無邪気で屈託がない 3
「はい、出来上がり」
作業を終えた梓が顔を上げる。
千香良はプロの技術に畏敬の念を抱きつつ膝を見つめた。
赤黒く変色した膝は見事にカバーされ跡形もなく綺麗だ。
「お兄ちゃん、呼んでくるね」
作業上、床に正座をしていた梓は両膝を着くとスックと立ち上がる。
綺麗な所作に育ちの良さが感じられる。
それでいて気さく。
千香良は部屋を出て行く梓の後ろ姿を目で追った。
身長は160センチ有るか無いか。
歩く姿も背筋が伸びて美しい。
ラフなTシャツを着ていてもウエストの括れが見て取れる。
そしてジョガーパンツの下で躍動する桃尻。
撓な胸元も先刻承知。
女の目にも悩ましい。
千香良は溜息一つ、首を擡げた。
視線の先はシャツの胸元。
覗き込んでも平たいだけだ。
梓に羨望を抱いてしまう。
そして又、溜息。
千香良は情けなさに意気消沈……
「終わったって……」
すると高城の声。
部屋は開け放たれている。
「どうした……痛いのか?」
咄嗟に顔を上げた千香良の眉根は下がったまま。
側までやって来た高城から心配の声を掛けられる。
「梓さんは女らしくて羨ましい……」
千香良は心の声を口に出す。
「ふっ」
すると高城が鼻で笑う。
そして次いて苦笑い。
「千香ちゃん……あれの中身は叔母さんだ。ゴシップ収集に長けていて、噂話が大好き。まぁ、ある意味、それこそ女らしいかもな」
高城は思いっ切り顔を歪めて首を横に振る。
「でも、美容部員としての腕は確かなようだな」
高城は千香良の膝の出来映えに満足げに頷く。
そして手には車の鍵。
地下鉄で5駅乗れば、私鉄駅が隣接されている。
高城は先程の言葉道理、駅まで送ってくれるらしい。
千香良は少しの名残惜しさを感じつつ、トートバックを手に取った。
駅までは、ほんの10分足らず。
それでも無言のドライブは味気ない。
「龍太はどう?」
高城には珍しく漠然とした言いようだ。
それでも意味するところは千香良でも分かる。
「優しくて大人?」
千香良は答えながらも小首をかしげる。
「その歯切れに無さは、語尾に疑問符着いているのかな」
「う~ん……上さんも、館さんも、鷹さんも龍太さんのこと餓鬼だからって言う……」
「アッ、ハッ、ハッ、そりゃそうだ」
運転中の高城が豪快に笑い出す。
どうやら笑壺に填まったらしい。
千香良は笑いが止まらない高城の様子に呆気にとられるが、釣られてか頬が緩む。
「そうだよね……上さんから見たら龍太さんだって孫だよね」
嫌な思いをした千香良だったが高城に電話したのは正解だったようだ。
今は忘れて笑っている。
それどころか、このままドライブに連れて行って欲しいと思ってしまう。
しかし、それも束の間。
高城の車は路肩に一旦停止。
もう、ゆっくりと言葉は交していられない。
「本当にありがとうございました。梓さんにもお礼を言っといて下さい」
走行車が引っ切り無しに避けて行く。
千香良は改めて礼を言うのが精一杯だ。
そしてハザードランプが右ウインカーに代る。
「千香ちゃん、男は狼だから気おつけなさい」
高城が言葉を残して発進していく。
見送る千香良はテールライの点滅を又5回、瞳に写していた。




