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ときめきは後回し 11、大丈夫

 静かで小さな飲食店内。

 普段より抑えた照明の下で、私達ははぁーと息を吐いた。

 あまりにも同時だったので、その後すぐに私は吹き出してしまった。


「ごめん。何か飲む? 私の奢り」


「じゃあ麦焼酎水割り。

 前出してくれたチョコレート、ご馳走するよ」

 拓己はニヤッと笑う。


 拓己のノートパソコンを端に避け、私達はテーブルに向かい合って座る。


「かすみにメッセージ送るわね。

 契約書はファイブ不動産から送られるって」


「よろしく。

 詳しく聞いても答えないでね。特に俺のことは」


「分かってるわよ」


 私は手短に、かすみへメッセージを送る。

 チャット画面は既読にならなかった。

 バイト中なのかもしれない。


「どうして急に態度を変えたのかしら?

 あと、かすみにはどんな連絡したのかしらね?」


「かすみに連絡した件は嘘の可能性高いね。

 着信履歴を残してるかもしれないけど」


 私はフッと浮かんだことがあり、ちょっと肩に力が入ってしまった。

「ねぇ、ファイブ不動産がかすみに父親の存在を確認したって可能性あるんじゃないの?」


 拓己は包み紙を触る指を止めた。


「まぁ、その時はその時だ。

 かすみは、父親が生きていることくらい知ってるだろ?

 それに俺は君とかすみに迷惑をかけたが、出来ることはやってる。

 万一、父親として顔を見せることになっても恥ずかしくないつもりだよ」


 拓己の言葉は、自分に言い聞かせているようだった。


「そうね。あなたの言う通りだわ」私は微笑んだ。


■■■■■


 拓己は麦焼酎を一口飲み、ポツポツ話し始めた。


「かなり運が良かった結果なんだけど。

 貸主を特定して連絡取れるところまで持っていけたのが勝因だな。

 島田は貸主と接点を持たれると迷惑という反応を示した。

 かすみの契約は、貸主とファイブ不動産がグルになってやってることじゃないのかもしれない」


「どうして貸主が誰か分かったの?」


 私が問うと、彼はノートパソコンは触り、画面をこちらに向けた。

 メゾン・ラビットの間取りや写真が載っている。


「昨日、メゾン・ラビットについて調べたんだ。

 メゾン・ラビットは学生限定じゃなかった。

 学生以外も借りられるんだ。

 その代わり、家賃は全然違う」


 私は拓己の指差すところを見る。

 5万円も差があった。


「知り合いにこの近くを担当してる不動産屋がいるから聞いてみたんだ。

 そうしたら過去にメゾン・ラビットを会社員に紹介したことがあったらしくて、貸主の情報が分かったんだ。

 貸主の楯山という人物は、かすみが通う大学出身者でライオンファミリーOB。

 あの辺じゃ、ちょっとした不動産王だ。

 その知り合いも何度か接待とかで交流があるらしい」


「ライオンファミリーなら、お願いしたところで契約書を貰えないんじゃないの?」


「というより、トラブルを持ち込んだら怒られるって、ファイブ不動産の判断じゃないかな?

 『上手くやれよ。分かってるよな?』てやつ」


 私は呆れた気持ちになった。

 強いものに尻尾を振り、弱そうな相手はとことん舐めてかかる。

 本当に最低の連中だなぁ。


「かすみには届いたらすぐ連絡と、あと届いた書類全部のコピーをお前のところに送るように伝えておいてくれ」


「分かったわ。拓己、本当にありがとう」


「問題はこれからだよ。

 契約書にどんなことが書かれているのか。

 それを知らないとどうしようもないからね」


 拓己は水割りをググっと飲んだ。


■■■■■


 かすみから契約書が届いた連絡が来たのは火曜日午前中だった。

 開封は担当弁護士にお願いするから、コピーを送るのは少し待って、とメッセージが来た。


 今日私は休みなので、拓己とカフェで合流した。


 飲み物を注文した後、彼は言った。

「礼儀を通すところを見せようぜ」


 私はファイブ不動産に連絡した。

 今回はスピーカーオフのままだ。


『はい、ファイブ不動産です』

 初めて聞く、若い男性の声だった。


「あ、あの木村さんいらっしゃいますか?」


『木村ですか? 木村は退職いたしました。

 ご要件は代わりに承りますが』


「え?!」私は反射的に拓己を見る。

 拓己は首を傾げる。


「木村さん、退職されたんですか。

 いえ、あの契約書が無事に届いたのでそのお知らせです。

 木下と申します。よろしくお願いいたします」


『分かりましたー。担当者に言っておきます』


 通話を終えた後、私達はしばらく黙ったままだった。


 注文した飲み物がテーブルに置かれて、ようやく拓己が話し始めた。


「尻尾切り。

 事務の木村という人は、もしかしたら始めから使い捨て要員だったのかもな」


 私もカプチーノを注ぐ。

 同じことを頭に浮かべていたので、苦しくなる。


「妙だと思ったんだ。

 いきなり自分のミスですって言い出して、名も名乗って。

 もしかしたらトラブルの原因を全て彼女に押し付けられたのかもしれないな」


「何て酷いことを……」


「俺の知り合いの不動産屋は、噂大好き人間でさ。

 ちょっと面倒臭いけど、色々教えてくれたよ。


 ファイブ不動産社員の大半は、ライオンファミリー下位層らしい」


「下位層?」


「ライオンファミリー内部には独自の階級がある。

 上下関係もとても厳しいんだ。

 その代わり、上位から美味しいオコボレを、大学卒業後も貰いやすくなる」


「何それ……」頭の中が再びクラクラする。

 砂糖を入れたはずなのに、カプチーノに甘さを感じない。


「そして君達に部屋を紹介した岡村という女性社員。

 彼女は元ラビットだ。

 オコボレを頂く見返りに、何も知らない女子学生をライオンに捧げるんだ」


 私は笑顔の彼女を思い出す。

 明るくて、お顔立ちやスタイルもキレイだった。

 そういうこと、だったの……。


「かすみ達の起訴、上手くいくと良いな。

 とことんやってほしい」


 拓己の口調はとても鋭かった。


■■■■■


 私達は続けてランチを注文した。

 そこで拓己がスマホ画面を私に見せる。


「そうそう、大迫弁護士について調べたよ。

 結論から言うと、信頼出来るんじゃないかな。


 学生時代からの友達に弁護士がいるから、大迫真弥弁護士について聞いたんだ。


『表向きは不倫慰謝料とかをメインにしてるけど、実は消費者トラブル系が得意。何度か客を振ったこともある』てさ」


「そう、なんだ……」


 拓己が見せたのは、大迫弁護士事務所のホームページだ。

 男装の麗人のような、迫力ある美女が載っている。


「一応挨拶しといたら良いんじゃないかな?

 親として」


「そうね」

 私は大迫弁護士事務所に電話をかけてみる。


『はい、大迫弁護士事務所です』


「あ、あの私、木下かすみの母親の木下あゆみと申します。

 娘が大迫弁護士にお世話になっていると聞きましたのでお電話しました。

 大迫弁護士は今いらっしゃいますか?」


『少々お待ち下さい』


 保留音は短く、すぐに出てくれた。


『お電話替わりました。

 大迫です。木下かすみさんのお母様ですね。

 かすみさんには、いつも息子がお世話になっております』


 心地よい低めの声。

 アメリカ映画の女優さんのスピーチのようだ。

 てか、かすみの友達って、男の子だったの?!


「あの、この度、アパートの契約のことで色々やってくださっていると聞きまして。

 本当に申し訳ございません。

 ようやく契約書が娘の元に届きましたので、見ていただければと思います」


『分かりました。ありがとうございます』


「本当にすみません。

 母親の私がしっかりしてなくて、娘に変な契約をさせてしまって。

 私なんか頼りなくて駄目かもしれませんが、何かあればお手伝いしますし、この番号お伝えしますので、いつでも連絡ください。

 お金の方も何とかしますので!」


 自分でも必死になってる感じがして恥ずかしかった。

 けれど、口が止まらない。


『あゆみさん……』


 私はギュッと身構えた。

 相手も母親であり、しかもカッコいい弁護士だ。

 だらしない私は一言言われても仕方ないだろう。


『あなたは、頼りなくなんかありません。

 良いですか?

 この起訴は集団で行う予定です。

 でも、依頼者の家族から私に連絡をしたのは、今のところあなたが初めてです。

 どうしてか、分かりますか?』


 私は思わぬ返しに、少し戸惑う。


『ライオンへの貢ぎ物として、娘に秘密を隠して入居させている親もいるのです。

 それを知った子は大変ショックを受けています。


 また、親も知らなかった場合でも、女の子は高額の違約金がかかる為に、話すことを躊躇っています。

 親に申し訳ない、退学を迫られるかも、と。


 訴訟について、まだ親に話せない子が沢山いるのです。

 その中には、無断で鍵を開けられて、部屋に入られた経験をした子もいます』


 背筋が凍る心地がした。なんて、最悪なの……。


『でも、かすみさんは違った。

 あなたに相談出来た。

 それは、あなたにこの契約のことを知られても大丈夫、いや問題になるとは思っていないからです。

 かすみさんは起訴の為にとても頑張ってくれています。

 それが出来るのは、あゆみさん。

 あなたが親として彼女の背中を支えているからですよ』


 私の目に涙が溢れてくる。


『かすみさんから聞いた話が事実なら。

 この契約は手続きの時点で問題があります。

 あなたの不備を問うものではないと思います。


 大丈夫、任せてください。

 心配なことがあればいつで連絡くださいね』


「あ、ありがとうございます。

 よろしくお願いいたします……」


 私は鼻を啜りながら、通話を終えた。

 拓己が穏やかな表情で見守ってくれていた。

次回最終話です。

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