after 1
リリー・ウォリンジャーは未亡人である。
しかも、二回結婚し、二人の夫を亡くした、いわく付きの未亡人だ。
当人としては、どこにでもいる平凡な人間だと自負しているのだが、リリーを取り巻く環境はなぜかそれを許してくれない。
百人いれば百人が、波瀾万丈な人生を歩んでいると評価する人物、それがリリーだった。
そんなリリーは今、おそらく人生で最も重要な場面に直面していた。
リリーは隣に座っているダレン・アルバーンを見やった。
リリーの好きな人、誰よりも愛する人だ。
ダレンとは紆余曲折という表現では足りないくらい、本当に色々あって、結ばれた。
一度断ったプロポーズを受け入れ、はれて婚約者となったのだ。
今日も、ダレンの両親に婚約を報告する為に、リリーはダレンの実家ブラッドリー公爵家を訪れていた。
ちなみに、リリーの唯一の家族である弟のピーターには、既に結婚の了承を得ている。
元々、仲が良い姉弟ではあったが、リリーの今までの苦労を知っていたので、ピーターは誰よりもリリーの結婚を喜んでくれた。
ピーター自身も婚約が調っているのだが、その時と同じくらい舞い上がっていた。
随分心配させていたのだと思うと、何だか申し訳ない気持ちになる。
そして、それ以上に、絶対に幸せになりたいと強く思った。
とはいえ、リリーがいくら意気込んだところで、ダレンの両親に認められなければ意味がない。
ダレンの父親であるブラッドリー公爵は厳格なことで有名で、母親の公爵夫人は淑女の中の淑女と謳われている。
以前から交流があったとはいえ、リリーが抱える問題を考えると、いくら公爵夫妻とて、そう簡単にリリーを受け入れることはないだろう。
そこを、どうにか説得して結婚の了承を得る、それが今リリーがしなければならないことだった。
愛するダレンの為ならば、何だってしよう。
それが、応援してくれる人達の恩に報いることにもなるのだから。
「リリー、大丈夫だよ」
ダレンは安心させるように言って、リリーの手に自身のそれを重ねた。
そこで、初めてリリーは自身の手が冷たくなっていることに気付いた。
どうやら、かなり緊張していたらしい。
ダレンの手の温もりが伝わってくるにつれて、緊張は解きほぐれていった。
不思議だ。ダレンが傍にいてくれるだけで、リリーはこんなにも安らぎを感じられるのだから。
ーーわたしは、この人とずっと一緒にいたい。この温もりを感じていたい。だから……。
自分の気持ちをしっかり伝えようと、リリーは思った。
その為には、真摯な態度で臨まなくてはならない。
リリーは絶対にダレンを悲しませるようなことをしたくないのだ。
「ダレン」
室内に、透き通るような声が響いた。
振り返らなくてもわかる。
上品で、凛とした声音。
その声の主は、ダレンの母、エリザベス・アルバーン、その人だった。