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虎の威を借りる吸血鬼  作者: トカウロア
故郷脱出編
6/46

第六話、あるいは舞台説明という名の日常回④

なんか段々とペースが落ちてる説が……


「―――慰謝料を要求する。」


 この街の中心部、一帯を治めるナイトリアカード家の中枢たる執務室で私は目前に座る男、どこか疲れを感じさせる銀髪に紅い瞳をした気弱そうだがダンディな中年というべきな見た目のお父様にそう言った。


「い、いきなりやってきてどういうことだ……?」

「お母様の癇癪だよ。まさか固有魔法まで使われると思っていなかった。ボコボコにされたからな、慰謝料を寄越せ。痛かったんだ。」

「い、慰謝料って……」

「当たり前だろう、お父様?お母様が機嫌が悪いのはお父様の浮気が原因なのだから。」

「うぐ……」

「もっと言うのならお父様の心は私とお母様ではなくあちらにあるようだからな。お母様はそりゃ気分がよくないだろうさ。」

「…………そ、それは。」


 顔色を悪くするお父様。うん、なんというか頼りない。やっぱりこの街は駄目そうだな、という感想を抱きつつもそれはそれとして話を続ける。いやはやしかしこういう上から物を言うというのはやはり心地が良いものだ。可能な限りこういう立場に居たいものである。できれば責任とか責務とかそういうのはなしで。


「私は別に浮気そのものにはとやかくは言わないさ。お母様はあんな性格だし、耄碌しているようなものとはいえまだ優秀だからな、そこで比較されることもあっただろう、あるいはきつく責められたことも多かったのかもしれないな。ああ、そんな周囲に決められた結婚に不満を持つのも分からなくはない。」


 私がそう言うとお父様は少しほっとしたような表情を見せる。私の話がここで終わろうはずもないというのに。


「確かフレリアちゃんのお母さんは病弱だそうだな。おそらくお母様とは大きくタイプが違うのだろう。きつい日々に疲れた男が偶然出会った優しい女に恋をする。なるほど、実にありがちな話だ。それ自体は別に悪いことは言わん。言わんよ?だがしかし、だ。」


 私は冷や汗を流すお父様を見つめて言葉を続ける。


「お父様、あなたがこのような行動を取り、その対処をきちんと行えていないからこそそのとばっちりが私にやってきたわけだ。やるなとは言わないがやった結果、問題が発生しているのは明らかにお父様の過失だろう?」

「う……確かにそれは……」

「ハーレムを築くことも円満に離婚することも謝り倒して適当に宥めることもできなかった。その結果として私は全身を血の槍で貫かれたり、電撃を浴びる羽目になったんだ。その賠償を受け取る、というのは別におかしな話ではないと思うのだが?」

「しかし、お前は私たちの娘で―――」

「おやおや、これはまた異なことを。私が気づいていないとでも?お父様は明らかにフレリアちゃんの方を、あちらの家族を優先してこちらのことはだいぶおざなりじゃないか。それで今更血縁関係を理由にどうこうなんて虫が良すぎると思わないか?それに家族間であっても死ぬような攻撃を行っていいことにはならないだろう?」

「だ、だが、こ、この額は……」

「いやいやこれは正当な請求だとも。まず考えて欲しいがこの街は吸血鬼(ヴァンパイア)の治める街だ。そしてこの街における吸血鬼(ヴァンパイア)の地位は他の種族より一段高い。それこそ流れのモノであろうとも吸血鬼(ヴァンパイア)ならば高い賃金や各種サービスを優先的に受けられたりするほどにな。」


 基本的にこの世界は街が基本単位だ。この街の敵の人間たちのように複数の街が一つの国を形成している場合もあるが、そうであっても基本単位が街であることには変わりがない。この理由も単純でこの世界における野生生物の中にも魔法を使える奴らが存在するからである。奴らのこの世界における呼称は魔獣(モンスター)。前世でもお馴染みである。


 強い者ならば街の外であっても移動することは可能だが、当たり前だが強い者よりも弱い者の方が多い。それに大勢で暮らすとなればその分だけ魔獣(モンスター)に遭遇する可能性も上がる。それゆえにこの世界の住人たちは魔獣(モンスター)に対抗できるだけの防衛設備が整った場所―――街を作るのである。


 そしてこれもまた当たり前のことだが、何かの価値、というのはその場所によって大きく変動する。例えば水資源が豊富な先進国の水道水はその国では無料で飲めたりするが、砂漠ならば高値になるだろう。


「つまりこの街の吸血鬼(ヴァンパイア)が被害を受けたとするのであれば、その時に発生する慰謝料も高くなるのは当然のことなのだよ。そうだろう、お父様?」

「しかし先月もその前も多くのお金を渡して―――」

「おいおい、おかしなことを言わないでくれよお父様。先々月は正当なお小遣い(養育費)、先月は仕事を手伝ったことによる賃金だ。今回とはまるっきり理由が違う。それともお父様は食事処で昨日は違うメニューにお金を支払ったから今日の代金は無料にしてくれ、というのか?」

「ぬぬぬ……わ、分かった。」


 悔しそうに唸るお父様を尻目に私は部屋の隅に置いてある金庫からお金を取り出していく。金庫には鍵が掛かっているが数字錠。番号さえ知っていれば開けるのはとてつもなく簡単だ。何故私が番号を知っているのか?それはもちろんこれは恒例行事だからな。おおよそ月に1回はやっている。あ、だからと言って勘違いしないで欲しいのは私は別にお金遣いが荒いという訳ではないということだ。人の金や予算なら最大まで使うが自分のお金はそんな使い方は基本的にしない。もらってるお金だってほとんど使わずにとってあるぐらいである。


 えっ?じゃあどうして毎月お父様からお金をせびっているか、だと?無論、お金というモノはあればあるだけ良いものだからだ。それに世の中のほとんどの連中はお金が大好きだからな。これさえあればなんとかなることも多い。もちろん私もお金が大好きな連中の一人である。……後はまあちょっとした理由で貯めているということもあるが、それくらいだな。


「では仕事の邪魔にならないように私は退散するとしよう。……なんだお父様、その微妙な顔は。まるでお金の無心だけしたらすぐに出て行ってしまう子供を見るような目をして。」

「まるでも何もその通りだと思うが?」

「…………そういう説もあるな。」

「その説以外があるのか?」

「…………。」

「…………。」


 私はお父様の方を向き直し、どかっと椅子に座って話しかける。その態度はふてぶてしいと思われそうなそれだが、気の弱いお父様に対してはこういう態度の方が有利に立ちやすいのだ。


「仮に、仮にその説が正しかったとしよう。だがそれで問題はないと思うが?そもそもお父様は私もお母様も苦手だろう?」

「ぬ……う……に、苦手ということは……」


 正直なんで私まで苦手なのだと思わなくもないが、やはりお母様を思い起こさせるからだろう。私もお母様は苦手だしな。……え?私がこうやって定期的にネチネチ言いながらお金をせびっているせいじゃないかって?まあそういう側面もあるかもしれない。だがお母様を思い起こさせるという理由も確かにあるのだ。私とお母様、容姿も似てるしな。そして複数の理由があるということはどちらを選んでも間違いではないということ。ならば私にとって都合がいい方を選ぶ。都合が悪いことは棚に置いておく。それが当然だ。少なくとも、私の中では。


「もちろん話があるというのなら聞くのは構わないぞ、お父様。けれどそちらも私よりあちらの家族と接したいものだと思っていたが?今は安定しているとはいえフレリアちゃんのお母さんは病弱さはかなりのものだったとも聞いたしな。」

「そ、それは、その、そうだが……」

「それともあれか?もしかして私ではなくフレリアちゃんの方を跡継ぎにしたいというあの噂を実行したいとかそういうあれか?」

「い、いや、そ、それは、その……」

「まぁ、一部。ごくごく一部にそういう意見が出ているのは知っているがね?しかしさすがに厳しいというか現実的ではないと思うが?」


 当然ながらハーフであり妾の子でもあるフレリアちゃんの立場はすごく悪い。本来であればそんな声は出ようはずもないのだが、私がフレリアちゃんにボコられ続けているせいでこういう声が出て来てしまったのだ。悔しい。


 とはいえ彼らのほとんどは単に反お母様派というだけであったりする。今みたいになる前でもかなり苛烈な人で結構多くの敵を作っているからだ。ああ、それから街の中で立場の低い側の種族としては待遇が良くなるようにというのもあるのかもしれない。人間とのハーフであれば、今よりは自分たちに優しいと考えたのだろう。


 現在のこの街は種族の強さ……言ってみれば種族魔法の強さと素のスペック――吸血鬼(ヴァンパイア)はどちらも強力である――で位階分けがされている。強い種族なら高い地位、弱い種族なら低い地位、というように。そこを変えたいのは分からない話ではない。


 けれど当然だが主流は今の体制派、つまりお母様派であり私に跡を継いでほしい者たちである。それを強引にフレリアちゃんを跡継ぎにしてしまえば混乱は避けられない。そもそも吸血鬼(ヴァンパイア)の治める街でハーフ、それも敵である人間(ノーマル)とのハーフ。しかも妾腹で年下ともなればかなり無理を通さねばならないしな。……私個人としてはそういう立場にはそれほど魅力は感じないので渡すことにそこまで異議はないのだが。


 ん?どうして魅力を感じないか?もちろん権力や社会的地位が駄目という訳ではない。むしろそれらはいくらでも欲しいものだし、それによって得られる金銭も魅力的だ。だが大きな権力にはその分責任……というか仕事が付き物だ。例えばの話だが休みなく毎日10時間働いて得られる月収1000万円と平日だけ毎日1時間だけ働けば得られる月収10万円ではどちらの方がいいか、というようなものだろうか。


 お金や権力は欲しい、欲しいがそれは自分が楽をするため楽しく生きるためだ。ストラテジーゲームの類とかをやるだけでも疑似的に体験できるように、一つの街を差配するなぞどう考えても大変なことである。それに吸血鬼(ヴァンパイア)であるというのにも関わらず血色が悪く隈が出来ているお父様を見てもそれは明らかだ。ゆえに私はそういう立ち位置には惹かれない。できることなら権力とお金だけが好きに使えて仕事はほとんどなし、というのがよいのだがなぁ。


「や、やはり……あの子を吸い殺すつもりなのか……?」

「いやいや、そのつもりはないと今まで何度も言ってきただろうに。」

「では何故今もまだ戦いを続けているのだ?」

「それも前にも言った。フレリアちゃんの血が飲みたいからだとも。」

「しょ、処女の生き血なら用意させたし、今だって飲もうと思えば飲めるだろう?お前に渡したお金はそれくらい可能にする程度の額はあるはずだ。」

「………………。」


 いやだが待って欲しい。美少女の首筋に噛みついて血を啜れるチャンスがあるのならチャレンジしたいと思うのが人情というものではないだろうか。普通に考えて恋人でもない美少女の柔肌に牙を立てれるチャンスなどまず巡ってこないのだ。欲張るのは不思議なことではない。むしろ当然とさえ言えるかもしれない。


 とはいえさすがにそれをお父様……今世の父親に言うのは少し躊躇われる。いや別に恥じているわけではないのだがな、似たようなことを前世で言った時にはしばらく周囲から人が消えたのをよく覚えているため、な。少し気後れしてしまうのだ。


「ど、どうなのだ……?やはりフレリアを―――」

「何度でも言うが殺すつもりなどないさ。ただ血を吸うことは諦めてはいないだけでな。」


 というか人を殺すとかそういう自分の手が汚れるようなことは極力したくないし、するんなら隠蔽するかあるいはもっと欲張りたい。できれば誘導して他の奴に汚させたりあるいは欲張って根こそぎ持っていくようなタイプなんだ、私は。


「それに別にいいだろう?今までのようにお父様がフレリアちゃんを鍛えてやればいいのだから。」

「な、なんのことだ……!?」

「気づかないとでも思っていたのか?お父様だろう、私に負けないようにフレリアちゃんを鍛えていたのは。そうでなければいくら才能があるとはいえ強すぎる。それに最近は仕事の合間を縫って抜け出すこともちらほらあるとか、行きつけの料理屋に行く回数が減ったとかちらほら聞こえているしな。」

「………………………。」

「まあ別に私としても跡継ぎにどうしてもなりたいというわけでもないし、フレリアちゃんを殺したいとも思っていないから別に構わんがね。じゃあな、お父様。」


 渋い顔をしたお父様を尻目に今度こそ部屋を後にする。これだけ話せばお金をせびった後にすぐに出て行ったことにはならないだろう、うん。しかし跡継ぎなぁ。どうやらお父様はフレリアちゃんに継いで欲しいみたいだがそもそも跡継ぎを決めるまでこの街が持つものかな?私にはそうは思えないのだが。


 まあそんなことは私には大して関係のない話である。それよりこれからのことを考えよう。お金ももらったし折角だ。今日はまたあそこで美味しいものでも食べることにしよう。私は歩きながら何を食べようか思案を巡らせるのであった……。

ちなみにイオカルさん、父も母も普通に結構強いです。

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