慎重で大胆 2
案の定、日付が代れば気持ちも、気分もリセット。
昨日の蟠りが嘘のようだ。
夜に考え事はするもんじゃない。
兄の恋愛事情が気にならない、と言えば嘘になるが、触れるのも怖い。
それに、人様を詮索するのは懲りている。
『お早う。昨日はごめん、寝ちゃった』
そして不細工犬が驚くスタンプ。
千香良は昨晩し損ねた三上への返信を朝一番で送った。
三上からのラインはご機嫌伺い程度。
特別なことは何も書かれていない。
【お早う。今日も新歓。その内飯でも行こう。仕事頑張れ】
千香良は早々のリターンに朝からご満悦。
容易くて宜しい。《たやすくてよろしい》
けれども昼休憩に余計な情報をゲットしてしまう。
情報源は元ヤン男の土間屋。
「千香ちゃんと動物園に来てた奴、床屋の娘と出来てるみたいだけど……大丈夫か?」
相変わらずの軽い口調で耳打ちされた。
「……?」
最初は何を言われているのか分からなかった。
けれども元ヤン男は哀れみの表情。
そこで漸く思い至る。
「あぁ……でも……今は付き合いないから……それに勘違いしているみたいだけど、ただの元バイト仲間だよ」
千香良は無表情で無感情、更に無抑揚。
「そっか、だよな……悪い」
元ヤンは気分を害されたとでも思ったみたいだ。
少し、たじろいでいる。
見掛けによらず気が小さい。
「別に……気にしていない」
本人は分かっていないが千香良は美人だ。
美人に冷たい顔をされると男は怖い。
「でも、龍太には内緒でヨロシク。千香ちゃんに変な話吹き込んだって怒るからさ……だろ」
早々に立ち去る姿に千香良は吹き出してしまう。
そして千香良は『蘭々』の娘にラインを入れる。
原田の名前で思いだした。
前々から自動車免許取得と3級左官技能士試験を受ける旨を報告をしなければと思っていたのだ。
【こんにちわ。お久しぶりです。自動車の免許を取りました。続いて今度は三級左官技能士試験を受けます。皆さんお元気ですか?】
店を手伝って居ようが居まいが、時間的に返信は夕方だと思う。
昼休憩も、もう終わり。
千香良は現場事務所を後にした。
そして、今日の現場は老人ホーム。
珍しく村岡と現場に来ている。
千香良の下塗りの腕前チェックをするそうだ。
村岡は監督と食事に出掛けているが、そろそろ帰って来るだろう。
そして午後からは親方と一緒に下塗り。
漆喰は千香良が1人で練った。
どの工程も試験のようだ。
千香良は現場で親方の仕事を見るのが初めて。
期待で胸が膨らむ。
「お茶、するか……」
けれども、親方は壁を1面だけ塗ると、監督と一緒に喫茶店にいってしまった。
マイペースにも程がある。
千香良は、又もや現場事務所で1人。
元ヤン男の姿も見えない。
土間屋の仕事は午前中で終わったみたいだ。
千香良は、ワークパンツの腿ポケットからスマホを取り出す。
ラインは2件。
1件目は 龍太からは現場の状況確認。
もう1件は『蘭々』の娘からの返信。
千香良はアイコンをタップ。
【原田君、辞めて貰いました。千香ちゃんは何もされてないですか】
行間から重みを感じて、気分が塞いだ。
【何があったんですか?】
千香良は暫く考えてから返信。
質問の返事は敢えてしないでおいた。
【『欅』のアルバイトの高校生にストーカー行為をしたらしいのですが…】
経営者の娘にあるまじきお喋りだ。
それも千香良を案じてのこと。
致し方ない。
【そうですか……残念ですね】
千香良は努めて無心で、スマホを腿ポケットに戻した。




