浅くて拙い 5
左官職人とは簡単に言えば壁を塗る仕事。
一人前になるのに最低でも5年は掛かる。
仕入れたばかりの知識の中で千香良が理解できたのはこの程度だ。
それ以外は見当も想像もつかない。
しかしながら千香良は17歳。
未知なる物への好奇心は旺盛だ。
次はユーチューブで『左官』を検索。
『伝統的な家づくり』とある。
格子に泥を塗っているだけで千香良でも出来そうに見えた。
千香良はタップしてはチラッ、タップしてはチラリと適当に閲覧。
動画でも、今一つ把握は出来ない。
直ぐに飽きてしまった。
どちらにしても千香良に、遣る気はない。
暫くは『蘭々』のアルバイトをしながら家にいるつもりだ。
それよりも千香良は黒豆の事を考える。
千香良は黒豆を煮るのが好きだ。
母が煮ると皺が入っていて頂けない。
店では何事も丁寧な仕事をする母だが家庭の事は雑。
千香良はキッチンに移り冷蔵庫に入れてある黒豆を覗き見る。
水に浸した黒豆は少し膨らんできているが、まだまだ、だ。
明日、面接から帰ってきてから下茹に掛かれば段取り的には丁度良い。
「毎年、黒豆だけはしてくれるけど……今年は他も手伝ってよ」
背後から母の声がする。
電話を終えた母はキッチンにいたようだ。
振り向くと夕食の下ごしらえをしていた。
今晩は豚カツみたいだ。
シンクに置かれたボールには氷水に付かった大量の千切りキャベツ。
コンロに掛かった鍋ではジャガイモを茹でている。
副菜はポテトサラダだろう。
「うん、お節ね。わかった……」
「明日もわかっているわね……」
「うん」
念押しされて千香良は夕食までの時間を部屋で過ごしことにした。
これ以上、何か言われるのも嫌だ。
部屋にいても特にすることもない。
千香良は引き出しを開けた。
中には履歴紙が入っている。
『蘭々』の面接時に必要ないと言われた。
それで、その時に買った用紙が無駄になっている。
履歴書を書いてみたい。
生年月日、性別、学歴……この辺りは事実を書くだけで簡単だ。
年齢や学歴を詐称する必要もない。
問題は趣味と特技。
趣味は「パラパラマンガ」を書くこと。
本当は趣味でも何でも無いが授業中に暇なので書いていたら「趣味?」と聞かれた。
それから趣味は「パラパラマンガ」でいくことにしている。
無難な読書と迷ったがライトノベルと漫画しか読まないので止めた。
どんな本を読むとかと聞かれたら答えられない。
特技は書道。
中学の時に5段まで取った。
今、書いている履歴書の文字も綺麗だと思う。
千香良は2枚失敗した。
どちらも漢字の書き損じだ。
そして完成した3枚目を掲げて見てみる。
上々な出来映えだと思う。
夕食時に履歴書を書いたと言ったら父も母も感心してくれた。
特に父に褒められた事が嬉しい。
父と食事を一緒に取ることは滅多にないからだ。
父は物静かで優しい。
そしてダンディー。
千香良は父が大好きだ。
しかし理想のタイプは違う。
千香良は17歳にしては幼く、実在の男子よりマンガやアニメの主人公に興味がある。
中でも『ワンピース』のルフィとゾロが大好き。
理想のタイプはルフィの陽気な性格でゾロのクールな見た目。
アイドルも素敵だが二次元には敵わない。
そればかりか彼氏持ちの友達を羨ましいと思う事すら無いのだ。
(でもパパは特別……)
千香良は改めて父に笑顔を向ける。
「千香良……手に職があるのは良いぞ」
黙々と食を進める千香良に無口な父が改めて口にした。
読んで下さってありがとうございます。
次回からサブタイトルが代ります。