幼くて疑わない
今日は朝から快晴で、2月でも3月中旬の暖かさだと天気予報が告げていた。
千香良のチョイスしたブルゾンは薄手なので丁度良いい。
約束の駅ホーム、約束の時間。
原田は電車の都合で3分遅れた。
それよりも千香良は原田がやって来た進行方向に首を傾げる。
道理で待ち合わせの場所が改札の中なわけだ。
原田は反対側のホームからUターンするために走って来た。
千香良は申し訳ない気分で一杯だ。
「気にしないで、どうせ僕の駅に特急は止まらないから。それよりも電車、来るから並ぼう」
原田は千香良の表情から気後れを察したらしい。
確かに原田の乗ってきた電車は普通列車だ。
次に入ってきた急行列車から降りたった上客達が乗り換えている姿が見える。
4番線まである、どのホームも結構な人達だ。
そして千香良達が並ぶホームに特急電車が入ってきた。
電車は思いの外、空いている。
車両に乗り込んだ原田は3人掛けのベンチシートに千香良を誘う。
ナイスな選択だ。
体が触れ合うことなく座れる。
「ごめんなさい。私、原田さんの住んでいるところ知らなくて……」
「だから、そんなこと気にしない。…待ち合せ場所を決めたのも僕だし」
原田はあくまでも優しくて紳士的だ。
千香良は '身上調査' なんて言葉をまだ知らない。
原田について知っているのは、せいぜい年齢、出身高校、それに通う大学、それぐらいだ。
それでも千香良は、先程の対応で、今度のデートはドライブでも構わない、と思ってしまう。
本当に幼くて疑わない。
降車駅までは15分程。
その後、地下鉄に乗り換えて20分。
動物園への道中、原田は左官の仕事について色々聞いてきた。
例えば珪藻土と漆喰の違い。
モルタルの強度の話。
コンクリートの打ち方の良し悪し。
原田は建築構造にも造詣が深く、千香良から上手く話を引き出してくれる。
それに千香良も少ない知識を屈指して話を紡ぐ。
特に、打ちっぱなしのPコンの穴と型枠に仕組みは得意げに話した。
楽しい時間は、あっという間に千香良達を動物園の最寄り駅に着かせてしまう。
正面ゲートは3番出口、目の前だ。
「僕は学生の身分だけど 1つ年上だから入園料だけは払わせて」
動物園は公共施設だ。
広大な敷地に反して入園料は安い。
千香良でも下調べぐらいはしてきている。
何も言わずに頷くだけだ。
入園して先ずは園内マップを入手。
原田と千香良は歩きそれぞれそれぞれのマップに目を通している。
原田は千香良に必ず行きたい場所を尋ねてきた。
「1日じゃ無理だと思うんだよね……」
左手にマレーバク、右手にインドサイ。
2つの厩舎は遠巻きに見て終わる。
そしてゾージアムの前で立ち止まりルートプランを考える。
と、言っても千香良は原田の提案を聞いているだけだ。
それよりも目の前の象を観察中。
象は本当にでかくて重そうに歩く。
そして話し合いの据え、本園よりも北園重視と決定。
やはりゴリラと猿は魅力がある。
見ていて飽きない。
観察時間は十分に取るべきだろう。
但し、千香良はネコ科動物が好きなので、そこは見落とさないようお願いした。
鹿、カンガルー、ライオン、縞馬、レッサーパンダ、虎、クマ、キリン、のっけからメジャーな動物がラインアップされている。
そしてペリカンにフラミンゴと鳥類には柵が無いのも嬉しい。
千香良は孔雀や猩猩朱鷺、インコ達の色鮮やかさにうっとりだ。
勿論、ペンギンもいる。
隣には水辺の動物。
それに、何よりコアラ舎。
コアラは全く動かない。
けれどもメインの1つだ。
「千香ちゃん、お待たせの雪豹だよ」
千香良は原田と並んでネコ科動物の檻が連なる区間に魅入った。
エレガントだ。
しかし千香良は「可愛い……」と漏らす。
他に感嘆の言葉を持たない。
昼食は館内のフードコートに入った。
原田はラーメンとハンバーガー、千香良はハンバーガーだけ。
そして飲み物はペットボトルのお茶。
どちらも知った名前の店で美味しかった。
北園にカフェがあるので暖かい飲み物は後での予定だ。
千香良は凄く楽しい。
歩きながら動物たちの動きや仕草に笑ったり、驚いたり……
そして話した側から忘れていくような取り留めもない話。
昼食の後は池を挟んで北園、狼。
絶滅危惧種だ。
狼は小山のような場所で飼われていて原田は興味深げに魅入っていた。
その後、ふれあい広場や自然動物館、メダカ館と続いていく。
けれども如何せん時間が足りない。
原田と千香良は諦めて、北園、類人猿舎に向かった……
そして、北園に近づくにつれて甲高い猿の鳴き声が聞が響く。
千香良はワクワクと早足で進む。
原田も隣を変わりなく歩いている。
それは今まで千香良の歩幅に合わせていた証拠とだろう。
千香良と原田の身長差は5センチしかない。
けれども男と女では歩く速度が端から違う。
千香良は知っていた。
暢気で鈍感そうな千香良だが歩幅に関しては鋭い。
龍太のせいだ。
龍太との差は15センチ。
最初の気遣いは何所にやら……
近頃はあからさまに置いて行かれるのだ。
千香良は原田の腕に自分の腕を絡ませたい衝動に駆られて顔が赤い。
ムズムズとした感覚は恋かもしれない……




