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「まあ、なんて素晴らしいの!」


ダレンの母エリザベスは、まるで少女のように頬を紅潮させて飛び上がった。

そのまま、隣に座っているダレンの父アルフレッドに向って、遠慮なくバンバンと腕を叩きながら「私達にまた孫ができるなんて!」と、興奮気味に言った。


「本当におめでとう!」


リリーの両手をとって喜びを表現するエリザベスは、満面の笑みだ。

対して、アルフレッドはというと「うむ」と一つ頷いただけで、腕組みのまま微動だにしない。

その態度に、エリザベスは不満げに頬を膨らませた。


「もう!あなたももう少し喜びを表現してちょうだいな!でないと、可愛い孫が産まれてきた時、抱っこさせて貰えませんよ?」

「何っ!?」


ハタとしたように、アルフレッドはエリザベスを見た後、苦笑しているダレンとリリーへと視線を向けた。


「わ、私は別にそんなつもりは……喜びを噛み締めていただけで、その……」

「はっきりしない人ね!つまり、嬉しいの?嬉しくないの?抱っこしたいの?したくないの?」

「嬉しい!抱っこしたい!」


腹に響くような大きな声で言ったものだから、可哀想に、リリーは目を丸くしている。

ダレンは「やれやれ」と首を振りながら、この愛すべき両親に言った。


「あなた達はきっと世界一のお祖父様とお祖母様になりますね。ジニーの時と同じように」


両親のこのやり取りは、ダレンの前の妻が妊娠した時にも一度行われており、ダレンにとっては二度目だったが、それでも変わらず嬉しかった。

彼らの協力なくして、難産だった妻の出産を乗り越え、妻亡き後もジニーを育てることはできなかった。

きっと、両親はジニーの時同様、リリーの妊娠を支え、孫の成長を見守ってくれることだろう。


「任せてちょうだい!私達にできることは全てやるわ!ねぇ、そうでしょう、あなた?」

「勿論だ」


意気込む両親に、リリーは安堵したように微笑んだ。


「私にとっては、出産は初めてで戸惑うことばかり。お二人のご助力は大変ありがたく思います」


リリーが深々と頭を下げると、エリザベスは「当たり前ですよ」と笑った。


「私はこれでも二人産んでいますからね。あなたの力になれることも多いと思いますよ」

「良かったね、リリー」


「はい」と微笑むリリーは、何とも愛らしくて美しく、両親がいなければ、ダレンは正直リリーを抱きしめてキスしたい程だった。

が、それをグッと堪え、ダレンはリリーの背を撫でるに留めた。

自身の品行方正さを褒め称えたいところである。


「ダレン、あなたは何をそんなに何度も頷いているんですか。変な子ね。まぁ、いいわ。それよりも、リリー、今日はお祝いをさせてちょうだい。あなたの好きなものを用意させるから、是非夕食を召し上がっていってね」


エリザベスがそう言った通り、その日、用意された食事は皆、リリーの好物ばかりで、大変豪華なものとなった。

特に、白身魚の蒸し煮はリリーが一番好きな料理で、まだ悪阻がきていないこともあり、リリーは美味しく完食していた。

エリザベスがダレンの子どもの頃の話をし出した時は頭を抱えたが、リリーが大変喜んでいたので、まあ良しとしようとダレンは思った。


「まあ、もうこんな時間!楽しい時間程、あっという間に過ぎ去るというのは本当ね。二人共、今日は泊まっていくでしょう?今、用意させるから客室を使ってちょうだい」


有能な使用人達のおかげで、すぐに部屋の準備ができたので、ダレンはリリーを客室へ、エリザベスを彼女自身の寝室へと送って行った。

その後、先程まで家族団欒の時を過ごした客間へと戻ってきたダレンは、ゆったりとソファーに腰掛けているアルフレッドを見て、苦笑した。


「飲み過ぎですよ」


アルフレッドの手からグラスを取り上げながら、ダレンが指摘すると、アルフレッドは「ふむ」と一つ頷いた。

が、明らかに酔い潰れており、うつらうつらと頭が上下していた。

父がこんな風になっていることは珍しく、ダレンとしても今までの人生で三回程しか見たことがなかった。


ーージニーが産まれた日も、こんな感じだったな。懐かしい。


初孫の誕生に、喜びの余り羽目を外し過ぎて、エリザベスに叱られていたことを思い出したダレンは、思わず微笑んだ。

謎のダンスを披露し、上等なワインを飲みまくっていた父は、普段では考えられないくらい陽気で、上機嫌だった。

「絶対に誰よりも可愛がるぞ」と意気込んだ通り、アルフレッドはジニーにとって優しい最高の祖父となってくれたのだった。


「ダレン……本当に、良かった、な……」


寝言でさえ喜んでいるアルフレッドに、ダレンは破顔しながら、その大きな身体にそっとブランケットをかけてあげた。

父ももう良い歳だ。

なるべく長く元気でいて欲しい。

そう思いながら、ダレンは近くの椅子を引き寄せて腰を下ろした。

考えていたのは、兄のことだった。


ーー兄さん、あなたにも産まれてくる私達の子に会って欲しかったよ。


誰よりも穏やかで優しい、自慢の兄だった。

生きていればきっと、ジニーの時と同じくらい、子どものことを可愛がってくれたことだろう。

ダレンは病弱だった兄が亡くなった日のことを、思い出していた。

それがアルフレッドが酔い潰れたのを見た三度目のことだったからだ。

決して涙を見せることなく、泣き崩れるエリザベスを介抱したアルフレッドは、その日の夜遅く、一人で酒を飲んでいたのだった。

その日も、このソファーで酔い潰れた父にブランケットをかけてあげたのはダレンだった。

子に先立たれる辛さは、同じ親として、ダレンにも痛いほど理解できたから、そんな父を見て、ダレンも胸が締め付けられる思いだった。

決して、酒に逃げるような人ではない。

ただ、飲まずにはいられなかったのだろう。


ーーそういえば、初めて酔い潰れていたのを見たのはいつだったかな。


記憶を辿り、あれはまだダレンが結婚する前の出来事だったことを思い出した。

アルフレッドはあの日、珍しく朝から飲酒していた。

新聞を読んだ直後くらいから、お酒に手を伸ばしたように思う。


ーーそうだ、確か誰かの訃報を見たんだったな。


「国の為とはいえ、幼い子を残して逝くのは辛かろう」と呟く父の姿が思い出される。

さて、あれは誰のことだっただろうか。

なぜ、今になってこんなにも気になるのかはわからないが、ダレンは必死に思い出そうとした。


ーーいや、待てよ。あれは確か……そうだ、ウォーターフォード伯爵だ!


サイラスのことではない、サイラスの父親の方だ。

父亡き後、幼くしてサイラスは爵位を継いだ。

父が言っていた幼い子というのがサイラスで、早逝を悲しんでいたのはサイラスの父親のことだったのだ。

アルフレッドとサイラスの父親が懇意の間柄だったのかどうかはわからないが、同じ親として、思うところがあったのかもしれない。

その幼い子だったサイラスが成長し、後にリリーと結婚した。

そして今、ダレンはそのリリーと再婚している。

何とも不思議な縁ではないか。


ーーだが、"国の為"というのは一体どういう意味なんだ?新聞には特に死因については触れられていなかったように思うが……。


そこまで考えた時、客間の扉がゆっくりと開き、ダレンの思考は中断された。


「母上、まだ起きていたのですか?」


ダレンは椅子から腰を上げた。

扉から顔を出したエリザベスはダレンの問いに小さく頷いた後、ソファーへと視線を向けて、苦笑した。


「もう、この人ったら、また酔い潰れて……。本当に仕方がない人」


そう言いながらも、表情は柔らかい。

エリザベスがいかに夫を愛しているのか、如実に現れていた。


「誰かを呼ばないといけないわね。こんな所でいつまでも眠っていては風邪を引いてしまうわ。ダレン、あなたも手伝ってちょうだい」

「はい」


使用人を呼び、ダレンも手を貸して、アルフレッドの大きな身体を寝室まで運んだ。

年老いてなお、筋肉質な体型のアルフレッドを運ぶのには、かなり骨が折れた。

自身の体格の良さが父親譲りだったことを思い出した瞬間だった。

何とかアルフレッドをベッドの上に横たわらせることに成功した頃には、さすがのダレンも息絶え絶えだったが、不思議と嫌な疲れはない。

これも親孝行の一つだと思うと、むしろ嬉しくさえあった。

ジニーや新しく産まれてくる我が子にも、同じように思って貰えるような父親になろうと、ダレンは強く思うのだった。

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