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ガテン系の女 愛より、恋より、修業中  作者: うらら桜子(旧 咲良ヤヨイ)
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緊張して充実

 



 静動していたはずの冷蔵庫の稼働音が急に耳に付きだした。

 父がヒーターの室内機を仰ぎ見る。

 

 一瞬の沈黙で千香良の天職発言はスルーされた。


「珈琲入ったわよ。また、お兄ちゃんは今更、何を言っている?」


 母は自分に向いた矛先に暢気に答える。

 千香良の、のんびりと穏やかな性格は母譲りだ。

 長年のホール経験で動きこそ機敏だが性格は変わらない。


「そうだ、反対だったら決める前に言え」


 確かに正月にでも意見してくれたら現状は違っていたかもしれない。


 兄は面白くなさそうだ。

 けれども尤もな、ご意見に黙るしかない。

 

「折角、お父さんが千香良の初出勤にアップルパイを焼いて、きてくれたんだから」


「千香良にアップルパイを焼いたのはお兄ちゃんだ……」


 父は愉快そうに兄に向けて顎をしゃくった。

  

 態度とは裏腹、兄は千香良を応援しているみたいだった……




『蘭々』でアルバイトがある火、金、は村岡左官の土場で壁塗りの稽古をする。


 バスは1時間に2本。

 始発のバスはAM6時55分。

 千香良は2本目のバスで行く


 バス停にAM7時28分到着。

 始業時間はAM8時からだから丁度いい時間だ。


 師匠は村岡が直々。


 先ずは昔ながらの攪拌(かくはん)道具である(くわ)を手渡され千香良はたじろいだ。


 そしてプラスチック製のトロ船にセメントと砂を1対2.5それに水。

 モルタルを作る。

 

 千香良は村岡の指導でセメント袋の糸を引いてく。


 一昔前まではセメントの袋は売れたらしい。

 その習慣で今も綺麗に開けるという。


「おぉ~」


 千香良は糸が一発で抜ける感触が心地よく感嘆の声を上げる。


「へぇ~凄いな」


 村岡は感心するが千香良は不思議でならない。

 至極、簡単な作業だ。


「龍太は上手く出来なくて一々カッターで切りやがる」


 自分は褒められているけど龍太は貶されている。

 友達同士なら得意げに振る舞うが、相手が村岡では笑顔で頷くのが精一杯だ。

 

 村岡は小太りで物腰も穏やかだ。

 しかい、なぜか千香良は恐れ多い。

 親方の威厳と風格を知らずに感じ取っているのかもしれない。


 そしてセメントと砂をかき混ぜるのは力仕事。

 

「大変か?」


 村岡は見ているだけだ。


「大丈夫です」


 千香良は運動神経がない。

 しかし体が大きい分、女性としては力があるほうだ。

 

「そうか」


 すると村岡が水を少しずつ加えてくる。

 更に重い。


 千香良は一旦、作業を止めて額の汗を拭いた。

 そしてドカジャンを脱ぎ、再び始める。

 外なのに熱いぐらいだ。


 そして、数十分。

 程よく攪拌された頃合で村岡が千香良の鍬を手で止めた。

 千香良は余りにも夢中で時間を忘れていたらしい。


 すると村岡が鍬で掬ったモルタルを器用に鏝板に乗せた。

 そして、そこから練習用の板に塗りつける。

 180×90がアッと言う間に完成だ。

 

 千香良も脇に置かれた鏝板を持って準備万端構。


「重たっ」


 しかし乗っけられたモルタルに左腕が下がってしまう。


 村岡が辛うじて持ちこたえる千香良に失笑。


 それでも千香良は思い切って鏝でモルタルを掬って見せた。


 壁に向かう立ち位置、姿勢、鏝板の角度、鏝の持ち方、両手首の返し方。


 緊張の一瞬。


「ボチョ」


 無残にも最初の一掬いは地面に零れた……


 

 

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