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虎の威を借りる吸血鬼  作者: トカウロア
故郷脱出編
7/46

第七話、人の不幸はないけど飯は美味い

セルフ飯テロを喰らいました。


 扉を開くと鳴り響くカランコロンという綺麗な音色。橙色の光を浴びた店内は柔らかく暖かな空気を持って私を出迎える。吸血鬼(ヴァンパイア)である私にとってはかなり早起きとも言える時間。日傘を指しながら店内のいつもの場所、陽の光が入っていない席へと移動する。見渡せばそこに客の姿はなし。時間帯が時間帯なので当然のことだろうと納得しながらメニューを開く。今日は何を食べようか。昨日はお母様のせいでひどい目にあったからなぁ、美味しいものをたらふく食べなければ。


 なお前世のフィクションよろしく陽の光は吸血鬼(ヴァンパイア)にとって天敵だ。前世では夏場とか徹夜明け以外はただ心地よいだけであったのに、今世では当たった場所が灰になってしまうほどの強力な攻撃と化している。とはいえそれは『再生』(リジェネ)を使用しなかった場合の話。使用すれば即死することはないし、日傘やら手袋、衣服――『再生』(リジェネ)のために血を含ませた物を除く――などでもある程度防ぐことができる。


 とはいえもちろん完全に防ぎきることもまた難しいので基本的に吸血鬼(ヴァンパイア)は夜行性であり日中は出歩かない。私も吸血鬼(ヴァンパイア)なので基本的には夜行性なのだが、実は私、今世で唯一日中に外へ出るということに関してだけはそれなりに努力を行っている。外へ出ればとても痛いのだが、一日の半分が外出不可になるのも耐えがたかったのだ。


 どうにかこうにか楽に出る手段はないか試行錯誤した結果が現状の大きな日傘を使い頭部を護りながら全身をぴちっとした衣服で覆うという手法である。これでもまだ陽の光が強くない明け方や夕暮れを選んでなお絶妙にちくちくする。正直それはかなり嫌なのだが、前世的にたまには陽の光を浴びたいとも思ってしまうのだ。


 いや元々かなりのインドア派ではあったんだが、それでも月1くらい出ていないとさすがにちょっと気持ち悪くなってくるので不思議なものである。前世の感覚をいい加減捨てきれと言われるかもしれないが、人はそう簡単に変わったりできないのだ。


 ちなみにこれ私、というか吸血鬼(ヴァンパイア)の血を含ませた『再生』(リジェネ)用の衣服では意味がない。一緒に焼かれてしまうからな。とはいえ攻撃されて『再生』(リジェネ)したら即全裸、というのはさすがに嫌なので普通の衣服の下に『再生』(リジェネ)用の衣服を着ている。結果として厚着なのでこういうある程度涼しくなった時間帯か雨やら曇りやらの日くらいしか出歩かないのだが。いやはや不便なものである。


 そんな風に世の理不尽を嘆いているところに声を掛けてきたのは一人の山羊族(ゴート)の男性。白い角と白い帽子、白い衣服に身を包んだ、この店「山の羊」の店長であるゴルドくんだ。なおくんとは言うが普通に年上である。まあ立場的には私の方が上だが。ついでに言うとすでに結婚しており奥さんは現在妊娠している。つまり我らが天敵リア充だ。


 正直に言えば妬ましいという部分はあるが、とはいえゴルドくんは悪くはないがイケメンとも言えないくらいの顔立ちだ。顔面だけならお父様の方がよっぽどかっこいい。それに料理が美味しいということもあり、私としてはゴルドくんに態々何かしようだとかは全く考えてない。むしろ素直に出産祝いでもあげようかと思っているほどだ。まあ人にそういうモノを渡した経験とかないので正直困っていたりはするんだがな。……なんて考えているとゴルドくんは私に要件を伝えてきた。ふむ、なるほど。


「―――新メニュー候補の試食?」

「えぇ、イオカル様のご意見を是非伺いたいのでございます。もちろんお代は頂きません。」

「ほほぉ?そういうことなら喜んで。」


 説明しよう、私は無料に弱いのである。あと割引セールにも弱い。ついでに期間限定とかにも弱い。いやまあこういう傾向はむしろいいお客やら鴨にしかならないというのは理解しているのだが、しかしそれでも惹かれてしまうのだ。だがこれは私だけではない。多くの者たちがそうなのである。ああ、なぜ人はお得に弱いのか。だってしょうがないだろう。お得なのだから。


 なので当然私はこのゴルドくんからの申し出を受け入れる。というか断る理由も特にないしな。ゴルドくんはエスカルゴ料理という私の無茶ぶりに見事に応えた料理人で、当然その料理は不味いわけがない。いくら試食と言えど駄目なものは出してこないだろうしな。


 それから今日特にこれが食べたい、と決まっていたわけでもない。そういう気分の時、例えば唐突にラーメンが食べたくなったりしたのなら別のもので癒すのは至難の業である――余談だが割と私は前世の食べ物のせいでそういうことがある。ハンバーガーとかアイスクリームとかカップラーメンとか。辛い。――からだ。


 しかし今回山の羊を訪れたのはお母様にボコられたせいで辛かったことに対する自分へのご褒美。高いメニューを、と考えてはいたもののそもそも普段から高いメニューは食べているし、何を食べるかはメニューを見ながら決める予定だったのだ。


 そこにこの試食の依頼である。無料で美味しいモノが食べれる、それにそれは今までこの店では見たことがないメニュー……となればもう、断る理由がないだろう。実にいい響きだ、無料。実に実に素敵である。


 私はワクワクとした高揚感とともにゴルドくんが去って行った方向、厨房の入り口を見つめている。こう言うと子供っぽいと思われるかもしれないが、しかしだからと言って問題があるわけではないだろう。いいじゃないか、子供万歳!私は老後になろうがお年玉が欲しいタイプなのだ。宿題とかはいらん。いや本当に面倒だよな、夏休みの宿題って。量も多いし、どうしてこうやる気を削いでくるのかと問い詰めたいほどだ。私は基本的にずっと誰かのを写すタイプだったが、その原因は私ではなく宿題の方にあると私は主張しよう。あんなもの誰だってやりたくないに決まっているのだから。もし例外が居たとしても私は計測しないので例外はない。


 私がどうでもいいことをつらつらと考えながら30分ほど経った頃、木の器に乗った料理、待ちに待ったそれをゴルドくん本人が持ってきた。店長とはいえ他に従業員はいるので本来ならそういうことをしなくてもいいのだが、今回は試食。私から料理の具合を聞く必要があるためにこちらへやってきたのだろう。


「お待たせいたしました。仔ワイバーンのマカロニグラタンでございます。」


 机の上に置かれたのは白い湯気をホクホクと上げるグラタン。だがこの料理は普通のグラタンと比べると明らかに異質であった。目に嫌でも飛び込むのは大口を開けたワイバーン、いや仔ワイバーンか。あいにくインドア派の私は見たことがないので仔なのかどうか分からないのだが、ゴルドくんが言うのならこれはきっと幼いワイバーンなのだろう。そのワイバーンの顔がグラタンから飛び出している。正直インパクトが凄すぎて少し放心してしまうほどだ。


 しかしよく見ると単にグラタンにワイバーンの顔面を突き刺したわけではないようだ。歯の部分はニンジンやブロッコリーなどの温野菜に置き換わっているし眼玉の部分は蒸かしたジャガイモだ。少しびっくりしたが大きな肉が乗ったグラタンと考えればよいのだろうか?そう考えるとこれはこれで美味しそうだ。


「ありがとう、頂くよ。」


 ゴルドくんに礼を述べ、私はグラタン……というかワイバーンの顔にナイフを入れる。透き通った肉汁が皮を伝い、グラタンへと流れ落ちて行く。……そういえば大切なことを聞き忘れていたな。


「あっ、ちょっといいか?」

「なんでございましょう?」

「ワイバーンの皮は食べれるのか?」

「えぇ、もちろんでございます。きちんと処理していますから。」

「そうか、それは楽しみだ。」


 鶏も魚もそうだが、皮美味いんだよなぁ。なんというかあのパリっとした感じとかな。寄生虫がいるなんて話もあるが火を通せば気にならないし、何よりあそこが一番美味しいまであるからな。私は大好きだ。そして今から食べようとしているのはワイバーン。ファンタジーでおなじみの種族だ。ドラゴンとかもいるんだが、そういうのはさすがに強くてコスパが悪いのだろう。いや詳しく知らないので適当に言っただけだが。


 一口大に切り分けた私好みのパリっとした皮とその下の肉をまとめてフォークで突き刺し、思いきり頬張る。熱っ!?あちちちち……。その熱さに少し涙目になりながらもゆっくりと咀嚼していく。香ばしい皮にジューシーなお肉。ああ、どうして肉を食べると人は幸せな気分になるんだろうなぁ。


 というかどんな味がするかとちょっと怖がっていたんだがワイバーン美味いな、これ。こってり系だから小食の人とかには辛いかもだが。とはいえこのお肉に関しては下処理やらで使ったのであろうハーブが効いていてほとんど気にならない。美味い。


 ここらでグラタンの方にも手を付けてみよう。木のスプーンを使ってマカロニの入ったグラタンを掬い、ふーふーと息で冷ましてパクリ。温かみのあるホワイトソースの優しい味が口に広がる。柔らかなれど弾力のあるマカロニが存在を主張する。美味しい。すごく美味しい。本当はもっと色々いい感じに表現をしたいのだが、食レポとか前世から全くやってこなかったので美味しいという言葉しか思い浮かばない。でもそれでいいのかもしれない、だって美味しいのだから。


 さ~て、それではいよいよ本番だ。私は料理を待つ間に注文しておいたブラッドワイン……血液で作られたワインを飲み口の中に残っている肉の油やソースを一度リセットする。何故色とりどりのワイバーンの顔面に対してグラタン部分はマカロニしか目に見える具材がないのか、それが分からない私ではない。先ほどと同様にナイフとフォークでワイバーンの皮つき肉をカット。だがそれをそのまま食べたのでは先ほど一緒。一工夫をする必要があるだろう。えっ、何をするのかって?


 ―――決まっている、グラタンに漬けるのだ。グラタンのソースとワイバーンのお肉のコラボ。肉汁と混ざり合うホワイトソース。美味しいもの+美味しいもの。これが不味いはずがないのである。口の中に広がる幸せを噛み締める。もしかしたら私が転生したのはこの料理を食べるためだったのかもしれない。


 えっ、言ってることが馬鹿っぽい?それで何の問題があるだろうか?普段ならともかく今は食事時。美味しいモノを食べるというのに小難しいことを考える必要なんてないのだ。ただ馬鹿になって美味しさを甘受すればいい。美味~い!


 ばくばくムシャムシャと食べ続ける。美味しさの洪水に食欲が留まるところを知らない。お肉だけではなく歯の部分の温野菜もこれまた美味い。グラタンにつけるとなお美味い。目玉のジャガイモのホクホク加減も大好きだ。美味い美味いとどんどん胃袋の中に食べ物が詰められていく。


 そんな中でふと気になってワイバーンの顔を横に倒す。そしてその頭部の部分を切り開いていく。はてさて、脳みそそのまま、ということはおそらくないと思うのだが、この中には何が入っているのだろう?む、これは……赤い?


 なんだろうかとフォークで刺して中のモノを取り出すと、姿を現したのは―――ローストビーフ!?いや違う、流れ的にも味的にもこれは―――ローストワイバーン!!!ワイバーン、君、ローストでも美味いんだな!?しかしさっきまでの肉とまた違った味。美味い。実に美味い。


 マカロニ!ワイバーンの皮!ワイバーンの肉!温野菜!ローストワイバーン!ブラッドワイン!もぐもぐもぐもぐと食欲の炎が燃え上がった私は無言で一心不乱に食べる。食べる。食べる。永遠に味わっていたい至福の時間。けれど無限に続く食事などなく、気が付けば皿の上にあったはずの料理という名の黄金は私の胃袋に全て収まっていた。満腹である。


「如何だったでしょうか?」

「美味しかった。実に美味しかった。メニューに乗ったらこれはもうお気に入りだな。」

「そう言って頂けれると何よりでございます。」

「ただ……」

「……なんでございましょう?」


 私が何かを言おうとすると背筋を伸ばしじっとこちらを見つめるゴルドくん。まあ料理人として改善点があれば聞き逃すわけにはいかないのだろう。それに私上客だしな。


「さすがに量が多いな。私ならば然程問題はないが、この店をよく利用する層だと食べきるのは難しいのではないか?」

「……やはりですか。」


 まあ薄々というか、普通にゴルドくんもそこに関しては分かっていたのだろう。だがだからと言ってしまってしまうのが惜しいというのもよく分かる代物だ。だからこそ私に試食させたのだろうな。


「とはいえ減らしてしまってせっかくのワイバーンの顔を失くしてしまう、というのがもったいないのは理解できる。そうだな……もういっそ開き直って複数人用の取り分ける料理にしてしまうというのはどうだろうか?」

「複数人用……なるほど、その手が。ありがとうございます。」

「うむ、私は料理に関してはあまり詳しくないのでな。あくまで客の感想の一つ程度に考えてくれよ?別に意見を採用しなかったからと言って不快に思ったりもしないからな。」

「分かっておりますとも。えぇ、だからこそイオカル様に御試食頂いたのですから。」

「そうか。それなら何よりだ。ああ……しかし最後に一ついいかな?」

「なんでございましょうか?」

「―――デザートにカスタードプリンとホットブラッドを頼む。」

「…………かしこまりました。」


 一瞬だけこの人まだ食べるの?という顔をしたが、すぐに笑顔になって厨房へと戻っていくゴルドくん。ここはデザートも美味しいからなぁ。楽しみである。おっと、だからと言って私が大食いだという勘違いはしてほしくない。私は食べる時は大量に食べるが普段は普通の量しか食べないのだ。今日はたまたま多く食べたい日であっただけである。それに、だ。よく言うだろう、甘いものは別腹、って。

……なんでエスカルゴの次がワイバーンなんだろうか?

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