柔らかくて強い 4
貧困、差別、虐待、戦わなければ生きていけない境遇の子供達もいる。
それに引き換え千香良の目下の悩みはラインの既読スルー。
仕事はPM5時前に終わった。
暗くなると外仕事は出来ない。
千香良は今『プラスター工房ムラオカ』の事務所で暖を取っている。
面接時に気になっていた椅子は一脚5万円。
やはりデザイナーズブランドらしい。
よく見ると足の部分は木仕様。
千香良は益々この椅子が気に入った。
そして背もたれに体を預けてスマホを弄る。
新しい友達登録が5人。
龍太さん、亜紀さん……
館さん、上大園さん、鷹見さん、は面接時に機材を洗っていた人達だ。
挨拶はしたけれど、まだ話したことは無い。
機材はミキサーで大量の材料を練るために使うらしい。
友達登録が増えるのは嬉しい。
それが叔父さんだろうが叔母さんだろうが……
【ライン教えてもらいました】
それと「ニヒッ」と笑う女の子のスタンプ。
それぞれに送った。
「友達から返信来たか?」
事務机で業務日報を書いている龍太が聞いてきた。
視線はノートの落としたままだ。
千香良は首を横に振るが龍太からは見えない。
龍太は返事のないことを怪訝に思う。
そしてペンを置くと立ち上がった。
気配に顔を上げた千香良に物申す。
「お前は先ず、大きな声で返事をすることから初めろ。それと……高校時代の友達の事は一旦忘れろ」
龍太は気配に顔を上げた千香良に物申す。
「……」
千香良は意味が分からない。
「先ず、人が話し掛けたら相手の方を向いて言葉で返事をする。分かったか」
「はい」
「俺はまだ若いからいいけれど年寄りは声が小さい奴を嫌がる」
(耳が遠いもんね)
千香良は礼儀とは違う角度で納得した。
年寄りには優しくしたい。
「それと、その高校時代に友達は千香良の何だ?親友か?いないと困るか」
「困る……?」
「ああ、そうだ」
千香良は思いがけない質問に答えを探すが見つからない。
(忘れた宿題を写させてもらう、とか……テスト範囲の山懸?一緒にお弁当を食べたり、途中まで同じ電車で帰ったり……学校帰りや休みの日に遊ぶ相手?でも……休みに遊ぶなんて年に数回だし……)
よく考えてみると学校を辞めた今、困ることなど一つもない。
千香良は目から鱗が落ちた。
「でも……困らないけど淋しいよ」
「友達が好きか……一緒にいて楽しいか」
龍太は椅子に逆座りして背もたれを抱えている。
千香良は考えた事もない。
友達グループは自然に出来た。
クラスのカーストでは中くらいで、比較的真面目だった。
化粧はリップとビユーラだけ。
マスカラはNG。
グループで決めたりした。
楽しかった。
「うん」
千香良は少し考えてから答えた。
けれども、正直に言うと好きな娘は6人中2人。
残りの3人は普通。
1人は嫌い。
「そうか……それでも少し待て。相手も千香良のことが好きで一緒にいて楽しいと思っていたら連絡してくるから。たった半日だろ」
「うん」
朗らかな返事に隆太も安堵する。
そして、もう一歩、踏み込んできた。
「それで友達は知っているんだろ、俺に話してくれたこと。千香良は後輩に嫌な事をされて振り払っただけだって」
「言ってないよ」
当然のように答えた千香良に龍太は眉を顰める。
「だって言いふらされたら困るもん」
「そうか……」
龍太は豪放磊落。
大らかな性分だ。
千香良の思考回路は脇に置く。
そして仕事の戻ると「チコン」とスマホの着信音が鳴った。
千香良のだ。
握ったスマホを捲っている。
「亜紀さんからだ」
千香良の顔が綻んだ。
龍太は安心して事務机に戻る。
【早々の登録ありがとう。叔母さんだけどこれで友達だね】
千香良は亜紀からのメッセージに興奮気味で箍が外れる。
【友達に既読スルーされて凹んでいた。亜紀さんのメッセージで上昇】
千香良は早速返信。
【友達は流動的だから気にしない】
「龍太さん、友達が流動的って何ですか?」
龍太は初めて千香良の大きな声を聞き、顔を上げる。
そして返答を考える。
慎重に……
千香良のような年頃を相手にするときは言葉を選ばなければならない。
「生きていれば境遇、環境、色々なことが代るだろう。人だって成長して代る。友達も同じだ。代らない物はないんだ。諸行無常だ……俺と亜紀さんも疎遠だったのが最近また付き合いが復活した口だ」
千香良は、なんだか嬉しくなった。
「知っているよ~平家物語」
確かに、ライン越しでも千香良は亜紀から'何か'を貰った。
読んで下さってありがとうございます。
ようやく前半の主要登場人物が出揃いました。




