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ときめきは後回し 7、困惑

※2022年4月の18歳成人制度前の話としています。念の為。

 スマホの呼出音が、耳に触れる。

 かすみは数コールで出た。


『お母さん、ごめん。仕事中に』


 声の様子は、いつものかすみと変わらない。


「なる姉に聞いたけど、何かあったの?」


『うん、実はね……』


 かすみの話は、正直理解しきれなかった。

 とにかく今はアパートの契約書が欲しいらしい。


 私はかすみに「家に届いた覚えは無いが、帰ったらもう一度探してみる」と伝えた。


 電話を終える。

 私の頭の中はクラクラと先月の記憶を遡るように駆け巡っていた。

 問題なかったと思いたいことだけが、何度も映像として繰り返される。

 自分の落ち度があると、認めたくない私がいる。


 心臓の奥がキュッと痛む心地がした。

 とにかく今は店を片付けて、家に帰るしかない。


「かすみ、何だって?」

 拓己が箸置きに箸を置いて尋ねる。


「大したことないわ。

 契約書が家に届いているか確認してほしかったみたい」


 私は震えて泣き出したい気持ちを抑えて言う。

 拓己の方は見れない。甘えてしまいそうで。


「あゆみ」


 ガタンと椅子の動く音がする。

 彼はカウンター越しに、私の前に立った。


「俺はかすみの父親だ。

 かすみのトラブルを知った以上、出来ることはしたい。

 まずは、何があったのか、教えてくれ」


 私は唇を噛みながら頷いた。


■■■■■


 まずは落ち着く為に、拓己が食べ終えた皿を片付け、二人分のお冷をカウンターに用意した。

 拓己の隣に私は座り、水を一口飲む。


「かすみが今住んでいるアパート。

 まだ新しくてキレイで広くて、それでいて学生特別料金で安く借りれたの。

 でもそのアパートは、男子限定サークルの人間がそこに住む女の子に簡単に手を出せるようにするためのものだったらしいの。

 だから入居者に無断で、部屋の鍵と入居者の情報がサークルに渡る仕組みになってるんだって。

 引っ越ししようとしたら、高額の解約違約金を取られる契約になっているらしくて。

 それを確認する為に契約書が欲しいみたいなの」


 私はハーッと息を吐く。

 かすみに言われたことをそのまま言ったつもりだけど、やはり状況が良く分からない。

 解約違約金なんて聞いた覚えがないもの。


「かすみが通っている大学って、○○大?」


 私は思わず拓己を見る。「何で分かったの?」


「ああ、そうか……。噂で実在しないとは思っていたけど。

 そのアパート、ラビットって名前ついてない?」


「えっと、確かメゾン・ラビットだったと思う」


 私がそう言うと拓己は頭を抱えた。


「なら、かすみが言ったことは事実かもしれない。


 あの大学には、男子限定のサークルがあるんだ。

 ライオンファミリーだったかな。

 企業や銀行の重役がライオンOBで、就活や昇進・転職や仕事の交渉にも影響が出るような、強い権力を持ったサークルだ。

 そのライオンと付き合う女子のことは、ラビットと呼ばれている。

 学内で厳選した女子大生しかラビットになれないと言われているらしいが、まさか本当に囲うようなことをしてたなんて……」


「じゃあかすみは、そのサークルの男のモノにされる為に、あのアパートに住んだってこと?」


 一気に嫌悪感が湧く。

 それじゃあ、商品棚に無理矢理並ばされたようなものじゃない。


「高額の解約金があるなんて。

 何で、そんな部屋にしたんだよ。

 怪しいに決まってるだろ?」


「だって、そんなこと不動産屋からは聞いてないもの」


「聞いてない? 契約前に説明を受けてないのか?

 全部かすみ一人にやらせたのか?」


 拓己の声に苛つきが混じってきた。

 男の不機嫌の色。嫌いなやつだ。


「まさか!

 契約者はかすみだけど、連帯保証人が私で、親権同意書も書いたわ。

 部屋の紹介から手続きまでお店で一緒にやったし、その後のお金の支払いと書類提出は私がしたわ!」


 自分に否があると言われた気がして、私は必死で言い返す。


「じゃあ、かすみとお前も、不動産屋から解約違約金のことは聞いていないんだな?」


「そうよ! だから驚いてるの!」


「契約書の中身は読んだのか?」


 う、意地悪なことを聞く。

 契約書。見たっけ? あれ?


「見たと思う……。申込む時にお店で……」


「見た、じゃない!

 最初から最後まで読んだのか?!」


 拓己の声に私はビクッとする。

 何よ! 今まで一度も育児してないくせに!


「そ、そんな普通、契約書とか細かく見ないでしょ!

 お店で確か、ここにサインとハンコくださいって言われた時に見たわよ。

 で……」


 私はハッと思い出す。


「担当の人言ったの。

 『また、目を通しておいてくださいね』って」


 そうだ、そうよ!

 全然連絡が無いから、かすみの方に届いたんだと思ってた。


 私は拓己を見る。彼は頭を掻いていた。


「部屋の契約がそんな簡単に進む訳無いだろ?

 お前だって部屋やこの店借りる時に契約してるだろ?」


「就職の時はゼミの先生と父親が全部やってくれたし。

 この店は、父の親友が貸してくれて……」


 拓己がため息をついた。


「何よ! 常識のない情けない母親だとか思ってんの?!

 今日来たのも、子どもを放って客と酒呑んでいる女を見るため?!」


「そんなこと一言も言ってないだろ?」


 拓己は困った顔をしている。

 分かってる。卑屈になってるって。

 でも、そう言いたそうに見えたんだもん。


「お前は、人を疑わなさ過ぎるんだ。

 きっとカモにされたんだ。

 

 でも悪いのは、ちゃんと説明せずに契約させた不動産屋だ。

 契約書を手に入れて消費者センターに相談した方がいい」


「あ、かすみの方で集団訴訟する予定らしいわ」


「集団訴訟?!」


 拓己の目が見開く。

 大袈裟なまでに背中が反る。


「知らずに入居した子が他にもいて、情報を集めて不動産屋を訴えるんだって。

 友達の親が弁護士だから、そこにお願いするみたいなの」


 この辺から私も本当によく分かってない。

 ドラマみたいなこと、学生でも出来るのかな?


「訴訟って、費用とかどうするんだよ……?」


「知らないわよ。

 内密に進めるから、あまり言いふらすなって言われたわ」


 拓己は黙って俯き、水を飲んだ。


「とにかく……。

 あゆみは明日の朝までに契約書が家にあるか無いか確認する。

 無ければ明日午前中に不動産屋に連絡して取り寄せるんだ。

 あと、かすみからその弁護士と費用について聞いてくれ。

 ヤバい奴じゃないか、金額の相場を確認する」


「分かったわ……。

 でも連絡したら、すぐ送ってるものなのかしら?」


 私の質問に、拓己は少し間を空けて答えた。


「かすみが尋ねて、はぐらかされたんだ。

 君が電話しても同じかもしれない。

 だからその時は、君のパートナーが代わって話すと効果あるかもしれない。

 ああいう連中は、ちょっと面倒だなと思ったら動くものだ。

 低いトーンで男が言えば、送るかもしれない」


 拓己はコホンと咳払いする。


「そのパートナーにとって、かすみは血縁無いけど、君の娘だ。

 頼めそうなら、一緒にいてもらって明日連絡したら良い」


「拓己……」


 私の頭の中でクエスチョンマークが幾つも浮ぶ。


「パートナーって誰のこと?」


「誰って、かすみの妹さんの父親だよ……。

 再婚はやっぱりしてないのか……?」


 その言葉に私はようやくハッとした。


「ち、違う!

 確かにまゆみの父親とは当時付き合ってたけど、あいつは4股かけてた最低野郎よ!

 慰謝料ぶんどって別れたわ!

 今、私は未婚かつフリーよ!」


 勢いで言ってしまった後に、私の顔は赤くなる。

 そっか、拓己は私がかすみの次に産んだことをそういう風に思っていたのか。


 拓己も気まずそうに、視線をあちこちに飛ばしている。


■■■■■


 スマホの時計表示はとっくに0時を過ぎていた。

 いい加減片付けないと帰る時間が大変なことになる。


 拓己が言われたことを懸命に整理して私は声に出す。


「あ、明日誰に電話お願いするか考えるわ。

 父親も他界してるから、身内に男がいなくて……。

 このマンションのオーナーさんに相談してみるわ」


 私は空になった2つのグラスを取り、席を立つ。


「俺が電話するよ」


 振り向くと拓己が真っ直ぐ視線をこちらに向けていた。


「明日早めに店に来れるかな?

 俺が隣で待機するから、不動産屋に電話するんだ」


「でも、良いの? かすみと関わらないようにしてるのに」


「素性を明かす必要はないよ。

 向こうは君がシングルマザーだって知ってる訳だし。

 理詰めで話したら、嫌がって応じるだろう」


 確かに拓己が話してくれたらどれだけ有難いか。


「分かった。お願いするわ」


 私がそう応えると、彼はほんのり微笑んだ。

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