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ときめきは後回し 10、電話③

「ありがとう、拓己」


「これで連絡が来ない場合、向こうの非になるようにした。

 ただ、問題がある。

 17時までに連絡をしろ、とこちらが伝えた以上、電話がかかってきたら必ず取らないと。

 連中のことだ。

 指示通りに連絡したけど出ませんでした、でこちらが悪いように振る舞ってくるはずだ」


「じゃあスマホから目が離せないわね」

 私は拓己からスマホを受け取り言った。


「ごめん。君はこれから仕事なのに」

 拓己は頭を掻きながら言った。


「良いわ。今日はお店休みにする。

 元々おぐさんが休みだし。

 バイトの桃ちゃんに連絡して、SNSでお知らせすれば大丈夫よ」


 私はパタパタとスマホ画面を叩く。


「いいのか? 急に店を閉めちゃって……」


「この件が片付かないと落ち着かないし。

 今の気持ちのまま仕事するのもしんどいわ。

 そりゃあ、小さい飲食店だから営業日減るのは楽なことじゃないけど」


 私は連絡関係を済ませ、スマホをカウンターに置いた。


「はぁー。疲れた。

 もうすぐお昼だし、何か食べに行く?」


「ここで頂くよ」拓己が言った。


「え? ウチはランチしてないわよ」


「今日中に捌きたい作り置きとかあったんじゃないか?

 それらを今頂いて、代金も通常通り払うよ」


「え、そんな良いわよ。気を遣わなくても……」


「ここで待機した方が良いし。

 それに、俺はここのご飯好きなんだ。

 だからリクエスト。」


 拓己は肘をついて微笑む。

 その眼差しが照れくさくて、私は正面を向く。


「じゃあ私も食べるから、割り勘にしましょう。

 今日は臨時休業じゃなくて、臨時貸し切りね!」


 私はいつもより大きめの声で言った。


■■■■■


 土曜日はおぐさんが休みである。

 なのでおぐさんが作り置きしたおかずを中心に、私が盛り付けて出すスタイルであった。

 土曜日は客も少ないので閉店時間もいつもより早くして、私とアルバイトの二人で営業しているのだ。


 私はジャケットを脱いで割烹着を着る。

 髪を束ねて手を洗い、厨房の冷蔵庫からタッパーを幾つか取り出す。


 10分程して、私はお盆で料理を運ぶ。


 ポテトサラダ

 ほうれん草と揚げの煮浸し

 サゴシの南蛮漬け

 賄い用の白ごはん2つ

 取皿と箸を2セット


「飲み物はどうする?」

「ジンジャーエール」


 私はジンジャーエールの小瓶を2本とグラス2つを追加で運んだ。


「ありがとう。頂きます」

 拓己は手を合わせてから、箸を持った。


「ごめんね。ご飯は炊いていないから、昨日の残りなの」


「全然構わないよ」


 私達はカウンター席に並んで座り、黙々とご飯を食べた。

 二人の真ん中に立てかけたスマホは、また着信を知らせてこない。


 食事を済ませた拓己が「お会計」と言った。


 適当な金額を言おうとしたが踏み止まる。

 多分彼はちゃんと支払いたいのだ。


「一人、1,430円です」


 私が自分の財布から現金を取り出していると、拓己もサッと千円札2枚を出した。


 レジを動かし、お釣りを渡すと彼は「ちょっと部屋に戻る」と言って、裏口から出ていった。


 厨房で片付けを終えた頃に彼は戻ってきた。

 片手にノートパソコンを抱えている。


 ファイブ不動産から連絡はまだ来なかった。


■■■■■


 午後。

 私はカウンターで事務処理をする。

 客が来ないから、心置き無く作業出来る。


 拓己はテーブル席にノートパソコンを置き、作業している。


「カフェでやろうと思ってたけど、こっちの方が周囲を気にせず済むから良いね」

 と、コンビニで買ってきたコーヒーを飲みながら言っていた。


 気付けば16時である。

 着信履歴、メール等確認したが、午前以降、ファイブ不動産からの連絡は無い。


「どうする? こちらからかけてみる?」


「17時5分まで待ってかけてみよう。

 今かけても『まだ確認中』と返されるだろう」


 時間を無駄に浪費させられている気がしてならない。

 時々私達は店を出るなどして気分転換をしつつ時間が経つのを待った。


 結局、17時5分になった。

 私は電話するのが嫌になってきた。


「何でかけてこないのかしら?」


「向こうの言い分を推測するなら『無関係の人物だったから連絡しなかった』かな」


「何よ、それ……」私はイライラしてきた。

 どこまで人を馬鹿にすれば気が済むの?

 かすみもこんな扱いされたのかと思うと余計に腹が立ってくる。


「切り出し方はこうだ。

 『島田さんか岡村さんいらっしゃいますか?

 17時までにお電話もらえる約束でしたが……』

 焦りや苛立ちを見せたら、向こうは更に強気で来るぞ。

 落ち着いて話すんだ」


 拓己の指示は納得いかないが、仕方なくファイブ不動産に電話してみる。


『はい、ファイブ不動産です』

 午前に出た女性と同じだと声で分かった。


「あの、島田さんか岡村さんをお願いします」


『どちらさまでいらっしゃいますか?』


「木下と申します。

 本日17時までにお電話頂けるお約束でしたが……」


『少々お待ち下さい』


 保留音

 優しい音調が、ここまでイライラを増幅させてくれるとは。


『既に契約者へ連絡済だそうです。

 すみませんが、そちらへご確認ください』


 頭をスコーンと叩かれたようだ。

 脳内がグワングワンする。


「え、契約者……? かすみに?!」


 次の言葉が浮かばない。

 私は拓己の方を見ようとする。


 が、その前に拓己が私のスマホを奪う。


「どうしてですか?

 我々は契約者ではなく、契約者の親の方に連絡するようお伝えしていますが」


『左様でございましたか。

 担当者が契約者に連絡したと申しておりましたので』


「その担当者に変わってください。

 島田さん、岡村さん、どちらですか?」


『確認いたします』


 保留音の間に、拓己が大きく深呼吸をする。

 彼は必死で苛立ちを押えているのだ。


『申し訳ございません。

 二人共外出中で分かりかねます』


 あーもう! 今すぐ店に怒鳴り込みに行きたい!

 電話の声は一切の申し訳なさも感じられないのよ!


「待ってください。

 先程あなたは『契約者に連絡したと担当者が言った』と仰りましたよね?

 なのに、どうしてその担当者が誰か分からないんですか?」


『私は事務なので詳細は分かりかねます』


「では、先程あなたに『契約者に担当者が連絡した』と教えてくれた人に電話を代わってください。

 保留音にしてるということは、お店にいる他の人に聞いているということですよね?」


 拓己は冷静に話していた。

 その語尾は微かに怒りが含んでいるように感じた。


『少々お待ち下さい』


 保留音。


「別の人が出てくるかしら?」

「さぁね……。もしかしたら……」


 ツーツーツー


「え?!」

 私は思わず声を上げた。


「これも予想してたけど。まさか本当にやるとはな。

 どこまでエグい会社なんだ……」


 拓己は素早く掛け直した。

 しかしコールを続けても先方は出なかった。

 再び掛け直すとアナウンスが流れた。


『只今、全員外出中しています。

 恐れ入りますが、ピーっと鳴りましたら、お名前ご要件をお願いいたします』


「はぁっ?! 事務の人まで出掛けた訳?!」


「シッ」拓己が私に静かにするように言った。


 ピーッと音が鳴る。


「先程お電話していた木下です。

 メゾン・ラビットの契約書が無いことが分かりましたので、こちらから貸主の楯山さんへコピーを頂戴するようにします。

 楯山さんと共通の知人がいますので、本日中に連絡を取り、明日にでも伺います。

 ファイブ不動産様にはお手数おかけして申し訳ございませんでした。

 失礼いたします」


 拓己はスマホの通話を終了する。

 私に返してくれた時の手はとても熱かった。


「少し、待とう。トイレ借りるね」


■■■■■


 拓己がトイレから戻り、テーブル席のノートパソコンを触り始めた頃に、ファイブ不動産から連絡が入った。


 私はスピーカーオンにしてから出る。


「はい?」


『あ、すみません! ファイブ不動産の木村と申します!

 木下かすみ様の親御様のご携帯でお間違いないでしょうか?!』


 この声、さっき電話してた事務の女性と同じ……。


『申し訳ごさいませんでした!

 確認したところ、事務の私木村のミスで、木下様宛てに送る予定の契約書お控えの発送が漏れておりました!

 至急お送りいたします!』


 拓己が私の隣に来た。


「では契約者木下かすみ宛てに、メゾン・ラビットの住所に送ってください。

 追跡出来る形で郵送してくださいね」


『はい! かしこまりました!

 ですので、オーナー様へご連絡していただく必要ございませんので、何卒よろしくお願い申し上げます!』


「分かりました。よろしくお願いいたします」


『はい! 失礼いたします!

 この度は私事務の木村のミスでご迷惑おかけして申し訳ございませんでした!』


「はい、失礼します」拓己は電話を切った。

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