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after 10

ブラッドリー公爵家の晩餐会はいつも完璧だった。

特にコース料理が絶品で、十皿以上もあるというのに、全て食べてみたいと思わされるメニューばかりだった。

当然、味には文句のつけようがなく、さすが公爵家お抱えの料理人が丹精込めて作った料理だと、誰もが褒め称えた。

リリーは特に少食という訳ではなかったけれど、流石に全メニューは食べきれなかったので、特に気になった鴨のポワレとエビ入りサラダだけ取り分けてもらった。

早速、鴨を一口サイズに切り分け、口に運ぶ。

鴨は柔らかく、コクのある赤ワインソースがその味を引き立てていた。

自然と笑みが浮かんだのは、料理が美味しかったこともあるが、リリーの隣にダレンが座っていたからだ。

正直にいうと、リリーは最初、公爵夫人から晩餐会に招待されるなど予想していなかったのだが、それ以上に、隣の席がダレンだったことに驚きを隠せなかった。

晩餐会では男女がペアになるよう隣同士に座るのだが、その席順は全て女主人が決める。

しかも、食事中の会話の盛り上がりが、晩餐会の成功の鍵を握る為、誰と誰を会話させるか、細心の注意を払わなければならない。

だからこそ、ダレンの母親であるエリザベスがリリーとダレンを隣同士にしたことには大変意味があった。

しかも、今回の晩餐会に出席している者達のほとんどは、保守層の貴族達である。

名誉やしきたりを重んじるタイプで、以前のリリーの悪い評判を耳にしたこともある人達だった。

その中にあって、エリザベスはリリーのことをかなり好意的に紹介してくれた。

それだけでリリーは涙が出そうになるほど嬉しかった。

ダレンとの結婚に反対の立場を取っていたように見えたエリザベスだったが、それは転じて、二人のことを誰よりも案じていたからだと今更ながらに気が付いた。

リリー達のことを後押ししようとしてくれているエリザベスに、応えたいと思った。

彼女の優しさに見合うだけの人間に、リリーはなりたかった。


その意気込みが功を奏したのかどうかはともかく、晩餐会は順調に進み、アイスのデザートを食べ終えたリリーたち女性陣は、殿方を残して居間へと移動した。

ここから小一時間は、女性だけの時間である。

各々が飲み物片手に語り合うのだ。

甘いものを口にしたばかりだったので、リリーは紅茶ではなくコーヒーを頼んで、腰をかけた。

一口、コーヒーを含むと、何ともリラックスした気持ちになる。


「お隣、構わないかしら」


リリーと同年代か、少し上くらいの小柄な夫人に問われ、リリーは「どうぞ」と微笑んだ。

夫人は優雅に腰掛け、リリーと同じくコーヒーを頼むと、それには口を付けずに、唐突に言った。


「あなたは今、巷で話題になっている"薄幸の未亡人"をご存知?」

「はい。先日読んだばかりですが、大変面白かったです。続きが気になってしまって……。そういえば、最近、最終話が掲載されている新刊が出版されたそうですね。人気過ぎて、入手が困難だとか」

「私、幸運にも購入できましたの」


「それは羨ましい」と近くにいた何人かが、リリーたちを囲むようにして集まってきた。

皆、リリーよりも少し年配の女性たちばかりだったが、小説の熱狂的なファンであるようで、しきりに読み終わった感想を聞きたがった。


「あまり申しますと、読んでいない方のお楽しみを奪う形になってしまうので、詳細は省きますが、私は何とも物悲しい気持ちになってしまいましたわ」

「まぁ、では、やはり二人は結ばれなかったのですね」


ガクリと肩を落とす女性たちに対して、夫人は肯定も否定もしなかった。

とはいえ、そこまで言ってしまえば、もう物語が悲恋で終わったことは一目瞭然だった。

リリーも少なからず残念に思った。

ずっと懸命に頑張っていた主人公には、好きな人と幸せになってもらいたかったのだ。


「私、以前から気になっていたのですが、あの主人公のモデルはあなたではないのですか?」

「わ、私ですか?」


思ってもみなかったことを言われ、リリーは戸惑った。

見れば、周囲の女性たちも期待の目でリリーを見つめている。

リリーは急いで首を振った。


「まさか!私ではありませんわ」

「そうなのですか?主人公の置かれた状況が似ていたので、てっきり……」


確かに、未亡人になった後のくだりは、似ていると言えなくもない。

が、貴族女性が夫に先立たれた後どうなるのか、考えられる状況はある程度、限られているので、偶然被っただけだろうと、リリーは思っていた。


「物語の主人公には、何となくあなたを彷彿とさせるものを感じましたわ。ご容姿の美しさや人柄の良さだって似ていらっしゃるし」


夫人はこう言ってくれたが、正直、自分にはこの主人公ほどの魅力はないし、人格者でもないと断言できる。

リリーは「お世辞はやめてください」と身振りで示した。

すると、周囲の女性たちは不思議そうに小首を傾げ、お互いに見合った。


「まあ、どうしてそんなに謙遜なさるの?あなたは今や社交界の花ではありませんか」

「わ、私がですか?」

「ええ、あなたの元へ届く招待状の数は、それこそ女王並みだと伺いましたわ。それだけ、皆、あなたに自分たちの集まりに来ていただきたいんですわ。あなたがいれば、それだけでお茶会や晩餐会の評判が良くなりますもの」


確かに、ここ最近、社交の場へ招待を受けることが圧倒的に増えている。

だが、それは皆、リリーの不幸を慮ってくれているからなのだ。

少しでも気休めになればいいという周囲の配慮には大変感謝しているが、それがすなわち、自身の人気故だとは、リリーは全く考えていなかった。


「あなたのファッションはいつだって注目の的ですし、舞踏会ではひっきりなしに男性からダンスに誘われていらっしゃるわ。侯爵は、あなたへの結婚の申し込みを断るのに忙殺されていると、もっぱらの噂ですよ」


リリーの弟であるピーターが忙しくしているのは本当だ。

とはいえ、それは自身の結婚式を控えているか

らであって、リリーは関係ない。

少なくとも、ピーターから結婚の申し込みがリリーにあったとは聞いていなかった。


「慈善活動にもご熱心ですし、今時の女性には珍しいくらい教会にも足繁く通っていらっしゃるとか。この間、司祭様があなたの信心深さを褒めていらっしゃいましたよ」

「使用人からの評判も宜しいのよね。今時、口さがない使用人も多いけれど、あなたが過去に雇っていた使用人は皆、口を揃えて寛容な女主人だったと言いますもの。まさに"薄幸の未亡人"に出てくる主人公の淑女そのものですわ」


うんうんと頷き合う女性達の中、リリーは益々気まずくなってしまった。

リリーは本当に物語の主人公のような聖人ではないし、魅力に溢れ、人望があるタイプでもなかったからだ。

卑下している訳ではなく、それが真実だった。

だから、リリーは皆を落ち着かせるように、意識して声を落とした。


「そんな風に仰ってくださるのは大変光栄なのですが、本当に私は物語の主人公のモデルではありませんし、彼女ほど素晴らしい人間でもないんです。期待を裏切ってしまったようで申し訳ないのですが……」

「あら、何も裏切ってなどいないわよ」


言ったのは、エリザベスだった。

いつの間に、リリーたちの背後に回っていたのか、エリザベスは優雅にソファーに腰掛け、紅茶のカップを傾けている。

驚いたのはリリーだけではなかったようで、女性たちは皆、子どものようにはしゃいでいた所を見つかってしまったうら若き乙女のように、頬を赤らめた。

そんな彼女達を微笑ましく見つめながら、エリザベスは「私もあの小説は読みましたよ」と言った。


「とても素敵な物語でしたね。物語の主人公に似ているというのもわかる気がしますよ」

「ふ、夫人……」

「まぁ、聞いてちょうだい。あなたは主人公ほどの淑女ではないと言うけれど、彼女達が言いたいのは多分そういうことではないんですよ。あなたのことをそれほど好ましく思っている、彼女達はそう言いたいんじゃないかしら。ここにいる皆は、多かれ少なかれ、あなたの以前の評判を知っていたけれど、実際に会ったことはなかったから、その噂が事実かどうかわからなかった。彼女たちはそのことを恥じているんですよ」

「恥じる必要はないと思いますが……皆さんはただ噂を耳にしただけで、何も悪くない訳ですし」

「そうですね、評判を鵜呑みにはしなかったでしょう。でも、その真偽を確かめようとはしなかった。彼女達はそのことの意味を今ようやく理解したんですよ。リリー、あなたもまた小説の主人公と同じく、噂のせいで長く苦しんできたでしょう?周囲に誤解され、時には直接酷いことも言われた。でも、あなたはそれを理由に人を憎まなかったし、仕返しもしなかった。あなたが善良な人間で、心根が美しいからだわ。あなたと物語の主人公はそういう所が似ているんですよ。皆、あの小説を読んで、そのことにようやく気がついたんでしょう。だから、自身のことを恥じているし、これからはあなたとお友達になって、あなたを応援したいと思っている。そうでしょう?」


問われた女性たちは皆、一様に頷いた。

その中でも、一番最初に話しかけてきた夫人が、申し訳なさそうに口を開いた。


「私、ずっとあなたのことは他人事で、自分には関係ないと思っていましたの。でも、女性なら誰だってあなたと同じような境遇に追い込まれる可能性はあった、そのことに遅ればせながら気付いたんです。その時、あなたのように誰も憎まず、変わらず毅然としていられるかどうか……そう考えて愕然としましたわ。私にはきっと無理だと気付いてしまったから」


だから、リリーのことを尊敬しているのだと夫人は言った。

これからはもっとリリーのことを知り、仲良くしたいのだとも言ってくれた。

リリーは思わず胸が熱くなった。

諦めなくてよかったと思った。

諦めていたら、きっとこの出会いはなかっただろうからだ。

親しい人間だけではない、リリーのことを理解し応援したいと思ってくれる人達がいる。

それがこんなにも嬉しく、心の支えとなることを、リリーは今になってようやく実感したのだった。

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