第八話、デートより逢引きって言う方がハードルが高く感じるのは何故だろうか?
この手の経験がないので書きづらいという悲しみ。
透き通った雲の合間から綺麗な満月が顔を出す。月明りがぼんやりと雲に纏わる。誰に聞いても深夜と答えるであろう時間た―――あ……世の中には深夜2時をお昼の14時と表現する人間がいたな。訂正、訂正。ほとんどの者に聞けば深夜と答えるであろう時間帯、私は街に繰り出していた。と言っても非行とかそういうあれではない。吸血鬼は夜行性ゆえこの時間こそが普通の時間帯なのだ。
今日の目的はショッピング。前から注文していた品が完成したという連絡を受けたので街へ繰り出したのだ。……実を言うと家に届けましょうかとも聞かれたんだが、家で何か買い物をしているのが見られると色々うるさかったりめんどくさかったり(主にお母様だが)するので断ったのである。あとこれを口実にショッピングしたかったというのもある。
私は買い物が好きだ。特に懐に余裕があったり人の財布でする時の買い物なんて最高だ。そして知っての通り私はこの間お父様から慰謝料をもらっている。ふふっ、これが盛り上がらないはずがないのである。それになんと今回は―――
「それでイオカルさんが注文してたものってどういったものなのですか?」
―――ルーニャちゃんがいるのである。
もう一度言おう、水色髪の巨乳美少女ルーニャちゃんがいるのである。そして他に同行者はなし。二人きりでのショッピングである。人が進歩する生き物なのか、それとも同じところを永遠と回り続ける不毛で不出来な生き物なのか、という議論は諸説あるだろう。だがこと私に関して言えば確実に進歩していると言えよう。何故って?決まっているだろう、巨乳美少女と二人きりでショッピングだぞ?これができるようになった、これを進歩と言わずなんだと言うのだろうか?
まあデートかと言われるとどうだろうかという話だがな。同性であるし、私も彼女も別に恋愛感情があるわけではないしな。ん?ルーニャちゃんに恋愛感情がないのかって?……その通りだ。無論可愛いし、とてもいいモノを持っているから目の保養にはなる。好き嫌いで言えば好きでもあるだろう。だが経験がないままに過ごし続けてしまったからなのだろうか?劣情ならともかく恋愛感情はあまり浮かび上がってこないのである。
とはいえこの状況が嬉しくないわけではない。むしろウキウキしているほどだ。というか巨乳美少女とのデートもどきとか嬉しいに決まっているだろう。咄嗟にこちらから取りに行くと決めた過去の私を褒めたいぐらいである。ナイス、過去の私。そんなわけで小躍りしそうになりながら傍らを歩くルーニャちゃんへと返答をする。
「そんな大したものではないよ。ただのバッグさ。」
「おやそうなんですか……あ、でもオーダーメイドって言ってましたよね?もしかして旅行にお出かけになるとか?」
「いやそういうのではないさ。ただちょっと遊び心を思いついてな。それで実現するために注文したんだよ。」
「バッグに遊び心、ですか?」
「まあエスカルゴの時とノリは一緒だな。出来そうだと思ったら試したくなるだろう?」
「出来そうだと思ったら試したくなる、ですか。」
その言葉を咀嚼するように繰り返し、ゆっくりと目を閉じるルーニャちゃん。そして目を開き、浮かび上がってくるのは満開の笑顔。
「分かります、分かります!出来そうだったら試したくなりますよね!」
「ふふっ、だろう?」
何やら踏んでいいのか悪いのか分からない何かを踏んでしまったような気がしつつも、まあルーニャちゃんが笑顔だからいいかとスルースキルを発揮して私も笑う。細かいことや都合の悪いことは棚に置くのはストレス社会を生きる上で必須のスキルだからな。たまに置きすぎた結果棚が倒れてくることもあるが。
「ああ、そうだ。先にバッグを取りに行ってもいいか?せっかくだから買った品物を入れて帰りたいんだ。」
「えぇ、大丈夫ですよ。まだ時間もたっぷりありますしね。」
快く受け入れてくれたルーニャちゃんにお礼を言いながら私はバッグの発注先へと向かう。夜風を浴びながらレンガと石で出来た街を歩く。吸血鬼としての特徴なのか、それともこの世界の空気が澄んでいるせいか、星が輝きと月の光のおかげで深夜だというのにはっきりと周囲が見えるほどに明るく感じる。
「あ、ここだな。この店。蝙蝠金具店。」
「え?ここ……なんですか?」
「なんだ意外か?」
「いやだってここ金物細工のお店ですよ?バッグ買いに来たんですよね?」
「いやいやここで合ってるよ。……すまない、バッグを注文してたイオカル・ナイトリアカードだが――」
私が金属製の、けれど重くはない扉を開き――なお種族的に吸血鬼は筋力も高いので普通に重い扉でも恐らく開いただろう。さすがハイスペック種族だ。――声を掛けると出迎えたのは黒い翼を持った小柄な男性。蝙蝠族の店員である。ん、奥にいるのは―――人間とのハーフか?蝙蝠族の特徴は小柄なのと翼だからな、正直あんまり区別付かないんだ。少し色素が薄い気がしないでもないがそういうだけかもしれないし。なんというかあれだ、東洋人に西洋人の顔による国の区別が付かないのに似ているだろうか?決して私が鈍いとかそういうわけではない。これは仕方のないことなのだ。
「それで注文した品はできているだろうか?」
「えぇ、もちろんでございます。ささっ、こちらへどうぞ。」
彼の案内に従って私とルーニャちゃんは店内の奥、個室――というかこれは来客室か?――に案内される。部屋の壁際にはおそらく私が注文したものであろうバッグらしきものに布が被っている。反対側に目を向ければ書類棚の上にゼンマイやら時計やら、おそらくここで作ったのであろう品々が置かれていた。
「こちら、ご注文のキャリーバッグでございます。」
出されたお茶に口を付けながら、店員が運んできたそれを見る。布が除けられた後に姿を現したのは前世でおなじみのキャリーバッグ……キャスター付きの大きなバッグである。ただ違いとして、車輪が少し大きくてゴツいだろうか?まあ舗装していない場所でも使えるようにと言ったのもあるのでそのせいなのだろう。
「えっ、これバッグなんですか?大きい箱みたいですけど……」
「ああ、これはね。こうやって……引いて持ち運ぶバッグなんだ。これなら荷物が多くても楽に運べるだろう?」
「おおっ、確かに両手が塞がったりせずに多くのモノを運べそうですね!」
そうやって得意げにルーニャちゃんに紹介する私。……なのだがちょっとこのバッグ重いな?いや問題なく運べるレベルの重さではあるんだが。それでも前世の感覚を知っている私からするとちょっと重めに感じる。とはいえ何もないところから無茶ぶりしたことを考えるとむしろいい出来と言えるだろう。結構急な依頼な上に期限まで付けてしまったしな。
「うむ、注文通りの品だ。実に良い出来だな。ありがとう。」
「いえいえ、とんでもございません。吸血鬼の方のご要望でしたら我ら蝙蝠族一同喜んで叶えさせていただきますとも。」
「ははっ、ありがとう。また困ったら注文させてもらうよ。」
蝙蝠族一同……ああ、ここは一種族単位の店だったのか。何というか種族の特徴によるものなのか文化的な理由によるものなのかはいまいち分かっていないのだが、一族でまとまって一つの何かをする、という種族は意外と多いようなのだ。あるいはここの街が単にそうであるだけなのかもしれないが。他の例を挙げると……鍛冶師の鉱人族や運送業の鳥人族などかな。ああ。たまに街による薬師の森人族やらもいるか。
蝙蝠族の店員の愛想笑いに見送られながら私とルーニャちゃんは店を後にする。多少話をしたもののそこまで時間は経過していないのでまだまだたっぷりと余裕はある。向かっていくのは洋服屋。この街にいくつかある中の若い女性向けの店だ。
私もルーニャちゃんも顔と身体が良い、もとい女の子だからな(まあ私に関しては微妙なラインではあるが)。やはり洋服には興味があるのである。えっ、私が興味があるのが意外?何を言う、私はゲームなどで主人公の衣服には結構こだわるタイプだぞ?それこそキャラメイクに数時間掛けたことだってあるほどだ。
「ふむ……これ……は少し厳しいか?いやしかしきつい系もそれはそれで……」
「おや、イオカルさん悩んでるんですか?」
「ああ、そうだ。とは言ってもこれは似合わないだろうがな。こういうのはルーニャちゃんみたいなタイプにこそ映える服だろう。」
私は手に取った桃色のもこもこした服を買い物籠に入れながらそんなことを言う。今世の私は金髪赤目でスラリとした美人系であり、黙っていれば美しいお姉さんという感じの容姿だ。あるいは悪のボスキャラの吸血鬼だろうか?中身が私なので喋り出すと割とメッキは剥げることも多いのだが――余談だがせめても抵抗として多少かっこよさげな口調を選んでいたりはする――衣装とか状況とかを整えればかなりいい感じなのである。
ただこの場合問題なのはそういう綺麗系のキャラは得てして可愛い系は似合わないということだ。なのでこの服はなしだな、と思ったのである。えっ、じゃあなんで買い物籠に入れたのかって?似合わない可愛い系の服を着せられて恥ずかしそうにする綺麗な女性って、こう、それはそれでそそるモノがあると思うのだ。普段使いには全く向かないだろうがたまに一人で鏡の前で着る分には結構実用性が高いんじゃないかとな。
「と言いつつお買いになるんですね?」
「まあ私には似合わないだろうがモノはいいからな。せっかくだから取っておきたい。もしかしたら誰かに渡すことになるやもしれ―――ふむ。」
そこで私は服をもう一度手に取りじっと眺める。そして次に目線をルーニャちゃんに合わせてじっと見つめる。いやそうか、そうだな。この手があったか。止める理由もないし、是非行おう。
「え、え~と……?」
「なぁ、ルーニャちゃん。これ試着してみないか?」
「えっ!?いやいやそれはイオカルさんがお買いになるんでしょう!?」
「何、二つ買えばいい。こっちの買い物に付き合ってもらった礼だ。」
「い、いやでもそれはその、かなり着こなすのにレベルが必要というか……」
「大丈夫、私ならともかく可愛い系のルーニャちゃんならきっと似合うさ。」
「う……そ、そこまで仰るのなら……。で、でも変でも笑わないでくださいよ!?」
「もちろんだ。笑ったりなんてしないとも。」
なんだろう。私は今すごくリア充になった気分である。同性ゆえの気安さを存分に利用したこの役得。なんというか自分の選んだ服を着せるという行為はゲームなどでは当然のあれだが、現実でやるとこう、なんというか征服か、げふんげふん。充実感があるなぁ。
なんて心を読まれたらジト目で見られるどころか普通に引かれそうなことを考えつつ試着室に入っているルーニャちゃんの着替えを待つ。この薄いカーテンの向こうでは彼女が……というドキドキイベントでよくあるあれである。……いや本当にそれか?どうだろう、自信がなくなってきた。
「お、お待たせしました……。」
思考が暴走しかかっていた私はけれど、ルーニャちゃんに声を掛けられたことによりそれらの思考が全て吹き飛ばされる。姿を見せたルーニャちゃんは、頬を赤く染め俯きがちにこちらをちらちらと見てくる。のみならず綺麗な髪の毛の水色と着ているもこもこの桃色がミスマッチすることなく可愛らしさを表現している。全体的に柔らかそうな服と顔は思わず抱きしめてしまいそうになるほどで、しかし抱きしめてしまったら溶けてしまうのではないかという儚さがある。この素晴らしい姿を形容するとすれば、適した言葉は―――
「え、えっと、ど、どうでしょうか……?やっぱり変、ですか?」
「―――あざとい。」
「へ?」
「いやもうこれはあざといしか言えないよ。あざとい、実にあざとい。ここに男性が居なくてよかったと心の底から思うとも。」
「な、なにを言ってるんですか!?」
いやはや何というか実に眼福である。いいモノを見た。いいねを押す場所がないのが実に残念だ。私は上機嫌になりながら店員に言って彼女に着せた可愛らしい服と自分用の衣服数点の会計を行う。後ろの方から何やら抗議の声が聞こえるような気がしないでもないがきっと気のせいだろう。これだけ素晴らしいモノなのだから。
しかし残念でならないのは我が懐具合である。予算が許すのならこのままルーニャちゃんには私の着せ替え人形になってもらいたかったのだが、ある理由により今の私はお金を貯めているのだ。それでも結構余裕はあるのだが、無尽蔵に湧き出てくるわけではない。せっかくの息抜きなのだからと散財はするが、それもラインを見ながら行わなければならないのだ。実に悲しい話である。
とはいえデートもどきをして着替えまでさせられたのだからこれ以上は贅沢な話なのかもしれない。人は足るを知ることで心穏やかになれるという。私がその境地に達することはおそらくないだろうがたまには悟った風な気分に浸ってみることもまた悪くはないのかもしれないな。
「いや、ちょっと!?なんでそんなしんみり満足げな表情してるんですか!?というかあざといってどういうことかの説明を――――」
今夜も実に月が美しいものだ。
イオカルさんは進歩したと言っていますが、正直状況に合わせてできることが変わっただけで特に内面が進歩しているわけではないです。