慎重で大胆 3
それでも、千香良は原田を悪く思えない。
寧ろ気の毒だと思う。
だって病んでいるんだもん。
千香良はぶっちゃけると自分がセックスするなんて想像できない。
TL漫画では主人公がペニスを咥えたり嘗めたりしている。
考えられない。
オナニーも未経験。
チャレンジしてみたが何が良いやら?
自分で触っても胸は感じなかったし、下半身に至っては触るも無理だった。
どうして男子はそんなにセックスがしたいのだろう。
龍太の事件もセックス絡みだ。
千香良は頭をフルフル揺らして思考を散らす。
無心に成りたい。
そして、は少し早めに現場に戻りコーグルとマスクを装着。
勿論、手袋も。
もう一度、攪拌し直す。
勝手を許された雄一の作業が材料を練ることだ。
本当に社会に出ると悩みが尽きない。
千香良は切実に友達が欲しいと思う。
亜紀や『蘭々』の娘では歳が離れすぎて友達とは呼べない。
子供の頃から千香良は引っ込み思案で内向的。
率先して友達を作ることが出来ない。
それでも誰かしら話し掛けてくれた。
拒まなければ孤独とは無縁でいられる。
そのせいか千香良は何事も友達に従順だった。
特に高校時代は堅調で、雑談でも専ら聞き役で頷き専門。
それでも後悔はしていない。
楽しかったし、出会えて良かったと思う。
受動的な千香良の性格に合っていたのだ。
けれども、もう縁は切れた。
千香良は延々と攪拌機を回し続ける。
「もう良いぞ」
すると作業を止める声。
村岡が喫茶店から帰ってきた。
「はい」
千香良は顔を上げると、ゴーグルとマスクを外す。
顔面を隠したままでは失礼だ。
村岡は監督と見知らぬ人を連れている。
「こんにちは、初めまして。相葉千香良さんですよね。私、榊工務店の榊輪と申します。……美々の兄です」
榊輪はスポーツマンを絵に描いたような人物で口ぶりも爽やかだ。
作業着は化繊のオーソドックスな上下揃い。
それだけで生真面目で誠実そうに見える。
「何だ、知り合いか?」
親方が口を挟む。
「えぇっと……」
美々とはあれっきりで、連絡は取っていない。
どう説明するべきか……
千香良は口籠もる。
「妹の元、同級生らしいですけど……」
すると榊が代って引き受けてくれた。
けれども、こちらも歯切れが悪い。
「そうか」
親方は察しが良い人だ。
千香良の事情も知っている。
深くは聞かない。
「妹は陸上ばかりしていたので高校時代に友達が少なかったみたいで……相葉さんとも、どうだったか……それに短大に入ったら、って思っていた矢先に母が……でしょう。兄としては可愛そうで……」
親方は榊と立ち話を続けている。
確かに可愛そうかも……
しかし同情から友情は生まれない。
それでも千香良は少し気になる。
わざわざラインもくれた。
大人ないのは千香良の方だ。
切れても繋がる。
だからこそ御縁。
千香良は今晩にでも美々にラインを入れようと思う。
「突っ立てないで今日中に下地を終わらせてくれよ」
慌てて千香良は頭をペコリ。
しかし、村岡も勝手だ。
自分は榊と立ち話を続けを続けている。
それでも村岡の視線は、下塗りをする千香良の背中を始終、刺していた。
「合格だな……」
そして、塗り終わった、千香良に言ってくれた。
しかし、こともあろうか、帰りのKバスを千香良が運転している。
「榊くんが千香良に兄さんがいるか?って聞いていたぞ」
千香良に返事を返す余裕はない。
そもそも、村岡は履歴書で知っているはずだ。
千香良の返事など待っていない。
お構いなしで話を続ける。
「行きつけバーで千香良によく似た男性に会うみたいだ……」
やはり千香良は返事が出来ない。
それにバーと言われても未成年の千香良はでピンとこない。
「どこだろ……?」
辛うじて疑問を口にする。
けれども今度は村岡が返事を濁す。
「困ったもんだな……」
千香良は、もう黙って欲しい。
心から思う。
運転に集中出来ない。
それでも、手に汗握り『プラスター工房ムラオカ』になんとか到着。
先に戻っていた龍太が出迎えてくれた。
運転席から降りてきた千香良に仰け反っている。
「どうだった、上手く塗れたか?」
「うん、榊工務店さんも上手だって言ってくれた。それで、お兄ちゃんとよく似た人を行きつけの店で見るんだって……龍兄も、その店に行く?」
千香良の話は取り留めがない。
意図なく村岡との会話を復唱したに過ぎない。
「参ったな……」
龍太は後ろ首を掻いて本当に困惑していた。
千香良は小首を傾げる。
村岡も龍太も千香良が榊の行く店の話を出すと、困った、と溢す。
(大人の行く店の?風俗か!)
合点がいった千香良が渋面を作る。
兄が風俗なんて、嫌で当然だ。
千香良が以前、兄に抱いた疑念は思った端から打ち消した。
一過性で、記憶にすら残っていない。
けれども、何か引っかかる。
「どうした?」
龍太が千香良の顔を覗き込む。
「お兄ちゃん……って、男にモテル?」
龍太は腕を組んで瞑目した。




