甘くてやるせない 3
梅雨時は外の現場が中止になることが多々とある。
その都度、職人達は室内の現場を手伝い行く。
けれども力は1人黙々と土場で技能試験の練習をしていた。
もう段差を塗るのにも慣れてきている。
後の課題は時間の短縮。
制限時間内に完成させなければ意味が無い。
そして久々に梅雨の晴れ間。
雨も嫌だが、蒸し暑いのも勘弁して欲しい。
千香良は畜産試験場に来ている。
畜産試験場の現場は長期戦だ。
春先に家畜の糞尿集積場を終わらせて、今は汚水処理場を手掛けている。
千香良の仕事は例のごとくコンクリートの打ちっぱなしのPコン詰め。
龍太は監督と打ち合わせをしに現場事務所に行っている。
次は糞尿を発酵させて肥料に代える建物に取り掛かるらしい。
『プラスター工房ムラオカ』は随時10件以上の現場を持つ。
現在も多数の現場が動いている。
その中で千香良が出入りしている現場は畜産試験場の他に美術館と葬祭場の2件。
美術館と葬祭場は始まったばかり。
千香良はこの2つの現場を楽しみにしている。
美術館外壁はテラゾー仕上げ。
粒子に細かい石を塗るらしい。
そして葬祭場は和室の壁に珪藻土。
千香良は下地を塗らせてもらう予定だ。
最近の千香良は仕事に邁進している。
理由は分かりやすい。
三上はサッカー部で忙しい。
5月の大会では応援要員だったが、6月の大会ではベンチ入り。
千香良は凄く驚いている。
そもそも大学の医学部にサッカー部があるなんて……
文武両道も体外だと思う。
「彼氏が医者の女の子がいるって聞いていたけど…あんたか?」
聞き覚えのない男の声に千香良の体が跳ねた。
背後から話し掛けるのは止めて欲しい。
「医者の卵なら女の体もよく知っているだろうから……アッチも毎度、イカせてもらって……なぁ」
男は意味の分からない事を言う。
そればかりか千香良の身体に舐めるように見ている。
気持ち悪い。
まだ若そうだが一昔前のトラック野郎みたいだ。
パンチパーマを掛けている。
千香良は鏝を握ったまま立ち尽くす。
今にも襲いかかってきそうだ。
それなのに……
助けを呼ぶにも周りに人が見当たらない。
「ドン」
壁ドンはロマンチックなはずなのに……
怖い。
千香良はすくみ上がって縮こまる。
視線は男から外して遠くを彷徨う。
するとセメント置き場に亜紀さんのダンプが止まっているのが見えた。
千香良はここ一番での度胸が凄い。
男を掻い潜る。
しかし、まだ何もされていない。
走って逃げるのはあからさか……
返って逆鱗にふれるかもしれない……
けれどもダッシュ。
亜紀さんがダンプから降りてきた。
「亜紀さ~ん」
千香良は亜紀の胸に飛び込んだ。
後ろから男が近づいてくる。
「あんた、クビ、歩いて帰れ」
亜紀が千香良を抱いたまま言い放つ。
男は忌々しげに「ふん」鼻を鳴らすと踵を返して歩いて行った。
往生際がいい。
それは、亜紀が『長良グループ』で権力を持っている証拠。
伊達に長年ダンプに乗っていない。
『長良グループ』では実績が物言いう。
「何かされた?」
亜紀は一旦千香良を引き剥がす。
千香良は首を大きく横に振る。
「良かった……」
大きな嘆息に亜紀の安堵が見て取れた。
「取り敢えず……現場事務所に行こう……」
千香良は亜紀に連れられて現場事務所に向かう。
「多分……エッチな事だと思うけど……千香良は意味が分からなかった……」
千香良は歩きながら男に言われた内容を亜紀に話した。
少し、子供返りしているようだ。
一人称が固有名詞になってる。
「チッ」
亜紀は舌打ちをする。
眉間の皺と眇めた目が怖い。
そして龍太の電話。
事の次第を説明している。
男は長良グループの会長が昔なじみに頼まれて雇ったらしい。
亜紀もダンプの運転中に散々下ネタを聞かさたと憤慨している。
「千香ちゃん。仕事は出来そうか?って龍太が聞いているけど……」
千香良はコクリと頷いた。




