真面目で不器用
三上は千香良を探していたと言う。
合格していれば、この店に来ていると思ったそうだ。
そして一言二言、言葉を交すと自分の席に戻っていった。
三上の早い退去に胸をなで下ろす。
向こうから見ている視線が怖いのだ。
三上の交友関係は高校、塾、サッカークラブと広いらしい。
千香良は自動車学校で何人か見ている。
当然、千香良もその内の1人に過ぎない。
それが不服なんて、どうにかしている。
そして、手に持ったスマホで時刻を確認すると、PM1時を過ぎている。
千香良は席を立つと同時にチラリと三上の席をチラ見した。
ただ、なんとなく……それだけだ。
そして戻った運転免許試験場で待つこと15分程。
千香良は運転免許証を交付された。
顔写真は許される範囲で、まぁ、OK。
そうなると無性に誰かに見せたい。
けれども家は留守。
千香良は考えもなく『プラスター工房ムラオカ』に寄ることにした。
空は午前中に比べて晴れてきた。
白い雲が浮かぶ。
バスは意外と空いている。
送り迎えをしてもらう人が多いようだ。
千香良はトートバックから財布を取り出して運転免許を見る。
嬉しさを抑えきれないようだ。
また仕舞い、また取り出すと繰り返す。
そして『プラスター工房ムラオカ』に着くと先ずは事務所を覗く。
親方が事務所で見積もりをしているはずだ。
「おう、免許は取れたか」
千香良の気配に顔を上げた親方が聞いてきた。
「はい」
千香良は出しておいた運転免許証を親方に差し出した。
「別嬪さんだ」
親方は相好を崩して千香良の顔写真を嵌めてくれた。
千香良は親方が大好きだ。
厳しいけど優しい。
いつも褒めてくれる。
「そうだ……千香良に、あれを渡しておこうかな……」
立ち上がった親方が何やら本棚を漁り出した。
千香良はただ突っ立って、親方の後ろ姿をながめるしかない。
「千香ちゃん次はこれね。頑張って」
親方が分厚い本を千香良に差し出してきた。
臙脂色で高級そうだ。
「左官施工法……」
千香良は声を出して表紙の金文字を読んでみる。
「三級の試験を受けようか」
千香良はパチパチと目を瞬く。
何事か分からない。
高校を辞めたら勉強は終わりと思っていた。
自動車の免許は特別だ。
「9月の試験に間に合うように勉強すればいいから」
千香良は適当なページを開くとパラパラと捲ってみた。
字がびっしりと書いてある。
そればかりか表に絵図。
写真も付いている。
千香良の頭から、ありとあらゆる物事が消えていく。
(優先順位は仕事が一番)
心の声が聞こえた、気がする。
親方が席に戻る姿が目の端を掠めた。
見積もりを再会するのだろう。
「勉強は龍太よりも鷹見に聞いた方がいいぞ」
親方の悠長な声が聞こえた。




