素直で容易 5
専用の材料は龍太が練ったらしく既に準備されていた。
千香良は少し引っかかる。
「これ……?」
そして千香良は土場を出る前に今日のスケジュールを聞かされた事を思い出す。
龍太としては材料の練り方から千香良に教える手筈だっただろう。
しかし千香良は建造物に気を取られていて忘れていた。
材料を拡販する音も聞こえていただろうに……
気構えがなさ過ぎる。
(それと、ヘルメット……)
千香良は自分の頭を触ってみる。
被っていない。
「ほら、こっち向け」
すると龍太がピンク色のヘルメットは手ずから被せてくれた。
村岡の奥さんからのプレゼントだ。
「お前、Kバスに忘れていたぞ……それと、手袋も」
千香良は龍太に対する見解を改める。
強制を張っているのではなく千香良のマイペースぶりを我慢しているのだ。
バツが悪い。
千香良は上目遣いで龍太の顔を伺う。
「フッ、始めるぞ」
龍太は鼻で笑うと、バケツから材料を手に掬った。
つくづく優しい。
千香良も見様見真似で仕事に取り掛かる。
左官仕事は本来、高所から手を付ける。
しかし、不慣れな千香良に馬に乗っての作業はまだ速い。
それで今日は手の届く範囲を済ます事にしたのだ。
千香良は時折、チラチラと龍太を見ながら作業をしている。
隆太も時折、千香良の仕事ぶりを確認。
しかしながら、その都度、お互い気が付かない。
「ふ~」
小一時間程、続けると流石に腕が疲れる。
初心者の千香良では尚更だ。
手を休めて肩を回す。
「疲れたか?」
千香良は正直に頷く。
「じゃあ、15分、休憩な」
千香良は、ほっとして肩を緩める。
「暖かい物でも買ってきてやるか……何がいい」
「ミルクティー」
兄のいる千香良は目上の人間に遠慮がない。
「フッ」
龍太は又しても鼻で笑うと、仮設事務所に歩き出す。
何を笑われたか分からない千香良は小首を傾けるが気にしない。
大人の考えは分からなくて当然なのだ。
そして千香良は買ってもらったミルクティーを1人、大人しく飲んでいる。
龍太は千香良の知らない人物と一緒だ。
現場事務所で会ったらしい。
年齢は龍太より少し上だろうか?
見るからに元ヤンだ。
雰囲気がそう言っている。
けれども愛想は良いい。
千香良にも頭を下げてくれた。
「髪、どうした?」
やはり誰でもオリーブの坊主頭は気になるようだ。
「あぁ、床屋の娘が染めさせてくれって……な」
建築現場に従事する者は声がデカイ。
聞くと無しにでも会話が聞こえる。
「なー床屋の娘って'ケイコ'って名前か?ポッチャリした感じの……」
「確か、そんな名前でしたかね……」
千香良は‘床屋’と‘圭子'そして'ポッチャ'というワードに耳を傾ける。
どうやら幼馴染みの話題らしい。
気になるのも当然だ。
「俺、あの娘に遣らせてもらったけど、お前も?」
元ヤン男が龍太に聞いた。
「いや……」
否定の言葉と同時に龍太の眉間に皺が寄る。
少し離れて座る千香良からも見えた。
千香良も'遣らせる'の意味ぐらいは理解できる。
聞き捨てならない話だ。
「そんな話を現場でしないで下さいよ……」
すると元ヤン男が今度は千香良に話し掛けてきた。
「おい」
龍太の制止は間に合わない。
「俺の先輩が出会い系にサイトで知り合った娘がヤリマンでサーよかったら紹介するけど……」
千香良は衝撃的な内容に言葉を無くす。
「女の子だぞ……」
龍太が元ヤン男の肩を掴んで言葉を挟む。
「そうか……悪い」
元ヤン男は特に驚くでもなく、悪ぶれることもない。
けれども流石に気まずようだ。
そそくさと現場を離れて行く。
千香良は泣きそうな顔をしている。
「気にするな」
それでも龍太に肩を叩かれると、千香良は無言で作業に戻った。
多分、龍太は千香良が圭子の幼馴染みだとは知らない。




