after 23
この国では珍しく、木漏れ日の溢れる日に、リリーとダレンの挙式は執り行われた。
利便性を考え、式は上流階級の人々のタウンハウスが集まっている地区内の教会で行った。
リリーもダレンも初めてではなかったので、式自体は滞りなく進み、盛大ながら品位ある素晴らしい結婚式となった。
それは新郎新婦をはじめ、親族達の笑顔が全てを物語っていたことだろう。
そして、その幸せな賑わいは、後の披露宴においても健在であった。
披露宴は一般的に、花嫁の実家で行われる。
今回、新郎の屋敷が披露宴会場として使用されたのは、リリーの実家が遠方にあったからというのもあるが、何より、これだけの列席者を一堂に会するとなると、どうしても場所が限られてしまうからだった。
家族をはじめ、遠方の親族や一般列席者を含めると、式に参列したのは莫大な数に膨れ上がっていたが、ダレンの屋敷は、それこそ都市の半数の人々を収容できると言われるくらいの広さを誇っていたので、皆、窮屈することなく快適に過ごせた。
そんな中、リリーとダレンは一人一人の列席者と挨拶を交わしていった。
いかにも礼節を尽くすリリー達らしい誠実な対応だった。
本音を言えば、家族や親しい友人達と、もっと話をしたかったが、そのペースでは全員に挨拶ができなかったので、早々に諦めた。
列席者達は皆、その辺りの事情を察し「おめでとう」と一言、声をかけるだけで、次の人に話す機会を譲るスタンスだった。
リリー達が何とか全員に声をかけることができたのは、きっと彼らのそんな気遣いのおかげでもあった。
ーー本当にありがたいわ。それに、こんなに沢山の人達が来てくれるなんて思わなかった。きっとダレンのおかげね。
リリーは純粋にそう考えたが、これほどの人数が集まったのは、ダレンの人脈もさることながら、女王が披露宴に顔を出したからだろうと思われた。
大変、名誉なことなので、リリーとしては素直に嬉しかったが、以前、母親とのことで泣き崩れていた女王を知っているだけに、心配にもなった。
だが、そんなリリーの不安をよそに、今日の女王は終始上機嫌だった。
リリーの姿をためつすがめつしながら「白いウェディングドレスなんて初めて見たわ」と、興奮気味に語った。
今日のリリーは、主役として申し分ない程、美しかった。
それを引き立ててくれたのが、このドレスだ。
たっぷりとドレープを寄せ、金糸で花柄を織り出した刺繍やパールの装飾は、今まで見たこともないようなデザインであった。
「本当に、ため息しか出ないわ。さすが、Sのドレスね。婚礼では、最も高価な流行のドレスを着用するのが通例だけれど、これは明らかに別格だわ。純白なのも素敵。きっと新婦の清廉さを表現しているのね」
羨望の眼差しの女王には申し訳なかったが、リリーは最初、白いドレスに躊躇していた。
自分が初婚なら、まだそのコンセプトも受け入れられたが、何分、リリーはこれが三度目の結婚である。
清廉さとはかけ離れているように、リリーには感じられたのだ。
だが、シルビアに「あなたには白が一番似合うと思います」と説得され、最終的に頷いた。
生来のウェディングドレスは、宝石が散りばめられた大変豪奢なものが多かったので、そもそもリリーの好みではなかったのだ。
シルビアの作ってくれたウェディングドレスは目を惹くが、それは付属品の宝石のせいではなく、その精錬された刺繍技術と斬新なシルエットゆえだ。
派手ではなく、かと言って、地味でもない。
リリーの生来の美しさをさらに引き立てるドレスに、今となっては大変満足していた。
「それにケーキもとても豪華で美味しいわね」
「ありがとうございます。陛下からのお褒めのことばは、使用人達もさぞや喜ぶかと思います」
甘いもの好きな女王の舌を唸らせたウェディングケーキは、リリーの実家に長年勤めてくれている使用人達が用意してくれたものだ。
普通、ウェディングケーキといえば、一段ケーキであったが、遠くの列席者からも見えるようにと、背の高い段になっているケーキをわざわざ作ってくれた使用人達には、本当に感謝している。
しかも味も完璧とくれば、もうどうやって、その仕事ぶりに報いていいのかわからなかった。
ーーでも、そのおかげで陛下をはじめ、列席者皆が満足してくれた。本当に感謝しても仕切れないわね。
基本給金のペースアップか、特別給金を出すか、リリーが頭の中で検討していると、傍らの女王が「理想の結婚式だわ」と感心したように言った。
「もし、私が結婚する時がくれば、あなた達の挙式を参考にするわ。まぁ、今のところ、そんなことにはならないでしょうけれど」
最後の方だけ、少し神経質な物言いになったのは、きっと今、女王を取り巻く環境が微妙なものだからだろう。
周囲の人々が、女王の婿探しに奔走しているという噂は、宮殿内でも有名だった。
女王はそれにうんざりしているのかもしれない。
リリーは女王を労るように微笑んだ。
「いつの日か、陛下が素晴らしい伴侶と出会うことを祈っております。それは明日かもしれないし、五年後かもしれませんが、陛下のことを何よりも大切に想ってくれる方が、きっと現れると思います」
「あなたにとっての、キャッスル子爵のように?」
「はい」
リリーが頷くと、女王は少しだけ思案してから、少し離れた所で参列者達に囲まれているダレンを見つめた。
フォーマルな黒のフロックコートに身を包んだ今日のダレンは、とても目を引いた。
上着丈が長いので、裾が直接的に見えるフロックコートは、高身長なダレンが着ると、さらに縦のラインが強調されて、洗練された印象を与えた。
シルビアの意見で選んだグレーのウェストコートも、リリーの純白のドレスと並ぶと、大変映えた。
普段、立場や場面に応じてさえいれば、それ以上、特に装いにこだわりはないダレンが、リリーとの服装のつり合いをとる為に、シルビアの意見を取り入れたのが何より嬉しくて、リリーは思わず微笑んでしまった。
「あのウェストコートは、あなたのドレスと色味を合わせているのね。とても素敵だわ」
女王に見事言い当てられ、リリーは少し驚いたが、素直に「はい」と頷いた。
それを真っ直ぐな眼差しで見つめていた女王は「実はね」と、思いきったように口を開いた。
「私、子爵に好意を寄せていたのよ。彼は、私がまだ何者でもない時分、私を子ども扱いせずに、礼を尽くしてくれたただ一人の男性だった。私にとって、彼は初恋の人だったの。あら、その表情から察するに、もしかして気付いていたのかしら」
「僭越ながら」
「もしかして、彼から何か聞いていた?」
「いえ。ですが……」
リリーが言い淀むと、女王は「ああ」と納得したように頷いた。
「私の態度から察したのね。私って、本当に至らないわ。すぐに態度に出てしまう」
女王は苦笑した。
が、それも一瞬のことで、女王ははっきりとリリーの目を見て言った。
「私、戴冠して間もない頃、子爵に自分からプロポーズしたのよ」と。
「子爵を責めないでね。彼は私の名誉を守る為に、あなたには言わなかったのよ」
「わかっています」
さしものリリーも、女王がダレンにプロポーズしたという話には驚いたが、それを秘したダレンの気持ちは十二分に理解できた。
こんなことが知られれば、いくら女王といえど、醜聞は避けられない。
女性はいつだって慎み深くあらねばならないというのが、世間の一致した見解だった。
「もちろん、彼には丁重に断られたわ。私を傷付けないように諭すような物言いだった。でも、私が引かないとわかると、今度ははっきりと言ったの。自分には愛する女性がいるから、あなたの気持ちには応えられないと」
相手が女王であれば、下手なことをすれば自分の身が危うくなる。
それを厭い、自己保身に走る人間は多いだろう。
それを、ダレンはよしとせず、キッパリと断ったということらしい。
嘘偽りなく実直に向き合う彼らしい対応だった。
「正直、子爵から拒否されて物凄くショックだった。でも、誰よりも正直で誠意ある対応だとも思ったわ。彼のことがもっと愛おしくなった。だから、あなたが彼と婚約したと聞いた時、あなたのことを知りたいと思ったのよ。その点、あなたの女官任命の話は都合が良かった。近くであなたを観察すれば、その人となりがわかるもの。あなたに関する噂は正直、二分化していて判断がつかなかった。でも、子爵が選んだ女性がどういう人なのか、どうしても知りたかったのよ」
リリーのことを質問攻めにしていたのは、単に興味や好奇心からではなく、見極めたいという強い思いがあったのかもしれない。
それを踏まえると、初めて謁見した際の、どこか探るような視線の意味も合点がいった。
「動物好きな人に悪い人はいないと言うけれど、真実ね。あなたは私の不躾な態度にも嫌な顔をせずに対応してくれた。子爵と一緒で、優しく誠実な人なんだわ。それがわかって、私の初恋が叶うことはないのだと諦めもついた。だから……」
「どうか子爵を幸せにしてあげてね」
そう言って、女王ははにかんだ。
女王としてではなく、一人の女性としてリリーに微笑んでくれたように感じられて、リリーは思わず嬉しくなった。




