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ときめきは後回し 2、昔の男

 今の新規客がかすみに似ている?


 数秒経って、二人が言いたいことを把握した。

 そして私はハハハと笑う。


「美形ってことね、楽しみにしとくわ」

 と、適当にごまかし、私は布巾と盆を持って、テーブルを片付けに行く。


 ドアの開閉音で、男が席に戻ったことを確認する。

 食器を載せた盆を台に置き、私はカウンター奥に向かう。


「ご注文、承りましょうか?」


 メニュー表から男は顔を上げる。


 私は脳天に雷を落とされた心地がした。


 拓己(たくみ)……!!? この男は、拓己だ。


 男の私を見る目が、更に追い打ちかける。

 私を、私だと気付いている。


「生ビール。あと、ポテトサラダとサゴシの昆布締め」


 声……。間違いない、拓己だ……。


「かしこまりました……」


 声や手が震えていないか。自分でも分からない。

 頭の中で、落ち着け落ち着け、と言い聞かせる。


 注文を通し、私は生ビールを注いで男の前に置く。

 男は黙ったままだ。


「女将、あのぉ。俺達、今日はここいらでお暇するよ」


「え?」


「そうそう、俺達最近飲み過ぎだもんな。

 久しぶりに走って帰るか」


 リュウさん! ケンさん!


 私の動揺に気付いて遠慮してくれたの?!

 でも、今はこの男と二人きりになる方がキツイって!


 でも止める訳にもいかないので、私は金額を伝える。

 二人はそれぞれ財布から現金を出した。


■■■■■


「ありがとうございました〜」

 声が引きつってる。どうしよう。


 テーブル席2つにカウンター8席。

 決して広くはない空間。

 少しの所作が互いの視界に入る。


「女将、ポテトサラダとサゴシの昆布締め」


 おぐさんが料理台に皿を2つ置く。

 そうだ、おぐさんもいる、と少し気楽になる。


「どうした?」おぐさんは小声で尋ねる。

 私の異変に気付いたのだ。


「大丈夫よ。

 昔の知り合いに似てるか本人かもって気がして」

 私も小声で返す。


「マズそうなら、すぐにサイン出せよ」


 サイン。

 私やホール担当が客に悪絡みされた時に使う言葉がある。

 今は滅多に使わないが、店を始めた頃はよく使っていた。

 そういう意味でも、おぐさんには感謝してる。


「どうぞ、ポテトサラダとサゴシの昆布締めです」


 私はカウンター越しに皿を置く。


「ありがとうございます」

 男は割り箸を手に取り食べ始める。


 私はカウンター中央辺りに移動し、伝票確認等を行う。


 いつもなら、さっきの男の子みたいに、マンション入居者が晩ごはんを食べに来るのに。今日に限って誰も来ない。


 切り出すタイミングを互いに探っているのかもしれない。

 サゴシを箸でつまむ男の横顔を、私はチラチラ見る。


 正面から見た時のアーモンド型の目。

 以前より二重瞼が重くなった感じはあるけど、目元から鼻筋の形は変わらない。

 横から見える鼻と口の形。あの頃と同じ。

 顎とか頬の感じは変わっちゃったけど。


 そして他人が見ても気付く位に、かすみに似てる。

 食べる時に口を動かす様は、本当にそっくり。

 一緒に暮らしたことなんかないのに。


■■■■■


 短大卒業後、私は大手日系企業の受付係に就職した。

 ゼミの先生に気に入られて、ほとんどコネ・カオ採用だ。

 同期の子達からは冷やかな目で見られた。


 気に入られると得な人に可愛がってもらえがちな、見た目や態度や振る舞い。

 私の持って生まれた、かつ磨いてきた武器である。

 そんな努力もしない人達に悪く言われる筋合いはないわ。

 垢抜けた先輩を見倣って、少ない初任給で、メイク道具を買い替えて、美容室にも行き直したのよ。


 沢口拓己は、同じ会社の新卒2年目。

 入社歴は私と1年違いだけど、拓己は4大卒なので年齢は2つ違う。


 出会いは入社早々、先輩に誘われた社内コンパ。

 受付係に配属された女子社員のほとんどが、ここで寿退社用にお相手を見繕うのだ。


 あの時の空気は何ていうか気持ち悪かった。


 昔、父親が食材仕入れで市場に行く時に、私も何度かついて行ったことがある。

 父親含め買い手側の真剣な品定め。卸側との交渉。

 良い品を適正価格で買うために尽力してた。


 中には、安く買い叩く為にあれこれ言う人もいた。

 父親はそういう買い手を好ましく思ってなくて、間に入って制止したこともあった。


 話を戻すと、合コンに参加した男子社員の顔が、まさに買い叩こうと企む買い手と同じだったのだ。


 私達は肉でも野菜でも魚でもないのに。

 あいつらに品定めされることが不満だった。


 でも、女子側先輩の顔を見て納得した。

 女子側も同じ顔をしてた。

 堅実に買おうとしている分だけ、まだマシだけど。


 だから私も考えを改めた。

 私も買い叩いてやろう。私の目は厳しいわよ。ってね。


 その時狙いを定めた男が、沢口拓己(さわぐちたくみ)

 まだ2年目の彼に、他の女子社員は目を向けてなかった。

 同席していた3年目の国際企画部の人の方が、出世期待と言われていたしね。


 だから釣り上げるのは簡単だった。

 合コンがお開きになって、何組かが夜の街に消えていく中、私もしっかり拓己を連れて歩いていた。


「この後、どうする?」

 私はさり気なくホテルに向かって進む。

 彼の腕に絡みつき、ふらつくフリして身体を寄せる。


「家に帰るよ」拓己は冷言った。


「ここから近いの?」私は尋ねる。


「いいや。タクシーを呼ぶよ」

 拓己は携帯電話を取り出す。

「君の分も呼ぼうか? お金は持ってる?」


「は?」


 私の反応を見た拓己の顔は冷たかった。


「俺はコンビニのスイーツじゃねぇからな。

 君と寝る気は、一切ない」


 見透かされていたことを、私はひどく恥じた。


「そんなの、お互い様でしょ?!

 あんた達だって、マグロ競りの気分で来たんじゃないの?!」


「俺は先輩に誘われて仕方なく、だ。

 嫌な場だった。

 どいつもこいつも値踏みばっかしやがって」


 私は拓己への興味が湧いた。

 あの場を、私と同じ視線で見てたのか。


「じゃあ私も自分の家に帰る。ここから歩いて帰れるし」


 私はスタスタと数メートル歩いて立ち止まって言った。

「今度は明るい時間に会おうね」


■■■■■


 トントンと私達は恋人の関係になった。


 都会で裕福に育った彼の、穏やかな空気が好きだった。

 マイナスってものを経験したことがないんだろうなと、会話の端々から感じていた。

 自分と全く違う人生を生きている彼が、新鮮だった。


 それは拓己も同じだったらしい。

 お互いの経歴を気兼ねなく話すことが出来た。

 私達は割と上手くいっていた。


 転機は私が妊娠したことだった。

 拓己の絶句した表情が忘れられない。

 彼は付き合う時点で「結婚も子どもも望んでいない」と言っていた。

 私も了承していた。


「認知はする。養育費も払う。でも、結婚はしない」


 理由は、彼の両親や親族にあった。

 古き良き家父長制を大事にする裕福な家庭。

 末っ子長男の拓己は、一見幸せそうに見える専業主婦の母親の表と裏、両方の姿を知っていた。


「俺の家は本家なんだけど。

 家事育児介護看護、全部母親の仕事だった。

 でも、母親を褒めたり、労ったりする家族はいなかった。


 正月、俺の父と祖父母が『出来の悪い嫁でお恥ずかしい限りです』って、親戚の前で笑いながら言った。

 隣りにいた母親はニコニコと微笑んでいた。


 その日の深夜、俺はトイレに行きたくて1階へ降りたら、台所に母親がいた。

 明かりを最小限にして、翌朝の親族10名以上の食事の準備の為、彼女は寝る間も惜しんで働いていた。

 でも翌朝祖母の一言は『具の切り方が不揃いでみっともない』だった。


 就職が決まった時、両親は俺に『良いお嫁さんをもらってこい』と言ってきた。

 特に母親の目が凄かった。

 嫁が来れば、自分はようやく命令する側になれるからだ。

 そのは母親の顔を見た瞬間、俺は結婚しないと誓った」


 付き合い始めの頃に聞き、私もこの男とは期間限定にしておこうと心に決めていた。

 だけど、うっかり授かってしまった。


 私は仕事を辞めて実家に帰った。

 地元の産婦人科病院で出産し、父母や姉達と育てた。

 元々我が家は、女家族が妊娠して戻ってくることはしょっちゅうだった。

 なので「お前もか、あゆみ」といじられながらも、非常に楽しく過ごすことが出来た。


 拓己にかすみが生まれた報告をすると「写真はいらない」と彼は言った。

 指定された住所に年に1回、養育費受取済とかすみの進学の報告の手紙を父の名義で送り続けた。

 父名義なのは、差出人が女の手紙だと勝手に拓己の親が開封するかもしれないからだ。ヤバイよね。


 18歳になった3月に養育費支払いは終わったのだが、その振込額はいつもより多かった。

 彼なりのお祝いなのだろうと思ったのだった。

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