ときめきは後回し 12、後回しにしてたもの
最終回です。
拓己はサッとハンカチを渡してくれた。
本当に隙がない男。
「良い話が出来たみたいだな」
拓己は笑いながら言った。
「全然良くないわよ。不動産トラブルよ」
私はメイクがつかないように、ハンカチは使ったフリしてあとは紙ナフキンで涙を拭いた。
パスタの後のデザートを食べながら、私は拓己を見る。
「かすみに、会わなくて良いの? この先も?」
私の問いに、拓己は顔を上げた。
「自分からは控えるよ。
でもかすみが会いたいって言うなら考える」
「ズルい言い方。
でも残念ながら、かすみは少なくとも家族にはそんなこと言ったことありません。
そしてかすみは、家族にそうそう隠し事するような子ではないです」
私はピシッと背筋を伸ばして言った。
拓己は苦笑いした。
「そりゃあそうだ。
俺の身勝手で、父親と暮らせない子にしたんだからな……」
拓己はフッと遠くを見る。
憂いを帯びた眼差しだ。
ちょっとムカついたので私は身を乗り出した。
「あのさ、拓己は勘違いしてない?
私とかすみは、あなたのせいで不幸になってるとでも?
よく見てよ、私を。可哀想に見える?」
拓己は少し困惑してるようだ。
「私はね、かすみと出会えて最高に幸せなのよ。
だから、かすみに会わせてくれた拓己のことも感謝してるのよ。
一緒に暮らしたいとか結婚したいって思わなかったのは、私とかすみには、ちゃんと家族がいたから」
私は胸を反らして座り直す。
「あなたが思う家族の形じゃないかもしれないけど。
私達はとても素敵な家族なのよ。
あなたなんかお呼びじゃないなかったの」
私がフンッと鼻を鳴らすと、拓己はフフッと微笑んだ。
「そうだね。
俺の方が認識を歪めていたのかもな。ごめん」
拓己は残りのコーヒーを飲み干した。
「ありがとう……。
いつか、かすみが嫌じゃなければ会いたいな……」
彼の頬は赤らみ、さり気なく鼻をすすった。
「あの子のことだから、突然会いに来るかもよ」
私はちょっとからかうように言った。
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カフェを出て、私達は並んで歩く。
大きな駅にくっついているショッピングセンターの中は、明るくて賑やかだ。
平日なのであまり混雑していない。
人が行き交う様子を見やすくて楽しい。
今ここにいる人の大半は、ちょっとした気分転換や楽しい気持ちでいるのだろう。
「今日、休み取ってくれてありがとう」
「うん、先月忙しかった時の代休が取れて良かったよ。
この後もう少し時間あるなら、インテリアショップに付き合ってくれないかな?
俺一人で選ぶと、地味なやつばっかになりそうで」
「良いけど。女の意見なんて取り入れてどうするの?
誰かを新幹線に乗せてお呼び出しするつもり?」
「新幹線じゃなくて、エレベーター1本かもしれないな」
「え?」
私は拓己の方に視線を向けた。
目を逸らした為に、すれ違う人とぶつかり、彼にもたれかかってしまった。
「あ、ごめん」
「手、繋ぐ?」
拓己はにこやかに手を私に差し出した。
私も黙って手を伸ばす。
身体のあちこちが不思議な熱さに包まれる。
とても久しぶりな感じ。
「クッションとか、気に入ったものを選んでね」
拓己の耳も赤くなってる。
妊娠が判明して、大慌てで後回しにしたもの。
彼と再会したけど、アパート契約トラブルのせいで後回しにしたもの。
今私達は、ようやくそれに向き合っているような気がした。