幼くて疑わない 5
目覚めると雨の気配がした。
カーテンが閉ざされた室内は重暗く、微かに雨音も聞こえる。
卒業式に生憎だ。
千香良は掛け布団から腕をだすとパジャマの袖から剥き出た腕をさする。
しっとりとした肌の感触は湿度が高い証拠だ。
千香良の起床時間はAM5時。
女子校に通っていた頃よりも1時間早い。
千香良は部屋の灯りも着けずに、スマホを片手に階段を降りていく。
今朝はミネストローネだろうか。
廊下にもトマトの香りが漂っている。
「おはよう、今日も自動車学校なのね」
まだパジャマ姿の千香良に母が確認してきた。
自動車学校入校から2週間。
やっと第一段階が終わった。
千香良の優先事項は目下、普通免許を取ること。
現場に行くのは学科の授業も無く、どうしても技能教習の予約が取れない日だけになる。
勿論、自動車学校に行く日でも空いた時間は『プラスター工房ムラオカ』で壁を塗る練習をしている。
「うん」
千香良はダイニングテーブルの椅子を引きながら答えながら、父のスープボウルを覗き見る。
中には、やっぱりミネストローネ。
そして千香良の指定席にはロールパンが2個。
潰し茹で卵のマヨネーズ和えと、マスタードのポテトサラダが添えて置いてある。
「今週末の予定は?」
その日は千香良の誕生日。
ミネストローネを運んできた母が聞いてきた。
しかし千香良は聞こえないふりをして、パンの切り込みに卵を挟んでいる。
土曜日は自動車学校の予約を入れていない。
原田とドライブに行く予定なのだ。
春休みに入ってから原田からのラインは減ったように感じる。
けれども、それは亜紀や『蘭々』の娘が相手でも同じだ。
千香良は余り気にしていない。
そもそも、ラインの遣り取りは友達登録して暫くがピーク。
その後は徐々に落ち着いていく。
同じように千香良からの送信も減っている。
お互い様なのだ。
しかし、その分、原田とは頻繁に会うようなっている。
寧ろ距離は縮んで居るかもしれない。
この間も観音様で有名な商店街に連れて行ってもらった。
雑貨店や洋品店は外から見ているだけでも楽しく、食べ歩きも満喫した。
クロッフルにイチゴ飴、肉饅、唐揚げ。
他にも食べたいものが目白押しで困った。
そしてモバイルショップ。
原田は千香良には理解不能な何やらを物色していた。
「ボーイフレンドと出かけるの?」
母親の感は鋭い。
薄々、気が付いているようだ。
「うん」
千香良は母の '彼氏' ではなく 'ボーイフレンド' という呼び方が腑に落ちた。
言い響きだ。
原田は紛れもなくボーイフレンド。
男友達だろう。
それでも優しくされればドキドキする。
千香良は思春期なのだ。
「遅くならないように帰って来なさい……」
父が一言……
そして静かに席を立った。




