神津はガラスのコップに入った水を置くとにこりと微笑んだ。

 俺はそれを眺めて、波紋が収まるのを待ちつつ、小さく礼をいうと神津は向かいのソファに腰を下ろす。


 やはり、少し気まずかった。


 別れ話をされるんじゃないかと疑心暗鬼になっている俺としては、あまり近くに居たくないというのが本音である。



(違う……もっと近くにいて欲しいんだ)



 いつもは、隣に座るくせにどうして俺の向かい側に座るのだろうかと。けれど、こっちの方が神津の顔がよく見えると、改めて彼の端正な顔を見てほぅっと頬が熱くなるのを感じた。非の打ち所がない完璧イケメン。


 海外転勤の多い父親と、海外での演奏会が多いプロのヴァイオリニストの母親を持った神津は、小学6年生にして海外へと旅だった。元々ピアノが上手かったため、その腕を海外で磨きプロのピアニストになったとか。何故しっかり知らないかと言えば、俺はそれどころじゃなかったから。神津から教えて貰えるなら兎も角、何だか自分で調べるのは違う気がしたから、連絡を待った。だが、音信不通で、着信拒否にされて。

 そんな神津は、海外を転々としたおかげか6カ国語も喋れて、ピアノも弾けて、頭もよくて、顔もいい男に育ったわけで、その顔も世に知れ渡っているみたいだった。海外で活躍していたのに、日本でのファンも多いだとか本当にスペックがずば抜けていると。



「どうしたの、春ちゃん」

「何でもねえよ」



 グッと水を飲み干して、俺は乱暴にからになったグラスを置いた。

 そんな凄い男の恋人が、売れない探偵とは本当にどうしようもないと思ってしまう。


 似合わない、釣り合わない。自分でも分かっている。



「春ちゃん?」

「……俺、今凄ぇネガティブかもしれねぇ」

「ん?」



 俺がそういえば、神津はこてんと首を傾げた。



「俺は、お前に釣り合う男か?」



 思わず口にしてしまった本音を、神津はどう拾いあげるか。怖くて顔が見えずに、俯いていれば神津は、はぁ……と大きなため息をついた。

 どっちの意味かと顔を上げられずにいれば、「春ちゃん」と名前を呼ばれる。



「そんなこと気にしてたの?」

「そんな事って、結構重大なことだろうが」

「僕はそんなに重大じゃないよ」



と、そう言った神津の言葉に少し棘を感じて俺はギュッとズボンを握る。


 そして、訂正するように神津は付け加えた。



「ネガティブな春ちゃんは好きじゃないなあ。春ちゃんはもっと自信家じゃない。春ちゃんにそんな顔似合わないし、僕がさせているんだって思ったら罪悪感で死んじゃいそう」

「じゃあ、死ぬのかよ」

「春ちゃん1人残して死ねないよ」



 神津はそう言うと、立ち上がって俺の方へと歩いてくる。

 スリッパがパタパタと一定のリズムでなるのを聞いて、ゆっくりと俺は顔を上げた。



「春ちゃんは僕が死んだら悲しいでしょ?」

「…………」

「僕は、春ちゃんが死んじゃったら悲しい。ダメって言われても、後追いしちゃう」



 そんな縁起でもない冗談を言う神津に、俺は眉を曲げつつ、何とか怒りを収めた。

 怒ってもどうにもならない。

 それでも、神津のその言葉が嘘ではないと何となく察して、ようやくしっかりと神津の顔を見ることが出来た。神津の顔は、今までにないぐらい弱々しくて、俺なしじゃ生きていけないみたいな、そんな表情をしていた。



「後追いすんな。つか、殺すな」

「例えの話だよ、例え」

「それでも……」



 神津が先に死ぬなんて嫌だ。勿論後追いも許さねえ。

 そう口に出来たらよかった。けれど、口から出たのは突っぱねるような言葉で、神津は困ったように眉をへの字に曲げた。



(何で素直になれねえんだろう……)



 素直になれれば、この気持ちを伝えられれば、神津も分かってくれるかも知れないと。心の何処かでは分かっているのに、どうにも口から出なかった。「好き」その一言さえ出ない俺は、果たして彼の恋人なのだろうかと。



「春ちゃん、好きだよ」



 そう、俺が言いたかった言葉を神津は口にして俺の両手を包むように握ると若竹色の瞳を揺らした。




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