重くて刹那的 5
千香良の現場は相変わらず老人ホーム。
鷹見と館と一緒だ。
納期内に終了出来る目処が付いたので村岡は来ていない。
それでもエントランスの壁は村岡が仕上げる予定だ。
PM4時には来るらしい。
千香良は村岡の櫛引アートを初めて見られる。
今からワクワクが治まらない。
技とセンスの両方を兼ね備えていないと、芸術性を要求される仕上げは出来ない。
全国的に有名な左官職人の1人に数えられている。
千香良が建設現場に出入りするようになって半年。
殆どの職人が千香良を知っている。
『プラスター工房ムラオカ』の女職人はチョッとした有名人だ。
従来、1年にも満たない見習いの左官職人が壁を塗ることは無い。
見習い職人の仕事は材料の準備や現場の養生、手元など先輩職人のサポートが主だ。
けれども千香良は当たり前のように壁を塗っている。
しかも上手い。
ただ……
巧遅は拙速如かず。
まだまだ作業が遅いのが玉に瑕なのだ。
「千~香ちゃん」
土間屋の元ヤン男が近寄ってきた。
いつ見てもチャラい。
千香良は現場事務所で三級左官技能士試験の過去問題を解いている最中だ。
スマホで問題を開くと答えは二択。
選んでタップするだけ。
回答の合否はさておき、簡単にできるので休憩時を有効活用している。
「元ヤンさん、お久しぶりです」
相変わらず名前は知らない。
本人も今更、名乗る気も無いようだ。
それに他の職人から ‘元ヤン’ と呼ばれても返事をしている。
18歳は良くも悪くも環境に馴染んでいく。
そして、ともすれば染まる。
初めの頃は休憩時間には人を寄せ付けなかった。
けれども今は誰かが近くに来ても拒まない。
下世話の話も聞いているだけなら楽しい。
それにガテン系の男は見目だけは大体カッコイイ。
特に必然性を備えた体付きは申し分ない。
「千香ちゃん、彼氏が出来たって聞いたけど、どんな奴」
元ヤン男が突いてくる。
千香良は首を傾げて、とぼけて見せた。
ニュースソースは亜紀さんだ。
他には誰も知らない。
それならば高い確率で龍太の耳にも入っている。
「駄目だよ、隠すと余計に言い触らすからな~」
元ヤン男が千香良を突く。
「医師の卵だよ」
端から隠すつもりはない。
勿体付けるのは、お約束だ。
「ゲッ……」
すると元ヤン男は大袈裟に仰け反ってパイプ椅子からずり落ちた。
千香良は慌ててしゃがみ込む。
しれでも手には確りスマホを握っている。
「大丈夫ですか?」
安否を尋ねる。
「いや~俺は大丈夫だけど……千香ちゃん……医者の卵って……そっちに方が大丈夫か?重いだろ。否、寧ろ刹那的か……」
元ヤン男の癖に鋭い。
けれども言わんとする気持ちは分かる。
バーベキューの日の夜にラインは貰った。
【これからヨロシク】
それだけだ。
よく、釣った魚に餌をあげない、と言うが……
あれから3日。
三上からの連絡は今の所、来ない。
けれども千香良も連絡していないのでお互いさまだ。
恋人同士の距離感が分からない。
重いのか……
刹那的なのか……
それとも重くて刹那的なのか……
前途多難の千香良だった。




