第三十七話、ポーカー勝負①
今回は日常回となります。
「今日はここで休憩にしよう!皆、テントの準備をしてくれ!」
テーツイくんの声が響く。時刻は大体16~19時くらいだろうか。橙色に染まった空の中を黒い影の群れが羽ばたいている。水平線に沈まんとする太陽は、吸血鬼として恐怖を感じるほどの明るさを、また明日もやってくるというのに最期の輝きという顔をして放ってくる。
芋虫くん――後で聞いた話によるとロッキーワームと言うらしい――との戦闘を終えた私たちは傷の手当を行い、また旅を開始した。ここ短期間で数回の移動があったからなのか、皆負傷の処理に慣れていて包帯を巻いたりするのがとても速かった。それがいいことなのかはちょっと何とも言えないが。
あれからの山道はしさは変わらないどころか標高が高くなるほどに険しくなっていったが、しかし対処が大変なモンスターや巨大な落石のようなアクシデントが起こることはなかった。ただただ順当に大変で普通に疲れるだけだ。辛い。
正直なところ、前世から山登りなど何が楽しいのか分からなかった。足も痛くなるし、単に疲れるだけじゃないのかと思っている。だってほら、達成感なら山でなくとも得られるし、運動がしたいなら市民プールにでも行けばいい。自然を楽しむならもっと娯楽性の高い整備されたその手のレジャーをしに行けばいいし、景色はインターネットでいくらでも見れる。山で食べる食事の美味しさだって疲れ補正などで底上げせずとも普通に良いものを食べればいいと思うしな。
山への遠足の日とかできれば仮病使って家でダラダラしていたい子供だった私にとって、今回の山登りも正直余り嬉しいものではない。とはいえ人生を生きるコツはよかった探しだ、あんまり好きじゃない行事であってもよかったところを探してまたやりたい訳じゃないけれど、まあ今回に関してはプラスかな、くらいに心を持っていくべきだろう。
結局幸福というのは自己の価値観に依存する。どれだけ成果を上げようと客観的に見たプラスがあろうとも自分が認められなければその価値は鍍金にすら劣る。逆説、傍から見てマイナスであろうと本人が幸せならそれは紛れもない幸福だ。というわけで―――――
「―――いいじゃないか、同性同士なんだから。服を賭ける方がお金を賭けるよりもよほど健全であろう?」
「寝言は寝て言ってくださいね、イオカルさん!?なんでこんな岩山で脱衣ギャンブルを始めようとするんですか!?」
「……駄目か?」
「駄目に決まっているでしょう!?というかまだ夕飯もできていないのにお酒を飲み始めないでくださいよ!?もう酔っぱらってるんですか!?」
せっかくの私の素敵な思い付きだと言うのにルーニャちゃんから否が投げかけられる。ああ、なんてひどいと笑いながら私は手に持ったグラスからぐびぐびとワインを飲んでいく。口に入った紅い液体の香りが鼻へと抜ける。喉を通過する心地よさ。
それほど高いものではないのだが、しかしやけに美味さを感じる。業腹ながら疲れていると食べ物や飲み物が美味しく感じるという理論にもやはり一理あるのだろう。
「というかどうしたんですか、急に。態々持ってきたワインを放出して皆で飲もうだなんて。」
「いや、その、なんだ。そんな大したことじゃないんだがな?……やっぱり液体が入ってる方が荷物って重いだろう?」
「――今更ですか!?」
そう、私は一緒に旅をしている皆に声をかけて持ってきた酒類を振舞っていた。元々は旅の中でちびちび飲もうと思っていて、ヤバノメの街で補充をしたりもしたものだ。だが険しい山道を登っている最中に私はあることに気付いてしまったのだ。―――酒類は多く持ち運ぶのには重いということを!
えっ、気づくのが遅い?当然のこと過ぎる?いや、まあ、そう言いたくなる気持ちは分かる。だが思い出して欲しい、私はこの山道がこんなに険しいとは知らなかったのだ。それに私は吸血鬼、膂力や体力だって前世の私よりも明らかに上なのだ。
だから前世の遠足の山登りの感覚で大丈夫だろうと買い込むのもほら、分からない話ではないだろう?事実、山登りを始める前、アヴラパヴァンからヤバノメまでの道程では特に苦労なく移動出来ていた訳だしな。
「そのおかげでこうして皆で飲めているって訳ですからね!いいじゃないですか!」
「そうでやんすよ!お酒が飲めるのはいいことでやんす!」
気が付けば近くに来ていたルブラリエちゃんとマルテちゃんが楽しそうにワインを飲んでいる。周囲を見渡せば、テントも終わり食事――と言っても保存食だが――の準備も終わったようだ。私が飲み始めていることに呆れ顔を晒す者もいないわけでもないが、そんな彼らも苦笑してそのまま私のお酒をもらったり、逆に隠していたのであろうビーフジャーキーのようなお宝を山分けしてくれたりする。
そしてそのまま休憩は宴会に変貌した。せっかく酒があるのなら、ということだろう。古今東西飲んで騒ぐのは良いストレス解消法だしな。皆で騒いだり踊ったり私からギャンブル道具を借りて遊んだりし始める。
もちろん私だって遊びたい。だからルーニャちゃんを誘うことにした。残念ながら脱衣ギャンブルは受け入れてもらえなかったが、それはそれ。一つ断らせればそれよりも軽い要求は受け入れやすくなるものだ。
「どうだ?せっかくだし一緒に一勝負しないか、ルーニャちゃん?」
「……普通のですよね?でしたら構いませんよ。」
「よしっ!それじゃあ他に何人か……お~い!!誰か私たちと一緒に一勝負しないか!?」
「はいっ、はいっ!!行きます、行きまぁす!!あっ、エルレリエ叔母さんも一緒に行きましょう、ほらっ!」
「叔母さん言うなっていつも言ってるでしょ!?年齢大して変わらないんだから!!……まあギャンブルは構わないけど。あんまりいっぱい賭けるのは駄目よ?」
そう言って私の方へやってくるのはルブラリエちゃんとエルレリエちゃん。叔母という言葉に思案を巡らせると、そういえばルブラリエちゃんは半分が森人族だったな、と思い出す。なるほど、人間側でも暮らしていけそうな完全な森人族がどうしてこの旅についてきたのかと思ったが、ルブラリエちゃんのためか。
「ははっ、安心してくれ。ただの酒の席の遊び程度さ。ちょっとした小遣いくらいしか賭けるつもりはないよ。だから一緒に遊ばないか?」
「えっ、えぇ。そ、そういうことなら喜んで。」
少しぎこちなく私に返事をする彼女に苦笑しながら席へと案内する。やはり少し警戒されている、か?森人族というのは元々は閉鎖的な種族で自分たちが支配する大陸南部の広大な森林区域から滅多に外へ出てこない種族であったらしい。
だがその方針が多少変わったのがおよそ百五十年ほど前。当時は時の魔王を名乗る王に率いられた吸血鬼の勢力がいくつもの都市を勢力圏に入れて大陸中央でブイブイ言わせていたらしい。アヴラパヴァンを含めてこの辺りの都市は全てこの勢力の一部だったとか。
で、それで辛かったのが当時の人間側だ。どんどん削られていく勢力圏に危機感を感じ、宗教的権威を用いることで各都市間の一致団結を図り、強力な単騎戦力に勇者の称号を与えて金銭や強力なマジックアイテムなど厚い援助をすることで対抗しようとしたのだとか。
私、というか前世の感覚だと如何にもファンタジーだなぁと思うのだけれど、言われてみれば納得できる面もある。この世界は前世に比べて明らかに個人の比重が大きい。
古今東西権力を担保する一番簡単かつ有効な手段は暴力だ。誰かに言うことを聞かせるのも何かを護るのも力が無ければ始まらない。自分の身を護ってくれると思うからこそ、人は国に従うのだからな。
前世においては―― 一部例外があるとはいえ――群は個を圧倒するのが常識だ。一騎当千の猛者なんてものはフィクションの存在であり、数と装備と軍略と後方の支援――いずれも群の力によって勝敗が決定する。
だがこの世界は違う。いやもちろん群の力が皆無というわけではない。文明というものを築くには当然必要不可欠だし、当たり前だが同程度の存在なら一人より二人の方が強い。だが前世と異なり一騎当千の存在がごろごろいるのである。
ぶっちゃけ私だって汎用魔法をちょっと使える程度の魔法士程度、至近距離での接敵という条件なら辛いし痛いし苦しいしめんどくさいだろうが、勝つ自信はあるくらいだ。ルーニャちゃんもいけるだろうし、お母様も問題ないだろう。お父様……でも、多分、なんとか、なる、はずだ。
つまり集団を個が圧倒するという事例が頻発しかねないのである。そうなってくれば前世と色々勝手が違ってくるのは、当然の流れだろう。そして強大な個に対して同じく強大な個をぶつける、というのも分かりやすい構図であり解決法だ。
で、森人族が登場するのはここからである。なんでもその当時の勇者くんはもらったマジックアイテムなり金銭なり、一緒に戦う仲間なりでは戦力が不足と見たらしく、森人族を代表に当時そこまで友好的ではなかった色々な別種族にも声を掛けたのだとか。
まあ近くに拡大した勢力が居て、それがばりばり野心を持っているとなれば囲んで棒で叩くのは当然だしな。おそらく人間側では色々美辞麗句やら装飾やらが並んでいるんだろうが、私が知っている範囲ではこの交渉は中々に時間が掛かったものの成功したらしい、ということだけだ。
そして後はまあ想像の通り、多勢に無勢、圧倒的な個であってもそれに比肩する存在で群を作れば押しつぶされるのは自明の理で、当然のようにその魔王くんとやらは倒された。そして個に対する依存率が高い集団ということはつまりその個が無くなれば崩壊しやすいということでもある。
その後の歴史についても色々あるのだが、ここで重要なのは森人族がこういった経緯から人間側に近しいと思われているということだ。今は人間たちはどんどん許容する種族を増やしているし、アヴラパヴァンはほら、治めているのが人間の女性に手を出しちゃうくらい融和派だったからな。そこまで肩身が狭い、というわけではないのだが、それでもなんやかんや前世よりも長命な種族だったり個人だったりがいるからどうしてもそこで生まれた偏見は残ってしまう。
だから彼女、純粋な森人族であるエルレリエちゃんは私を警戒している、とそういう訳である。とはいえこういう遊びに参加してくれるのだから別に仲良くするつもりがない訳ではなく、単に自分が嫌われていないか心配しているという程度のものなのだろう。私としては可愛い女の子と遊べるというのはそれだけで十分プラスだし、ちゃんと盛り上げていこうと思う。
「それじゃあトランプを配っていくぞ。」
全体のルールの把握に問題がないことを確認をした私は、トランプをシャッフルし、皆に1枚ずつ配っていく。今回行うゲームはポーカー。5枚の手札の中で役を作っていくトランプゲームだ。最初に配られた5枚を見た後に任意の枚数を捨て新しく山札から引くことで強い役を作る。
ポイントとなるのはこれがギャンブルであり、降りる降りないという判断ができることだ。つまり実際には弱い手札であってもブラフを張ることで相手を降ろし、自身よりも強い手札に勝ったりできるのである。……まあ今回は4人いるので通すのは中々難しそうではあるが。
役の種類は弱い方から、二枚の同じ数字のカードの組み合わせでワンペア、ワンペアが二組のツーペア、同じ数字のカードが三枚あればいいスリーカード、手札の数字が全て連続するストレート、手札のカードのマークが全て同じであるフラッシュ、スリーカードとワンペアを組み合わせたフルハウス、同じ数字のカードが4枚のフォーカード、ストレートとフラッシュが両立したストレートフラッシュ、同じマークの10、J、Q、K、Aのカードが揃ったロイヤルストレートフラッシュの九種類だ。同じ役の場合は数字が大きい方が強いものとする。
ちなみに私はプロのギャンブラーとかではないので、もしかしたら前世と多少違う部分があるかもしれないが、そもそも前世のゲームを知っているのが私しかいないので問題はない。この世界では私が用意したルールが全てなのである。
えっ?それじゃあイカサマし放題じゃないか?いやいや、前にも言ったがこの手の遊びでそんなことをしても仕方がない。するんなら一発勝負か、あるいはこういうルール部分とは関係ないところだ。そもそもそこまでイカサマが上手いという訳じゃないしな、私。上手ければ出て行く直前にアヴラパヴァンの賭場で荒稼ぎしていたところだ。
むしろイカサマやギャンブルが上手そうというのならばルーニャちゃんだろう。場数も積んでいるだろうし、裏社会の住人、純粋にその辺の技術もあると思う。それに種族魔法を大量に行使されればお手上げだ。種族魔法の中には感覚を強化するものだってあるのだから。実際実行されたらどう対処するべきか、ちょっと悩んでいるくらいだ。
……っと思っていたらなんか横から視線を感じる。なんだろうか、その「イオカルさんじゃないんです、そんなことしませんよ。」みたいな眼力は。しかも他二人には気づかれないようにやっているあたりレベルが高い。失礼な、私だってイカサマなんて大負けしそうでもない限りするつもりなんてないというのに。
「さっ、それじゃあ始めようか。いい勝負にしよう。」
カードを配り終えた私はくつくつと笑いながら手元にカードに目を向ける。さて、何を捨てたものか。
やりたかったギャンブル回を入れてみる。
一応現代チートと言えば現代チートですね。




