曖昧で累卵 3
千香良が動く度に大臀筋が丸いフィルムに隆起を描く。
そして湯船に脚を入れると薄らと大腿長筋が姿を現した。
左官仕事でついた筋肉には無駄がなく美しい。
素より千香良のスタイルは抜群だ。
女子校でもよく羨ましがられた。
けれども千香良としてはコンプレックスでしかない。
一般女性の170センチは無用の長物。
意味を持たないと思っている。
そして何より中身とのギャプが大きい。
千香良は少女趣味で甘ったれ。
母に‘大人’と言われて動揺するほど精神年齢が低い。
三上は中学同級生。
そんな千香良の性質をよく知っている。
だからこそ三上を選んだ。
千香良は湯船に浸かるとミントブルーの湯を掬う。
すると流動に匂い立つミントの香りが鼻孔を擽った。
清々しくて1日の疲れが取れようだ。
けれども、のんびりと体を沈めるのも束の間。
千香良は思いだした問題に唇を尖らかす。
(龍兄の第一印象は……)
『プラスター工房ムラオカ』に面接に行った日もから、半年以上も経っている。
千香良は思い出すために瞼を閉じた……
事務所の玄関前。
出会い頭で肩を引き寄せられてビックリした。
心臓がドキドキと高鳴り体が火照った覚えがある。
龍太は確かに頗るカッコ良かった。
けれども思い出すと同時に千香良の眉間に皺が刻まれる。
(あの日も、本当は理想のタイプの出現に心が弾んだ?……でも……)
龍太は強面だが男前だ。
180センチを越える体躯は無駄なくマッチョ。
そればかりか、優しくて、面白くて、面倒見が良い。
勿論、仕事も出来る。
そして、何より真面目で嘘がない。
元ヤン男曰く、男も惚れる男だそうだ。
千香良はゴシゴシと瞼を擦る。
泣きたいぐらいに混乱してきた。
すると2メートル400メートル洗い出しの通路が突然、頭に浮んだ。
『色粉を入れてセメントに骨材だろ……埃っぽいしさ……それで午前中は塗り込めた、洗い出を拭いていくだろ……炎天下だよ、四国よりもこっちは蒸し暑くて、水ばっかり飲んでいるから、龍太も吐いてさ……』
龍太の失敗談に今度は口元が綻ぶ。
千香良は龍太が大好きだ。
千香良の手にいつもハンドクリームを塗ってくれる。
チューブから取り出し過ぎた余りをくれるのだ。
スキンシップはどこまでも ‘おふざけ’ で意味はない。
それでも出会いは必然。
千香良は無意識下で考えたのだ。
恋心は無用の産物。
芽吹く間もなく、敬愛に昇華。
龍太に恋い焦がれていたら一人前の職人になれない。
仕事所じゃなくなっていた。
それに千香良は恋愛体質ではない。
自覚している。
激しい恋は落ちずに避ける。
楽な相手に好きになっていく。
けれども、初めての恋人はそのくらいで丁度良い。
千香良はこれからも三上との恋愛を楽しもうと思っている。
なんてったって三上は医者の卵だ。
勿体ないぐらいの高スペック。
しかしながら千香良は大きな勘違いをしている。
一体全体……
高嶺の花は誰なのか……
本人だけが分っていない。
(今度のお泊まりキャンプで他の女子達と恋愛談義してみたいな……)
千香良の額に少し汗が滲んできている。
体も緩み、素直な気持ちが溶け出した。
18歳の少女が思うこと。
三上の女友達は男女共学の高校出身者。
千香良と違って同世代の異性と過ごすことに抵抗がないようだ。
きっと男子の生態もよく知っている。
恋愛についての蘊蓄もあるかもしれない。
千香良のお泊まりキャンプが楽しみになってきた。




