幼くて疑わない 3
日曜日は自動車学校に入校手続きに出かけ、一日が終わった。
初デートを経験したからといって日常が劇的な変化を遂げることはない。
せいぜい自分の土産に買ったタオルハンカチが2枚、増えたぐらいだ。
それと、スマホのアルバムに動物の写真が沢山。
千香良は写真を捲っては土曜日を思い出す。
「千香良、なんだ動物園でも行ってきたのか」
龍太が千香良のスマホを覗き込んでくる。
「うん」
少し顔がニヤけてしまう。
「デートだな」
千香良は首を傾げる。
大人の男達に混じって、現場で千香良は紅一点。
もて囃されそうなものだが、最近はいつも1人だ。
初めの頃は、『プラスター工房ムラオカ』の職人を初め、ベテランの職人達が千香良を見かけると話し掛けてきた。
けれども千香良は柔やかに聞いているだけで会話が成立しない。
当たり前と言えば当たり前。
ジェネレーションギャップに加えジェンダーギャップときたら如何ともしがたい。
それでも、 目が合えば笑顔を交す。
要するにおとがいに馴れてきただけだ。
それに千香良の横にはボディガードが張り付いている。
若い衆は端から近づけない。
「男友達かな……」
千香良は少し悩んで結論ずける。
実際、バレンタインのチョコレートも容易はしたものの渡さずに終わった。
変に意識してしまうと身動きが取れなくなるイベントだ。
今年は友チョコも無し。
家族と自分へのプレゼントだけだった。
龍太や他の職人さんにもあげていない。
現場関係の人達は数え出すと線引出来なかった。
千香良はくねくねと腕を動かし取り繕う。
「まぁ、どちらでもいいが、仕事に差し障りがあるようなら別れさせる」
傲慢な言葉の千香良は頬を膨らます。
「当たり前だ、お前は見習い、修業中だ。行くぞ」
先月で畜産試験場の現場が取り敢えず一段落した。
今日は現場は菓子工場だ。
観光地の土産菓子の大多数この工場で作られているらしい。
裏面の生産地を見れば一目瞭然。
企業名が書いてある。
休憩前の仕事は25キロのセメント袋を運んで終わりだったが、龍太はコンクリートを研磨していたようだ。
洗浄処理も終わっているはずだが、サンダーの音が聞こえた。
打設が綺麗に仕上がっていないと後々厄介なことになるらしい。
そして、塵掃除が済んだ千香良はモルタルを練って手元。
鏝板の返しも鏝の使い方も様になってきている。
タイミングがずれて龍太に睨まれることも無くなった。
千香良は早く壁が塗りたくて仕方が無い。
この所、現場が忙しくて練習もままならず千香良は少し不満だ。
「やってみるか」
千香良は耳を疑う。
現場で壁を塗るのは半年後と言われていた。
「いいの?」
「親方かから本焼きの鏝もらったんだろ」
千香良はマイ道具箱から中塗り鏝を取り出してズボンで磨く。
龍太の癖が移っている。
「親方も承知している。千香良は筋が良いらしいな」
龍太から鏝板を渡された千香良の肩が、その重みに一瞬下がる。
千香良はいつになく真剣な面持ちだ。
その横顔は冴え冴えと美しい。
満足げに頷く龍太の笑みが千香良の目の端を掠めた。
原田の姿は頭から消えている。
募らない思いは恋とは呼ばない。
左官作業の工程は出来るだけ性格に書いておりますが、接着剤、緩和剤など、補助剤の描写は時折、省いております。
ご了承、願います。
読んで下さってありがとうございます。




