第三十九話、きっと一種の走馬灯
すまない、遅くなりました……って最近毎回言っている気がする……
「なぁ、下半身が緩いお父様。ちょっと聞きたいことがあるんだがいいか?」
「うっ、ぐっ。な、何を言われても仕方ないのは分かっているが、呼び方が辛辣すぎる!?」
執務室に入った私は、最近出産するということでバレるに決まっているだろうに領主亭へと愛人を連れ込んで家庭内ヒエラルキーが最底辺まで落ち込んだお父様へと話しかけた。
お父様は私の言い様に肩を落とすが、文句を言いたいのは私の方である。何故ならお父様の権威が弱くなってちょっと前はヨイショオンリーだったのが最近は時々周囲からヒソヒソ話をされるし、お父様が落ちたことでお母様の家庭内順位が上がってしまって上手く抑えられなくなってきたのだ。
せっかくいい家に産まれたというのに何故蔑まれなければならないのかと文句を言いたいし、恐らくは持病なのであろうヒステリーが大分ひどくなってきてお母様が余り関わりたくもなくなってきたのも実質的にはお父様のせいだろう。
ぶっちゃけ親の恋愛関係とか口出したくないんだが、あれ多分普通にちゃんと慰めてリソース費やして機嫌治させればある程度で収まるぞ。……どうにもお父様は怖くてちょっと避けているようだが。気持ちは分かる。
「呼び方に関しては当然だろう。上も下もお父様の持ち込んだ騒動でゴタゴタしているんだぞ?別にお父様が何股しようが、ハーレムを築こうが、誰かをヤリ捨てようが私としては唾を吐きつけるだけだが、だとしてもせめてそういうのは子供が見てないフリをできるところでやってくれよ。」
「つ、鍔を吐きつける!?……そ、そうだな。す、済まない。お前もまだ小さいのに迷惑をかけてしまって……。」
「まったくだ。とばっちりでお母様に私の勉強の課題増やされたんだぞ。美味しいものの1つや2つ奢ってもらわなければ割に合わん。」
「う、わ、分かった。な、なんでも好きなものを食べてくれ。」
「ふっ、言質は取ったからな?あとでお父様名義でお金を要求するからよろしく頼む。」
これで前から思っていた料理の開発に着手できるぞ、と気分を良くする私。別に現代チート云々とまで言うつもりはないが、やっぱり日々の生活の潤いに美味しい食事は必須だ。ここの食事もそう悪いわけではないのだが、やはりどうしても前世と比べてレパートリーに乏しい。だが、だからといってこんな年齢で新しい食べ物の開発なんてしようにもギリギリ血筋でコネは用意できたとしても頼むだけのお金などあるはずもなく。
だからお父様から言質を取れたことが私にとっては嬉しいのだ。無論お父様はそんなつもりで許可したわけではないのだろうことは分かっている。分かっているが、押しに弱く全体的に甘いお父様なら押し通してしまえばなんやかんや払うであろうことは目に見えている。つまり私の輝かしい第一歩に狂いなし。私の口が自然と弧を描いた。
対照的にお父様は何やら冷や汗を搔いており、前々からオドオドしているなと思っていたその姿が余計ひどくなっているように思える。ただ何というのだろうか、もういい歳だというのにこの如何にも押しに弱そうななよなよして儚い感じがモテるのだろうと思うと脛を蹴り上げたくなってくるから不思議な話だ。
「そ、それで聞きたいこととはなんだ?」
「今個人的に吸血鬼について調べているんだがな。話によって耐久力にどうにもばら付きがあるんだが、これはどういうことかと思ってな。ある奴は日光を浴びたりしただけで死んだかと思えば、ある奴は首を刎ねられなければ死なず、どころか首を刎ねられようが死なずに手足を拘束して心臓に杭を打ちながら日光を浴びせてようやく死んだ、なんて奴もいる。同じ種族としていくらなんでもバラつきが大きすぎるような気がすると思うんだ。」
「ふむ……。」
「いやもちろん私もそれらの再生能力が種族魔法である『再生』に由来するものだと言うのは分かっている。もちろん魔力の保有量が個々人によって異なる、ということもだ。だがこれらの死に様がどれも魔力不足によるもの、というのはちょっと無理があるように思えてな。」
私の問いに対して少し考え込むような仕草をしたお父様は、しばし間を置いて破顔し私の頭を撫でる。その顔は先ほどまでオドオドしていたというのに、今はとても誇らしげだ。お父様の癖に。
「いやはや、その問いは難しいな。うむ、実に難しい。そういうものだと思っていたが、言われてみれば確かに不思議な話だ。えらいな、イオカル。ちゃんと真面目に勉強しているんだな。私がお前の年齢の頃はそんなこと考えもしなかったよ。」
うむ、まあ、褒められて悪い気はしない。どうにも親バカ的な表情をしてこちらの頭を撫でるその仕草は堂に入っているというか、おそらく自然に何度もやってきたことなのだろう、とても上手かった。同時にお父様が今回の二股の件やらに発展したのも、なんやかんや部下に慕われているのも人を褒めるのが上手かったのだろうな、と予測する。
このイケメンが、と腹にパンチをお見舞いしてやってもいいのだが、とはいえこれは見習うべきものだろう。他者に優しくし、友好度を稼ぐことで自身の失態を受け入れさせる、という私が望む術に他ならないのだから。
「褒めてくれるのはいいのだが、結局私の質問の答えはお父様にも分からない、でいいのか?」
「う、うむ。そう、だな。私にもなんで吸血鬼の再生能力に大きな差があるのかは分からない。だが私の友人が昔、そこに関して語っていたのを思い出したよ。」
「お父様の友人?……女か。」
「い、いや、確かに彼女は女性だが、べ、別にそういう関係では……んんっ。と、ともかく!彼女が言うにはだな。危機的状況であっても『再生』を使い続けるコツは、自分が死なないと信じること、らしい。自分の死を受け入れなければ魔力がある限り吸血鬼は不滅の徒であり続けられる、と。」
「つまりどこまで『再生』の範囲かは本人がどこまでなら復活できると考えるかによる、と?」
「あ、あぁ。彼女はそう言っていた。……あいにく私はそれを活かせなかったが。」
以前廊下で何やら目がハートマークになっているメイドさんとの光景を目撃してしまった時のように、心の中での心からの舌打ちと共にお父様の女性に関する交友関係を一回棚上げし、私は聞いた情報を咀嚼する。
要は精神力の問題、いやどちらかと言えばショック死というべきか?私はなったことがないので分からないが例えば首を刎ねられたとすると、やはりそれは死んだという実感が強くなるのだろう。
そして『再生』はあくまで「再生」であって「蘇生」ではない。ゆえにこそ傷などを治すことはできても自らが認識してしまった死を覆すことはできない……ということ、なんだろうか?もちろん種族魔法の習熟度もあるのだろうが。
「……しかしできるかどうかを調べる方法がないよな、これ。まさか自分で自分の首を刎ねるわけにもいくまいし。」
「わ、分かっていると思うが絶対にやったら駄目だぞ。その手前でわざと瀕死になる、というような行為もだ。」
「もちろん分かっているよ、お父様。私はお母様と違ってそういうのはちゃんと怖いし、嫌なんだ。……というか私の年齢考えるとまだ戦闘訓練なんてする齢じゃないと思うんだが、お父様からもお母様に言ってくれないか?」
「う、うむ。そ、その、言ってはいるし、本人も緩くしたらしいんだが、な。……済まない。」
申し訳なさそうにこちらへと謝罪を行うお父様。やっぱり普通に考えても私の年齢で戦わせられるというのはやっぱり色々おかしいよな。……お父様がしっかりしてくれていたら、仮にやるにしてももっと楽だとは思うんだが。
まあ『再生』を沢山使えるかどうかが命を分けるというのは今聞いた情報を考えても納得できる話だ。話だが、だからと言って積極的に使う羽目には絶対なりたくない魔法だ。何が悲しくて態々『再生』を沢山使わなければならない怪我なんて負わないといけないんだ。
だというのにお母様は前世なら確実に児童虐待だろ、というレベルでやってくるんだからもうたまらない。私が転生者でなければとっくに逃げていただろう。というか今からでも逃げたいくらいだ。どう考えても街から逃げる方が危険なので実行はしてないが。
「……な、なぁ。す、少しいいか?」
「ん?なんだ、改まって。」
「そ、その、フレリア……お前の、あ、新しくできた妹のことなんだが。」
「ん、ああ、妹だったのか。名前はフレリアちゃん?うん、いい名前じゃないか。」
「そうだろう?我ながらいい名前を思いついたと自負している。きっと将来はそれはそれは美しい子に―――げふんげふん。あ、あの子の名前は、それとして、その、なんだ。も、もしよかったら、その、あの子のことを気にかけてやってくれないか?」
新しくできた妹と仲良くしてやってくれと宣うお父様に私はこれ見よがしに大きくため息を吐く。普通の家族であれば、当たり前の会話なのだろうが、この状況でそれを言うのは正直目の前の男性の駄目さ加減を表していると言う他にないだろう。
とはいえ私はこういう駄目さ加減そのものは別に嫌いではない。私に対する不利益が一定ラインを越えてくればまた別だが、そこまで気になるあれではないし、単に見下せる材料が手に入るだけで私的にはプラスである。だから私は某国民的狸風ロボットの如く「駄目だなぁ、お父様は」と心の中で思いつつ柔らかい笑みを浮かべた。
「あのなぁ、お父様。親が浮気して子供ができるって時に本妻の娘にそういうことを言うかね、普通。言っておくが私でなければとても心にショックを受けているような出来事だよ、まったく。」
「す、すまない!!そ、そうだよな。ふ、普通ショックを受けるよな、私が無遠慮だった、すまない……」
「で、気に掛ける?それはどちらかというとお父様の方だろう?お母様はさすがに直接どうこうは少なくとも子供の方にはしないだろうが、それ以外は分からんぞ?身内の恥だなんだと理由を付けて領内の誰かが毒を盛ってくる可能性だって十分にあるだろう。まずはそういうことへの対処が先で私とどうこう、なんてのはその後じゃないか?」
「ど、毒!?……そ、そうか。そういうのも気を付けないといけない、と。」
「ああ、子供なんてのは元から死にやすいんだからな。あとは子供の母親の方だって嫌がらせとかもあるだろうし、ちゃんとその辺をしっかりしてくれ。……正直私も会ったらお母様にとやかく言われるか周りの連中に陰口叩かれるかするだろうしな。まずは環境づくりの方が先だろう。」
私は私に妹のことを話すより先にするべきことがあるだろうとお父様へ伝える。それに返す言葉がなかったのだろうお父様はううむ、と唸りながら首を捻っている。だが少し経つと少しこちらを伺うような様子で願いを言ってきた。
「……確かにお前の言う通り私がしなければならないことは多々あるようだ。だが、もし……もしそれらを私が何とかできたら、頼む。その時はあの子の姉として、あの子を受け入れてはくれないか?」
「何とか出来たら、ね。それならもちろん構わないさ、性格的な合う合わないがどうなるかは分からないが、最低限姉として面倒はみるとも。」
まあ正直お父様だけで何とかできるともあまり思わないが、領主など継ぎたくない私としては妹が、責任の押し付け先ができるのは大歓迎だし、それにお父様の娘と考えれば容姿には期待できる。人間と吸血鬼の種族対立という面倒なことさえないのならそんな子と交友関係を結ぶことに否はない。
「ありがとう……!ありがとう……!!」
「ははっ、まだ何もやっていないんだがなぁ。」
私を抱きしめてくるお父様に笑いながら私は目を細める。正直男に抱き着かれても別に嬉しくはないし、なんなら私のようなロリコン大歓喜の美少女に抱き着けるとか羨ましいなと思うものの特に邪な念もなさそうだしと妥協して受け入れてやる。
しかし妹、フレリアちゃんか。どんな子だろうか、できることなら可愛くそして私に甘い子になってくれないだろうか。そして処女の血を吸わせてくれたらもう言うことはない。……まあそうでなくとも単に交流やら遊びを一緒にしてくれるだけでもうれしいしな。私も多少はお父様に協力してその子の状況を良くしてみようか。まっ、まずは私優先で時間があったら、だけどな。
だが結局私がフレリアちゃんと友好的に過ごす日はやってこなかった。人間と吸血鬼の溝は思ったよりも大きかった、というのもあるが私が周辺にきな臭さを感じて故郷を捨てようと準備を始めたからだ。
当たり前だが故郷を出るというのは一大事で、私はその準備と頑張った自分へのご褒美に時間を取られて余り動くことが出来なかった。お父様も思っての通り優しさはあれど皆を心変わりさせるほどの力はなく、継いだ領地を安定に維持することは出来たとしても人間たちを抑えることは、時代の流れに逆らうことはできなかった。
私の判断に否があるわけではない。あるわけではないが、しかしそれでも違う未来があったのではないかと思ってしまう。もしかしたら皆で人間たちを軽く追い返すような未来が、あるいはフレリアちゃんと一緒に逃げながら友好を深めるような未来が、今とは異なるような未来があったのではないかと思ってしまうのだ。
「具体的には私が感知できない不意打ちでいきなり首を落としてくるような輩と一対一で戦わなくても済むような未来が!!」
慌てふためいて再生させた身体を奮い立たせた私は、眼前にいる脅威であるはずにも関わらず今にも消えてしまいそうな薄い気配を持った銀髪の少年を見失ってなるものかと睨みつけるのであった……。
アヴラパヴァン内だと主人公からの好感度が一番高かったであろうお父様。
とはいえ彼は街を見捨てることができないので、彼女と一緒に逃げる未来はなかった模様。




