case11 嫉妬するに決まってる
「~~~ッ!痛い、痛いよ。春ちゃん」
額が真っ赤になるぐらい強く頭突きをしたせいか、神津は自分の額をおさえ涙目になりながらその場に崩れ落ちた。
俺は勝者であるかのようにその場に立ち尽くしていたが、如何せん弱いお酒を一気に飲んだせいと、思いっきり頭突きをかましたせいもあって頭がくらくらと回っていた。立っているのがやっとだったが、ここで倒れるわけには行かないと何とか踏ん張って神津を見下ろした。
痛いと言いながら、どことなく嬉しそうな神津を見ていると何かがあふれ出てくるような気がしたのだ。
「嫉妬!?生ぬるいこと言ってんじゃねえよ!」
「は、春ちゃん」
立て! と、俺は神津を無理矢理起き上がらせて、その胸倉を再度掴み上げた。そしてそのまま壁に押し付けると、神津は苦しそうに顔を歪めたがそんなことは気にしない。
俺の方が苦しい思いをしてきたというのに。
「俺は、お前が他の奴にヘラヘラしてんのが気にくわなかっただけだ。俺にだけ向ける笑顔だと思ってた、俺だけの笑顔だと思ってた。なのに、あんなに楽しそうにして……俺なんかよりもずっと、女性の方がいいんだろうって!」
「ちょっと、春ちゃん、落ち着こうよ。話し合おうって言ったじゃん」
「話し合うこと何てねえよ!どうせ、俺より、女の方がいいんだろうが!俺なんて男だし、堅いし、可愛げもないし、子供も産めないし、結婚も出来ねえし……いいこと一つもねえじゃねえかよ…………」
自分で言っていて泣けてきた。
吐き出せば吐き出すほど、やはり神津が俺と一緒にいるのは可笑しい気がして、神津がなんで俺なんかの隣にいるんだって途端に不安になってきた。
本当は俺の隣にいるのが苦痛なんじゃないかって思ってしまう。
どうしようもない気持ちと、俺が神津に俺との道を選ばせているような気がして、申し訳なさも出てくる。
合コンに行きたいって言ったのも、新しい出会いを求めていたんじゃないかって変な想像が働いてしまう。神津に限ってそんなことないっていいきれない自分がいて、それは神津の事を信頼しきっていない証拠な気がして、俺たちが恋人である意味さえ分からなくなってしまう。
神津は、落ち着こう。と俺の肩を掴んだが、俺はそれを振り払った。
「今日、合コンに行きたいっていった理由、どうせ女あさりだろ。お前なんて、そんなことしなくても沢山よってくるのに、俺への当てつけかよ。なのに、俺には他の奴と仲良くするのも、引っ付くのもダメだって縛って。俺にはお前を好きでいさせて、お前は他の奴とイチャイチャして」
「春ちゃん!」
ガシッ、と先ほどより強く肩を掴まれ、思わず俺は苦痛に顔を歪めた。
それを見て、小さく「ごめん」と神津は謝りつつも、「聞いて」と宥めるように俺を真っ直ぐと見た。嘘偽りないようなその瞳を見ていると、またじんわりと目頭が熱くなるような気がした。
(何だよ……別れ話かよ)
そう思ってしまう自分がいた。
いつかはきてしまうんじゃないかって思っていたから、ああ、このタイミングかって。やっぱり俺は邪魔者だったのかと。
神津は、肩を掴んでいたその手を、俺の頬を両手で包み込み、何故か泣きそうな目で俺を見ていたのだ。
「別れ話?」
「何でそうなるの」
と、神津は首を横に何度も振った。
じゃあ何だと、俺が睨んでやれば、神津は言いにくそうに口ごもった。
矢っ張り、別れ話じゃないか。言いにくい話しなんてそれしかないだろうと、俺は自分でも信じられないぐらいネガティブになっていた。
(……そりゃ、10年もあいちまって、それで今更恋人ごっこなんて笑えるもんな)
告白してきたのは神津で、その10年、彼奴がいない10年俺は神津の事を思って過ごしてきた。告白されたことはあったが、神津がいるからと俺は断ってきて、ずっと彼奴に縛られ続けてきた。遠い海の向こうにいる神津を、何をしているか分からない音信不通の神津を、俺は自分の恋人だからと安心していたのかも知れない。
離れていても思いは通じ合っているとか……ほんと、乙女みたいな幻想を抱いていた。
抱いていたのは俺だけだった。
俺たちに10年は長すぎた。
「やっぱ、別れ話だろ。聞きたくねえ」
「だから、春ちゃん違うって」
「何が違うんだよ!この色男が!」
俺は怒鳴ると、神津の腹を思いっきり殴ってやった。流石に効いたようでうずくまった神津に、ざまあみろと思ったものの、やはり罪悪感の方が強くなって涙が溢れてきた。
俺って本当に最低だなと、改めて思った。
「……も、もう、ほんとすぐ暴力に走るんだから」
「怒らないのかよ」
「凄く痛い」
と、神津は腹を押さえながら俺を見上げる。その顔は全く怒っているという感じではなかった。
「……悪ぃ」
「春ちゃん、ごめん。本当にもう1回、ちゃんと話し合おう」
ね? と神津は俺に殴られたのにもかかわらず、自分が悪いとでも言うように俺の頭を優しく撫でた。




