可愛くて強か 5
『赤煉瓦』は名の通り外観がレンガ造りの洋食店だ。
けれども正しく言えばレンガタイル張りの……となる。
客席は4人掛け8席と6人掛け4席。
ゴブラン織りの椅子とウォールナットのテーブルは昔ながらの洋食店の雰囲気を醸し出している。
その中でもコーナーに位置している座席はベンチシートになるので好む客が多い。
営業時間はAM11時から~PM2時30分とPM5時30分~PM9時。
定休日は水曜。
厨房は父と兄。
それに調理師専門学校に通うアルバイトが1人。
バイトが来る日は基本的に兄が休む。
けれどもパートが休むとホール要因で駆り出されている。
そしてホールは通常は3人体制で回す。
乙葵の他に昼のパートが4人と大学生のアルバイトが3人でシフトを組んでいる。
ただ乙葵だけは週5日勤務。
AM11時30分~PM8時30分を昼休憩2時間の契約で働いていてくれている。
ゴールデンウィーク初日は生憎の雨だったが、次に日からは概ね晴れ。
『赤煉瓦』は毎日、盛況だ。
特にランチタイムは行列が出来る程で連日てんてこ舞い。
けれども千香良は不要。
昼の忙しい最中では返って足手まといになる、と兄が言うのだ。
それに比べてディナーは予約が殆ど。
昼に比べてゆったりしたサーブで回せる。
よって、千香良でも役に立つらしい。
昼は母が、夜は乙葵がリーダーとしてホールを任されている。
千香良が乙葵と一緒に働いたのは今の所、2日だけ。
それでも、その働ぶりに圧倒されっぱなしだ。
客に呼ばれる前に気配で動く。
どんな職業にもプロが存在する。
千香良は母が兄の嫁にと騒いだ気持ちが理解できた。
母は同じプロとして乙葵の技量を見抜いていたのかも知れない。
そして今日は5月2日。
榊と美々は予約時間の5分前に『赤煉瓦』にやって来た。
「いらっしゃいませ榊様」
来店客を席に案内するのは母の役割だ。
澄ました顔をしているが美々を吟味しているに違いない。
千香良は続いてメニューと水を運ぶ。
「いらっしゃいませ」
「久しぶりだね」
「うん……」
千香良は少しはにかんでしまう。
ラインでの遣り取りはしていたが、美々の会うのは半年ぶりになる。
千香良はメークをしている美々を初めて見た。
衣装もボウタイの付いた黒のブラウスに、思いっ切りスリットの入った白のロングタイト。
中々、色っぽい。
それでもスポーツウーマンの溌剌さは相変わらずだった。
そして、榊はYシャツにトラウサーズ。
ビジネスマンのクールビズっぽい。
援助交際と間違われそうだ。
榊が頼んだのは『赤煉瓦』の代名詞と言われているビーフシチュー。
ほろっと崩れるほど柔らかく煮込まれた牛肉と特製ソースは絶品だ。
美々は女の子に1番人気の海老フライ。
有頭海老は父が市場で仕入れている。
食感はぷりぷり。
それを風味豊かなオーロラソースで頂くとたまらない。
勿論、どちらもライスかパンとスープ付が付いてくる。
それにプラス、シェフの気紛れサラダを頼んでくれた。
本日は春野菜と筍。
ドレッシングに少し柚子胡椒が入っている。
料理は全て千香良が運んだ。
榊も美々も感嘆の声を上げて喜んでくれた。
特に有頭海老フライは金の縁取りのボーンチャイナに乗ってくるので豪華に見える。
けれども千香良は他の客の手前、一言二言しか話せない。
『話題のアニメ映画を見てからデパートに寄ってきたの』
『楽しかったでしょう』
唯一、話せたのは、それぐらいだ。
そして榊と美々の食事が終わると乙葵が皿を下げてきた。
「千香ちゃんの友達、可愛いね」
配膳カウンターに下げた皿を置きながら乙葵が感想を述べる。
「うん、陸上選手だったから脚がカモシカだよ」
千香良は食洗機が洗い上げた皿を拭くのに忙しい。
ただ、頭に浮かんだ言葉を口にだす。
すると入れ違いに、食後のデザートを兄が持って行くではないか。
父もサービスとは味な真似をする。
千香良は振り返り様子を伺う。
兄が何やら話しをしている。
遠目で見ても楽しそうだ。
「千香ちゃんの友達の名前が千登世のドールと同じだって」
一緒に皿を拭きながら乙葵が聞いてきた。
情報通だ。
「うん、でも……何で乙葵さん知っているの?」
「相葉千登世は中学の頃からドールオタクだけど、あの頃は隠していたんだよね。だ、け、ど、誰も私を欺けない。何てネ」
「仲が良かったんですか?」
「違う、違う……たま、たま興味本位でドールショップに入ったら、遭遇したの……私って何故か分からないけど人の秘密を見ちゃうの」
「何故か?ですか……」
千香良は妙な感じだ。
「うん。真司のも……そう……弟のも知っているの」
乙葵は千香良の耳元で三上の秘め事を囁いた。




