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厳しい職場

「ドイ!早くしろ!いつまでこの私を待たせればよいのだ!」


「はい!ただ今!」


屋敷中にあの方の怒声が響き渡る。書類を持って急足で倉庫に向かっている自分に呼び出しがかかることは日常茶飯事。

例えそれが自分が食事中であろうと入浴中であろうが、呼び出しがかかれば側に

駆けつけなければならない。


赤い上等なカーペットの敷かれた廊下を自分、『ドイ』は駆けて呼び出された

方向、自分の主人『ミート・アウグナ』がいる執務室に向かう。


息を切らしながら窓の外から差し込む太陽の光を反射するドアノブを回す。


「まったく...相変わらず行動一つひとつが遅いな、お前は。いつになったら私を待たせずに済むのだ」


「申し訳ありません、私には腕が二本しかありませんので、どうしても時間が必要なもので…」


肘をつきながらこれ以上なく不機嫌そうな顔で机を指で叩きながら、溜め息を吐く主人。

呼吸一つ一つがつぶれてるようで、とても苦しそうだ。 勿論空気が、な。

腕が二本しか無いというのも嫌味で言ったのだが、それにこの人は気が付いていない。


自分を呼び出して、毎回愚痴と共に用件を話す自分の主人。その貴族名が

『ミート・アウグナ』

見た目は豚、そう、豚。

食べたものがそのまま脂肪に変わったのか?と疑ってしまうほどの、見事な脂肪分の塊。

階級は侯爵。上から王族を含め

王族、大公、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵という、貴族の中でも上位に位置するこの家系。


先代までは貴族としての貫禄がこれでもかと言わんばかりに詰まった貴族としての貪欲さと、人の上に立つ者としての謙虚さ、そして威厳。これらを兼ね備えた名将を数多く輩出してきたこの『アウグナ家』だが、

どこをどう間違えたのか、今代はどの分野においても使えないと有名だ。

そして七徳なんぞ知ったことか、と言わんばかりに、酒、食、女に溺れ、今ではもう取り返しのつかない本当の豚として卑下されている。

それを貴族の裏社会では名前を(もじ)ってこう称されていた。


『ミート・アエグナ』


しかし、非人間という言葉を体現したかのようなこの男でも、出生は

『アウグナ家』

どんな非行を積み重ねようとも一応上位貴族なので、

他の家の方々も幾ら蔑んでいようが、無下には出来ない。

だからこそ、雇われている側の立場の一般人が、

こんなことを考えているという事がもし伝わる事があれば、解雇どころでは済まないだろう。

最低でも、不敬罪で奴隷に落とされ、奴隷の刑罰の中で一番過酷と言われる

重労働、劣悪な環境、人間以下の扱いと、三拍子が揃った奴隷鉱山に送り飛ばされるか、そのまま打ち首等の、死刑決行は免れない。


「ふん、お前の言い訳なんぞ聞く価値もないわ。そんなに手が足りないのであれば生やせば良かろう」


「申し訳ありません…」


「クズみたいなお前でも、懐の深いこの私がわざわざ側に置いてやっているのだから、その優しさにせいぜい感謝することだな。

それで、この前言ったレイビス公爵殿がお見えになる件はどのようになっている」


「はい、ありがとうございます...本日は午前中に御主人さまのご存知の通り、

レイビス公爵様がこの御屋敷にお見えになり、

南部の漁船貿易の段取りを決めることになっております。

根回しは私どもが済ましておりますので、御主人様はそれに了承してくださるだけで結構です」


レイビス公爵家。自分たちが住んでいる『リード王国』の住民であれば知らない人はいないだろう。

王都創立時から王族の側近として活躍する、政治の中心基幹を担う謂わば、国の英才中の英才達が生まれる名家である。


家の立場からすれば、大公よりも位は下なのだが、

有名な噂として、『レイビス家が堕ちる時は、国が堕ちる時』という言葉があるように、国の大事な機関の大半を王、直々に任されており、国から特別に家が没落しても形だけでも残るよう、特別な法律が創設されたほどだ。

今代も優れた技量を持ち、長年国民が苦しめられてきた、飢饉と魔物に対する特攻の魔法具に挿入する魔法陣を発明した。相変わらずの天才である。


「では、午後の予定は空いておりますが、どうなさいますか?」


「ふむ......ではいつもの人と場所を用意しておけ」


「...はい、すぐに手配します」


そう言った後、その豚はそれから行うことに口を綻ばせて、ニヒニヒしながら汗を流しにバスルームへ向かった。



「ふぅ...」


夕方の時刻を知らせる鐘が遠くで鳴り響き、季節の変わり目だからか、生ぬるいジトッとした風が肌をなでる。

今日の業務が終わり、疲れが身体中に残ったまま、主人の家がある丘から坂を降り帰路につく。


「全くなんなんだ、かの公爵様に対してのあの態度は...折角の自分達の根回しが台無しになったらどうしてくれるんだよ...」


使い倒した頭で考えるのは、会談の時の豚の対応である。

自分は公爵様の言葉に首肯するだけでいいと言ったのに、あの野郎と言ったら、余計なことを言ってレイビス様の機嫌を損ね、一瞬苛立ちで眉を顰めたことに気がついていなかった。

すぐさま執事のグラシャ様が仲介に入ったことで機嫌は損なわなかったが、交易自体が消えるところだったことに、あいつはまるで気がついていない。


そのことを思い出し、心労にため息をつく。


「あーー、今日は早く寝たいなぁ」


連日の寝不足と今日の出来事で、もう他のことをする気力は残っていない。


「はぁ」


「息を吐き出すと、幸福が出ていく」と近所の惣菜を売っているおばさんが言っていたが、一時的に心が楽になったようで、もう一度息を吐き出した。


日が沈み、街灯が橙色に照らしはじめた大通りを歩き、どんどんと狭い道へと曲がっていけば、自分の家が建っている貧民街の小路に入っていき区画整備もままならない小さな一軒家へたどり着く。


ポケットから無くしたとしても気付かないほどの小さなカギを取り出し、自宅の鍵を開錠する。


そのままベッドに倒れこむと、精神的、肉体的な疲れがどっと彼の体に襲い掛かり、気を失ったかのように眠りについた。

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