after 7
「結婚式を四月にするの?」
リリーは驚きを隠せないまま、対面に座る弟のピーターに尋ねた。
突然、ピーターから婚約者のモリーとの挙式の時期を告げられたのはいいのだけれど、それが社交のハイシーズンと言われる五月だったことに戸惑ってしまったのだ。
議会の開始や宗教的な理由等で、避けるべき時期はあるものの、基本的にはいつ結婚式を挙げても構わないことになっている。
とはいえ、大抵は六、七月に挙げる人が多かった。
それは社交界シーズンが夏に終わるからだ。
だからこそ、リリーは理由を尋ねずにはいられなかった。
「もしかして、わたしが原因なの?」
リリーも上手くことが運べば、今シーズンでダレンとの婚姻が調う。
当然、嫁入り支度にお金がかかるのだ。
花嫁衣装はもちろん、嫁入り道具の準備費用は莫大な額にのぼる。
そして、忘れてはいけないのが持参金だ。
裕福な家庭ほど、嫁ぎ先で困らないよう持参金額を増やすのが普通だった。
ダレン自体は別に金額など気にもしないだろうが、こればかりは当人同士の問題ではないので仕方がない。
ーーきっと、ピーターは挙式の時期をずらして、お金の工面をしやすくしようとしているんじゃないかしら。
ピーター自身の結婚資金とリリーの嫁入り支度金が一体どのくらいの額になるのか、リリーには正確な数字を把握することはできなかったけれど、よほどの箱入り娘でない限り、この状況下では困難を極めるだろうことは予想できた。
だからこそ、ピーターはモリーの持参金で一時的にリリーの嫁入り支度の費用を補完するつもりなのではないだろうか、そうリリーは考えたのだ。
リリーは何度も首を横に振った。
それは、決してリリーの望むところではなかった。
本来、持参金はモリーの為に、彼女の親が用意してくれたものである。
それを資金移転してしまっては、まるで二人の幸せを足蹴にして、リリーの幸せを成立させようとしているようなものではないか。
絶対にそんなことはしたくない。
リリーはピーターもモリーも等しく愛していた。
「やめてよ、姉さん。以前ならまだしも、もう財政的な面で姉さんが心配するようなことは何もないよ。領地経営は順調だし、戦争が早期に終結したことで領民にも被害はなかったんだから」
「じゃあ、どうして……」
「結婚式の時期については、先方の希望を尊重したんだよ」
ピーターの説明によると、モリーの父親から直接、挙式を四月にして欲しいと打診があったのだそうだ。
ピーターはその場では返事をせずに、後日モリーの考えを尋ねたところ、彼女も異論はないとのことだったので了承に至ったらしい。
「僕はモリーさえ良ければ、特に時期にこだわりはないんだ。姉さんには、まだシーズン中だから迷惑をかけてしまうこともあるかもしれないけれど……」
「そんなこと、ある訳ないじゃない。わたしだって、あなた達がそれで良いと言うのなら反対はしないし、喜んでお手伝いするわ」
「ありがとう、姉さん」
ほっと安堵したように微笑むピーターに、リリーも同じように笑んでみせた。
実は、結婚にかかる費用については、リリーなりに悩んでいたのだ。
ピーター達の結婚式にお金をかけて欲しいリリーとしては、自分の結婚支度金の捻出がネックになることをずっと危惧していた。
だが、ピーターのこの様子から察するに、本当に財政的な心配は無用のようだ。
結婚式の時期に関しても、きっとモリーの実家の方で何かしらの理由があって決めたことなのだろう。
そちらは、特に詮索するようなことはしない。
そもそも、リリーにとって一番大切なのは、ピーターとモリーの幸せだった。
二人が満足しているのであれば、いつ結婚しようが構わない。
リリーは「よし」と意気込んでみせた。
「これから忙しくなるわね」
でも、全然嫌じゃない。
そのことが何より嬉しかった。