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12/27

after 12

社交の場に顔を出して長いが、こうしてリリー・ウォリンジャーを間近で見るのは初めてだなと、ハリーは思った。

案外普通、というと失礼かもしれないが、評判通りの女性でないことは、一目見てわかった。

目立った派手さはないものの、上質なドレスに身を包んだ彼女は、何とも凛としていて美しく、ハリーはどうにも目が離せなかった。

恋をしている女性特有の煌きがそうさせるのかと考え、いや、彼女の生まれ持った気品ゆえだと、ハリーは悟った。


ーーやっぱりダレンは慧眼だな。


ハリーは苦笑した。

昔からダレンは人を見る目があった。

それはダレンが外見や評判、出自などといったものには捉われず、その人自身の内面に目を向けるからだ。

誠実なこの友人のことを、ハリーは最も信頼し、そして尊敬していた。


ーーでも、恋は人を盲目にする。


それはダレンとて同じだろう。

彼も男だ、素敵な女性を前にすれば、その慧眼が曇ることだってある。

ハリーは心中でため息をついた。

あの約束から暫くして、ダレンはリリーを紹介する席を設けてくれた。

今日がその日であることを、ハリーは少しだけ残念に思った。

こんなに晴れた良い日に、自分は友人を失うかもしれないのだから。


「では、お二人は学生時代からのお付き合いなんですね」


ハリーの心配などよそに、リリーはダレンから友人を紹介されて、素直に喜んでいるようだった。

昔話に興味深く耳を傾ける様は、少しでもダレンのことが知りたいのだという、そんな健気な女性として、ハリーの目には映ったけれど、それが演技でないという可能性を否定することは、ハリーにはどうしてもできなかった。


「旦那様」


呼ばれたダレンは、何言か執事に耳打ちされ、頷いた。

「少し失礼するよ」と立ち上がり様に言い、名残惜しそうにダレンはリリーを見つめた。

しかし、リリーに「いってらっしゃい」という風に微笑まれると、ダレンは観念したように退出した。

いかにも蜜月の恋人達といった様子に、ハリーは思わず笑ってしまった。


「どうかなさいました?」

「いや、あのダレンもあなたのような素敵な女性の前では、随分とかたなしだなと思いまして」


素敵な女性と言われ、リリーは少しだけ照れた様に微笑んだ。

そんなありふれた褒め言葉など言われ慣れているだろうにと首を傾げ、もしかすると本当にただ嬉しかっただけなのかもしれないと、ハリーは思い直した。

ダレンの友人からの称賛だったから素直に嬉しかったのだとすれば、何ともいじらしいではないか。

とはいえ、これだって、そういう女性を演じているだけなのかもしれない。

そう思うと、複雑な心境になった。

ハリーは切り出すなら今しかないと思った。

ダレンが席を外している今なら、まだ悪者にもなりやすいだろう。

ハリーは腹を括った。


「ダレンとは昔からの付き合いですが、私が知る限り、彼は最も誠実な男です」

「はい、私もそう思います」

「……では、あなたはどうですか?あなたも彼と同じくらい誠実な女性だと断言できますか?」


リリーの表情は曇った。

当然だ、ハリーの言葉は率直過ぎた。

しかも、これから続く発言は、更に彼女を傷つけるだろう。

いや、傷つける目的でハリーは言うのだ。

悲しいかな、そのことを、どこか彼女自身もわかっている様子だった。


「あなたの身に起きた事には、深く同情します。あなたが耐えてきた数々の苦痛を思うと、あなたは誰よりも幸せになるべき人だとも思います。私はあなたが再婚するというなら、両手を振って祝福しましょう。しかし、それは相手がダレン以外の人間だった場合だ。あなたもご存知でしょうが、奥方を亡くしてからのダレンは、人知れず落ち込んでいました。あなたはそこに付け入ったのではありませんか?傷付いたダレンを慰めるフリをして言い寄ったのでは?」


リリーが二人目の夫と結婚するに至った話は有名だった。

醜聞になったのは、もしかすると彼女の意図したことではなかったかもしれないが、それを上手く利用して再婚にまで持っていった可能性は、十二分にあった。

その抜け目のなさがあれば、ダレンの弱った心の隙間にだって上手く入り込めるだろう。

ダレンと似た境遇だったのであれば尚更だ。


ーーわかっている。今、俺は残酷な言葉を彼女に浴びせている。


でも、リリーは気丈だった。

表情は悲しげだったが、狼狽することも非難することも一切しなかった。

その方が余計に苦しい。

そのことを、ハリーは初めて知った。


「そんな表情をさせてしまって、申し訳ありません」


リリーはそう言って、本当に申し訳なさそうに眉を下げた。

やめてくれと思った。

悪いのはハリーなのに、これではリリーの方がよほど責任を感じているではないか。

ハリーは別にリリーに悔い改めてほしい訳ではなかった。

誰が悪いということではなく、ただダレンを守りたいだけなのだから。


「あなたは彼の一番の親友だと聞きました。だから、あなたが危惧されていることも、どうしてこんなことをおっしゃるのかも、わかっているつもりです。正直、私が誠実な人間であるかどうかはわかりません。でも、そうありたいとは思っています。だから、今から率直に申し上げることをお許しください。私は立場を利用して、彼に言い寄ったことはありません。でも、きっと心のどこかで彼に対する淡い恋心は芽生えていたと思います」

「それは、あなたが結婚している間のことですか?」

「そうです。私は決して貞淑な妻ではありませんでした。だから、彼には相応しくないとあなたがお考えになるのも道理だと思います」

「では、結婚を考え直していただけますか?」

「それはできません」

「あなたは今、自分の不貞を認めたばかりではありませんか。心に傷を負ったダレンを慰め、立ち直らせることで、あなたは彼に付け入った。そういうことでしょう?」

「いいえ、私はそういう意味で彼を利用してはいません。そもそも立ち直らせてなどいませんもの。私はただ幸運にも彼の近くにいることができただけで。彼ならきっと一人でも乗り越えられたと思います」


リリーの目は澄んでいた。

ダレンと同じ、誠実な瞳だ。

きっと、この二人は似ているのだろうと、心のどこかでハリーは思った。


「昔、私も彼も、大切な人を失いました。私たちは、そのことをずっと引きずって生きてきました。だからこそ、愛する人と一緒にいられることが、どれほど幸せなことか、身に沁みてわかっているつもりです。正直な話、一度は彼のことを諦めようと思いました。私たちの幸せは、誰かの不幸せの上に成り立つものだと考えたからです。でも、私たちを後押ししてくれる人たちがいました。純粋に私たちの幸せを願い、心配し、応援してくれる人たちです。でも、彼らだって最初から背中を押してくれた訳ではありませんでした。でも、わかり合うことができた。諦めなければ、諦めなくていいことだってあるのだと、私は身をもって実感しました。彼もそうです。だからこそ、私にあなたを紹介してくれたのだと思います」

「つまり、私もあなたの味方になれと?」

「いえ、あなたには今のまま、私ではなく彼の一番の味方でいてくださればそれでいいんです。私は彼を愛しています。幸福なことに、彼もまた私を愛してくれています。私はそれに恥じない女性でありたいと思います。でも、私だって間違うことはあるかもしれません。だから、もし、あなたから見て、今後私が何か彼にとって相応しくない言動を取ったと思ったら、遠慮なく指摘してください。私のことを非難してください。そうすれば、私は気付くことができます。彼を不幸にせずにすむんです」

「それは、何とも他力本願なことだ」

「おっしゃる通りです。でも、過去を変えることができない以上、私としてはこれからの自分の言動で証明する他ないんです。その為には、私を懐疑的に見てくれる人が必要です。私が間違えた時、諌め、正してくれる人が。それが彼の幸せ、ひいては私の幸せにも繋がるのですから」

「その存在が私だと?でも、それではあまりに博打だ。結婚してしまってからでは遅いことだってあります」

「……私の顔を見てください」


リリーは身じろぎ一つせず、ハリーを見つめた。

ハリーもリリーを見つめ返す。

リリーの表情を例えるなら、それは凪だろうか。

穏やかで満たされた、そんな表情だった。


「……あなたが幸せなのは、一目瞭然だ」

「はい、私は幸せです。では、あなたの目から見て、彼はどうですか?」


痛いところをつかれたなと、ハリーは思った。

そうなのだ、ダレンは誰が見ても幸福そのものだった。

リリーと同じく、いや、それ以上に、ダレンの表情は満たされたそれだ。

妻を亡くしてから長らく見ることができなかったダレンの心から微笑む様、それが全てを物語っていた。

ダレンに幸福を与えているのは、間違いなくリリーだということを。


「必ず、彼を幸せにすると誓います。絶対に、そんな人間になってみせます。私たちにとって、お互いの存在こそが幸せそのものなんです。私はこの幸せを守っていきたい。だから、どうか私たちのことを見守ってはいただけませんか?」


「私にチャンスをください」と訴えるリリーは、何とも凛としていて美しかった。

華奢で儚げな印象の彼女のどこに、これほどの力強さを秘めていたのかと戸惑うほどに、リリーは毅然としていた。

これが彼女なりの誠意であり、覚悟でもあるのだろう。

それを応援してあげたいと思ったのは、きっとハリー自身わかっていたからだ。

あのダレンが選んだ女性が、単なるか弱い女性であるはずがないのだと。

リリーなら、今後ハリー以上に意地が悪い人間に、心無いことを言われたとしても、きっと大丈夫だろう。

ダレンのことを諦めず、誰よりも幸せにしてくれる、そんな予感がした。


ーー結局、ダレンが言った通りになったな。


すでにリリーのことを気に入ってしまっている自分に気付いて、ハリーは苦笑したのだった。

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