after 18
女官として、女王の傍にいることが多くなるにつれ、リリーは一抹の不安を感じるようになった。
女王の直線的な立ち居振る舞いが目立つようになったからだ。
いや、女王とて生来の性格がそうだったというだけで、急に直情径行型の言動を見せるようになった訳ではないのかもしれない。
とはいえ、ことある毎に人と揉める一歩手前状態が続いている女王の現状は、リリーをはじめとする女官達にとって、最も懸念すべき憂慮事項であった。
そして、今まさに、リリーの目の前では、その一触即発状態のやり取りが繰り広げられているのだった。
「だから、どうして私の招待客について首を突っ込むのですか?」
女王は目の前にいる首相に、眉根を寄せながら言った。
声こそ荒げなかったものの、明らかに苛立った様子だった。
「いくら首相という立場であったとしても、職権濫用ですよ」
「横槍を入れるつもりは、毛頭ありません。ただ、せっかくの戦勝記念日の舞踏会なんですから、戦時下で共に戦った公国の公子を招待し、更に友好関係を深めてはどうかと申し上げているんです」
「白々しい!あなたの魂胆は見え見えですよ!私は絶対に公子とは結婚しませんからね!」
「陛下、落ち着いてくださいませ」
割って入ったのは女官長のクランドン伯爵夫人だった。
「首相に他意はありませんよ」と言って、間を取り持とうとしたのだろうが、それは逆効果だった。
「女官長、あなたもあなたです!そう首相の肩ばかり持っていては、含むところがあると私に邪推されても仕方がありませんからね!」
ピシャリと言って、女王はそっぽを向いた。
それが、この話はここまでという彼女の意思表示であることを、その場にいる全員が悟った。
女王はいつも納得がいかないことがあると、こうして話を一方的に終わらせてしまうのだ。
「……御前を失礼いたします」
首相は表情に出さぬよう必死に取り繕ってはいたが、明らかに女王の態度を良しとはせず、辟易したため息を噛み殺したような表情で、その場を立ち去った。
それは、何も彼だけのことではなく、女官長をはじめ、傍に支える女官達も同様であった。
彼らの反感をかっているのは明白で、リリーはどうすることもできない己の無力さを、ひしひしと感じた。
ーーどうして陛下はああいう態度を取るのかしら。
特に、首相と女官長に対して当たりが強いのが気にかかる。
女王は首相達以外に対しては、むやみやたらに、怒りの矛先を向けることはないのだ。
むしろ、上に立つ者特有の寛容さで「あなたの意見はわかったわ」と、譲歩することさえあった。
だからこそ、首相達にだけ、その鷹揚さが消失してしまっているのが、どうしても腑に落ちなかった。
そして、その理由を、リリーは意外な形で知ることになるのだった。
「君に会えて嬉しいよ、今日も綺麗だね」
ダレンに蜂蜜のように甘く囁かれて、リリーは頬を真っ赤に染めた。
久しぶりにダレンと会えた喜びゆえに、淑女然として取り繕うことができなかったのだ。
とはいえ、二人は婚約者同士。
多少、甘い雰囲気を醸し出したところで、誰が咎めようか。
それを免罪符として、リリーは素直に「私もあなたに会いたかったわ」と返した。
ダレンは破顔し、リリーも笑みをこぼした。
いかにも蜜月な関係といった二人は、物理的にも距離を縮め、近況を報告しあった。
「私の方は、特に変わったことはないよ。ジニーも元気にしていると、先日便りが来たばかりだしね。よほど、旦那に大切にされていると見える。手紙には、彼のことばかり綴っていたよ」
「寂しい?」
「いや、ジニーが幸せそうで嬉しいよ。父親としては、これ以上の幸福はない。それに、私には君がいてくれるからね。寂しいとは思わないよ」
「私も同じよ」
ピーターが不在の今、それでも心強くいられるのは、やはりダレンのおかげだった。
彼がいてくれるからこそ、安心していられるのだ。
ダレンには不思議と、周囲の人の心を安寧に導く力があった。
それが彼の魅力であり、皆から信頼される理由の一つだった。
「でも、君は少し不安そうだね。宮廷で何かあった?」
心配させまいと、女王の件は一切話していなかったが、ダレンには全てお見通しだったのかもしれない。
リリーはダレンの榛色の瞳を見つめた。
穏やかなそれは、まるでリリーを包み込んでくれるかのように優しい。
リリーは思わず破顔した。
ーーこの人に隠し事はできないわね。
諦めに似た感情が湧いてくる。
でも、それは決して嫌なものではなく、これ以上ないほど幸せな気持ちだった。
リリーは、甘えるようにダレンの肩に寄りかかりながら、女王の件をかいつまんで話した。
「もしかして、陛下達には何か確執のようなものがあるのかしら。陛下の言動には、何か理由があるような気がしてならないのだけれど」
それは質問ではなく、リリーの独白に近かったけれど、意外にもダレンからは「首相が新しい女官長を指名してしまったからだと思う」という、しっかりとした答えが返ってきた。
リリーは寄りかかっていた姿勢を改め「どういうこと?」と、ダレンに質問を投げかけた。
「首相が人事権を行使するのは、おかしなことではないわ。今までの習わしに則っているだけでしょう?」
「それがいけなかった。陛下は元々、先代の女官長を慕っていたんだよ。だから、政権交代後も女官長を変えないで欲しいと、首相に頼んだ訳だが……」
「断られてしまったのね?だから、陛下は首相に腹を立てているし、首相が選んだ女官長に対しても、良い感情を抱いていない?」
「おそらくね。陛下は無碍にされたと思ったのかもしれない。首相とて、陛下を軽んじている訳ではないだろうが、彼は何というか、身分の高い女性の扱いに長けている方ではないんだよ」
「そうだったの……」
もしかすると、女王との年齢差が激しいのも原因の一つなのかもしれない。
若い女性を侮る男性は多い。
それは高貴な立場であっても同じことだ。
「君がそんなに心配しているなら、私から首相に、陛下に対してどう接するべきか助言しておくよ。彼とは知己の間柄なんだ」
それは、大変ありがたい申し出だった。
リリーの立場では、首相に意見することはできない。
だが、親しいダレンであれば、首相とて耳を貸すだろう。
「となると、問題は陛下の方ね」
若くして、この大国の主となった女王の境遇を思うと、リリーは少しだけ胸が痛かった。
男性優位の社会で、女王の威厳を保つことが、どれほど骨が折れる事柄であるか、女性であるリリーがわからないはずがなかった。
別に、首相が男尊女卑の価値観を持っていると言っている訳ではない。
無意識の内に、社会全体が女性を下に見ているだけなのだ。
それが今この国の現状であり、同時に悲しい現実でもあった。
ーーでも、それは何もこの国だけに限ったことじゃないわ。世界的にも、女性は抑圧されているんだもの。
世界には、女性の外出を禁止する国だってあると聞く。
そんなの人権侵害以外の何ものでもないが、憤慨したとて、リリーにはどうすることもできなかった。
だからこそ、女性という立場で、この大国の主となった女王には、意味があった。
今後、女性の権利や地位の向上に、女王は一役買うかもしれないのだ。
そのことを差し引いたとしても、この国を引っ張っていく立場の女王と首相が険悪なままではいけないと、リリーは思った。
一番、被害を被るのは国民なのだから。
「大丈夫。陛下は聡明な方だ。今は不慣れな環境で戸惑ってはいても、女王として、どう振る舞うべきか、すぐに理解されるだろう」
まるで、女王の人となりを良く知っているかのようなダレンの言い分に、リリーが首を傾げかけたところで、ハタと気付いた。
ダレンは公爵家の人間である。
つまり、王家に連なる家系の出なのだ。
かなり遠いものの、家系図を辿っていけば、現女王とは親戚筋に当たる。
それに、ダレンの物言いから察するに、もしかすると、彼は女王と顔見知りなのかもしれなかった。
今一度、自分の婚約者の高貴な生まれを肌で感じ取り、リリーはダレンを見上げた。
畏敬の念を感じるとともに、そんな彼と一緒になれる誇らしさを胸に抱きながら、リリーは今さらながらに理解した。
女王を支える。
それは彼女の立場を、というより、国の在り方そのものを指しているのかもしれないと。




