巧みで愚か 3
左官技能試験は余所様の土場を借りて練習している。
土場の持主は県の左官組合の理事。
いつもは親方が付き添って来てくれた。
けれども今日は千香良1人で来ている。
親方だって家族サービスをしたい。
少し心細いがインストラクターの人達は優しい。
それに他の受講者達は必死。
1級、2級となると墨出しをして複雑な課題を仕上げる。
千香良の存在などは空気に等しい。
ただ今は黙々と練習するのみ。
けれども昼の休憩時間となると話しは別だった。
急にフレンドリーに話し掛けてくる。
それも龍太と一緒に仕事をしたと言う昔話が殆ど。
千香良は頷いて聞いているだけだ。
けれども、それは、それで興味深い。
その中でも公園の遊歩道の施工のさいに龍太がゲロした話。
親方とケンカをして40キロの道程を歩いて帰ったエピソード。
この2つは弱みゲットの収穫だった。
「でも、あの娘は頂けなかったな……」
「あぁ、龍ちゃんに相手にされないからって辞めた娘か」
龍太は以前に、女運が悪い、と言っていた。
多分、その手の話だろう。
千香良は他の話同様に黙って聞いているだけだ。
「龍ちゃんが四国から帰って来たのが間違えか」
「それは仕方がないだろ。見習い奉公3年、御礼奉公2年。きっちり筋通して帰って来たんだ」
千香良の知らない話だ。
余所に修行に行ってなんて初めて聞いた。
龍太に限らず『プラスター工房ムラオカ』の職人達は自分の話を余りしない。
「若が、な……」
「そう言えば、龍太の兄弟子がスペインから帰って来るって噂だか、次は誰が行くんだ」
(スペイン?)
千香良は凄く気になる。
けれども話は脈絡なく代わり、どれも中途半端の尻切れトンボ。
千香良は結経、どの話も詳細は分からずじまいだった。
「そう言えば田辺さんの妹さん御目出度だって。田辺さんも龍ちゃん同様、いつまでも独身貴族って訳にはいかないだろ」
「でも、幼稚園の先生達と合コンしたって聞いたけど、どこで知り合ったんだ」
「妹の友達の後輩ですよ」
「家の若い衆も行ったらしいが、どうだった」
「えぇ、まぁ…相変わらず龍太はモテテましたね」
「何だ、それでカップル成立か」
「そうですかね。お持ち帰りはいつもですが……こないだの娘は連絡先を交換しただけで、駅まで送って行っていたな……龍太も本気かもしれないです」
千香良は会話を聞きながら嫌な汗を掻いた。
言いようのない焦りを感じてしまう。
「そうか、龍ちゃんも年貢の納め時か……よし、もうひと頑張りするか」
ポンっと膝を叩き1人が腰を上げる。
すると、示し合わせたように皆が続く。
当然、千香良も練習の再開だ。
夜には三上と一緒にハンバーガーを食べる約束もしている。
近所に新しく出来た評判の店だ。
フライドポテトとドリンクがセットで1,800円とお高い。
けれども、だからこそ食べてみたい。
三上はいつも通り夕方までは家庭教師のアルバイト。
胸に秘密を抱えて以来、千香良は積極的に三上を誘うようになった。
恋の相手は三上だと確認しなければ落ち着かない。
千香良は気持ちを切り替え、無心で鏝を握った。




