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3/12

ときめきは後回し 3、リピーター

「すみません、ビールおかわり」


「あ、はい」我に返ってグラスにビールを注ぐ。


「どうぞ」

 私は生ビールグラスを置き、空いた皿等を下げる。


「久しぶりだね」

 グラスを持ちながら彼は言った。


 気付くと、私達は見つめ合ってた。


「やっぱり、拓己なんだ」


「うん。あゆみは全然変わらないね。一目で分かったよ」


「急にどうしたの? よくこの店が分かったわね」


 沈黙が続く。

 拓己はビールをほとんど一気飲みした。


「春から支社配属で引っ越してきた。上のマンションにね」


「え?!」


「部屋を紹介された時に、この店を知って。

 どんな店か調べたら、君らしい人が写ってた」


 インターネットの店舗紹介ページに、私は写っている。

 遠目だけど、知ってる人は分かる具合だ。


「私が決め手でこのマンションにしたの?」

 私はフフフっと笑ってみる。


「まぁね」

 拓己もニヤッと目尻を細める。

「ビールおかわり。あと砂肝胡椒炒めも」


 おぐさんに注文を通し、ビールをグラスに注ぐ。

 思わぬ再会に私の胸は踊っていた。

 彼は今もあの会社に勤めているのだろうか。


 カランカラン


 男性お一人様が入店した。

 数年前から来てるマンション住民だ。


「いらっしゃいませ〜」


 客は拓己の席から2席空けたカウンターに座る。

 最近の彼の定位置なのだ。


「おまかせ夜ご飯と、芋焼酎で何かオススメありますか?」


 私がおしぼりを客の前に置く。


「じゃあ先週試しに仕入れたばかりのやつ、飲んでみます?

 感想聞かせてほしいわ。水割りで良いかしら?」


 この客、少し前から焼酎にハマりだし、今までは1000円以下のおまかせしか注文しなかったのが、1〜2杯呑むようになった。

 とても有り難いのだが、ちょっと語りたがるタイプなので、拓己が気になる今の私としては、間の悪い存在だ。


 水と焼酎水割りを出してすぐに、おぐさんが砂肝炒めとサラダを台に置いた。


 砂肝炒めを拓己の方に、サラダはもう一人の客に出す。

 私がカウンター前に来た途端、客は喋りだす。


「女将さん、これ凄く飲みやすいです。

 どこのやつですか?」


「これは、前にあなたが美味しいって言ってた米焼酎のメーカーさんと同じとこでね。

 最近芋焼酎も出したのよ……」


 私と客は、芋焼酎についてあれこれ話していると、ススッと椅子の動く音がした。


「女将さん、お会計お願いします」


 私はドキッとした。

 まさか拓己に「女将さん」なんて呼ばれるなんて。


「はい〜」客に会釈して私は、拓己の方ヘ向かう。


「2,970円です」


「カードで」


 拓己は小さくて薄い財布から、サッとクレジットカードを取り出す。

 受け取ったカードは当たり前のようにプラチナだった。

 銘柄も、大手企業正社員だとさり気なく教えてくれる。


 でもこちらもサラリーマン相手に仕事してる身。

 顔色変えずに会計する。


「ご馳走様。また来ます」


「ありがとうございました」


 仕立ての良さそうなトレンチコートの背中が扉に遮られていく様子を見ながら、私の頭の中は「また来ます」をずっと繰り返し再生していた。


■■■■■


 次に拓己が現れたのは1週間以上後だった。


 カランカラン


 21時頃。ラストオーダー30分前だ。

 カウンター席は黙々と千円ご飯を食べるサラリーマンで埋まっている。


「テーブル席にどうぞ〜」


 拓己はトレンチコートをハンガーにかけて鞄を横に置いて座った。

 6人掛けテーブル席が妙に広い。


「ご注文はお決まりですか?」

 私はテーブルの上におしぼりとお冷を置く。


「今日のおまかせ夜ご飯は何?」


「ソースメンチカツとほうれん草白和えです」


「そうですか。

 じゃあ、ビールとポテトサラダと菜の花煮浸し」


「かしこまりました〜」


 声のトーンが上がっている。

 自覚して私は照れる。そんなに嬉しいの? 私?


 テキパキと注文を通し、生ビールを運び、熱々のメンチカツが載った皿を、カウンター席に並べる。

 焼酎客も、今日は空気を読んで静かに麦焼酎を飲んでいる。


 拓己は私が料理を持ってきたタイミングでビールのおかわりと、鰆パン粉焼きを注文した。


 客達は昼間の食堂のごとくパパッと平らげ、スマホいじりも程々に、会計を済まして去っていく。

 ピッ、チャランと、電子決済の音が数回響く頃にラストオーダー時間がやってきた。


 私は残った客達に声をかける。

 焼酎客も今日はおかわりしないらしい。


 最後に拓己のいるテーブル席に行く。

 拓己は麦焼酎とローストナッツを注文した。


 ラストオーダーを通し、入口の札を『準備中』に変える。


 厨房では清掃や片付けを始めるおぐさんの音が聞こえる。

 この水を流す音がすると「あともう一踏ん張りだ」と思えるのだ。


 私も細々片付けをしていると、カウンター客は全員退出し、テーブル席にいる拓己一人になった。


 閉店時間まであと10分もない。


 拓己は料理はササッと食べたが、焼酎とナッツはちびちび進めている。


 彼の様子をカウンターから伺っていると、向こうもこちらを見てきた。


 目が合うと、彼はニコッと微笑んだ。


「ごめんね、閉店時間だね。すぐに済ますよ」


「いいわよ、慌てなくて。

 もう、この後は部屋に戻るだけ?」


「ああ。

 明日は朝から会議も無いし、ちょっと今夜はのんびりしようかなと思ってさ」


 私はキリのいいところで作業を済ませ、彼が頼んだ麦焼酎と同じもので薄めの水割りを作った。

 小皿に個包装の小さなチョコレートを盛り付けて、拓己の席へ向かう。


「座っていいかしら?」


「どうぞ」拓己は手を察と出す。

 私は彼の向かい椅子に座る。


「サービスよ」コトンとチョコレート皿を置いた。


「ありがとう。君の焼酎は奢るよ」


「ご馳走様」私も微笑む。


■■■■■


 彼はチョコレートの封を開け口に入れる。

 肴にチョコレートは、二人共通のお気に入りである。


「また来るって言ったのに、随分遅かったわね」

 私はちょっと意地悪なことを言う。


「一昨日に来たよ。でも君はいなかった」


「そうだったの。

 かすみの大学入学式だったから仕事休んだのよ」


「ああ、かすみの……」


 二人の間に苦い空気が漂う。

 拓己はかすみのことを、手紙でしか知らない。

 対面した状態でかすみの話をするのが初めてだった。


 かすみの話はタブーだったかしら?

 拓己はコースターに置いた自分のグラスを見つめている。


「女将、先に上がるよ」


 おぐさんが、ホールに出てきて言った。


「お疲れ様。後はやっとく」


 おぐさんは深々と頭を下げた。

 顔を上げた時に拓己と目が合ったようだ。

 拓己は会釈する。


「厨房担当の小倉です。

 女将とは、女将の父親の代から世話になってます」


 額の3本線が更に増えている。

 拓己のことをおぐさんに話していたが、彼なりに一応警戒の姿勢を見せたのだろう。


「沢口です。

 昔、女将さんと同じ職場にいた者です。

 昔の知り合いに会って、ついのんびりさせてもらってます」


 拓己も挨拶する。

 悪い者では無いです、とおぐさんに主張してるようだ。


 おぐさんも深掘りはせずに裏へ行き、そのまま店を出た。


「良い人だね。君のことを気にかけてくれてる」


 その言葉に含みを感じたので、私は訂正のつもりで返す。


「父が食堂してる頃に、修行したいって入った人なの。

 調理師免許を取って、ホテルや旅館の料理人として活躍してたけど、この店を始めるタイミングで、ウチに来てくれたの。

 おぐさんが居なかったら、この店は始まらなかった。

 昔から今も、お兄さんみたいな感じで。

 私も可愛がられている。

 おぐさんの奥さんも凄く良い人よ」


「そうなんだ」拓己はローストアーモンドを口に入れた。


「ホッとした?」

 私が尋ねると、拓己は笑いながら「まぁね」と言った。

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