第三十六話、ラピエルテ山③
またしても投稿が伸びてしまった……。
それはそれとして最近暑くなりましたね。
皆さん、熱中症にはお気を付けください。
「よっ、ほっ。……えぇい、鬱陶しい!」
悪質なタックルをルーニャちゃんが躱しながら腕の中の私が『魔弾』を放ち、飛んでくる小さな岩の破片を打ち落とす。おそらく何等かの種族魔法なのだろう。土を食べてパワーアップを果たした芋虫くんであったが、幸いなことに速度という点では先ほどまでとそう変わらないため脅威度に変化はない。(ルーニャちゃんがいるので変わらず避けられている。)
だがそれ以外の脅威度は明らかに上がっていた。私の『血液操作』では皮膚を貫けないほどに全身が硬くなり、度重なる学習によって口はぴっちりと閉ざされ、おまけに周囲にとめどなく発射される岩の散弾。というか明らかに発射している質量やら体積が本体よりも多いんだがどうなっているんだ?
えっ『血液操作』もよくよく考えると明らかに出してる血液の量がおかしいのだから魔法というものはそういう仕様なんじゃないかって?言われてみればそうだな、確かにそんな気がしてくる。質量保存の法則が敗北しているのか、凄まじいなファンタジー。
攻撃の暴風雨の中でも相変わらず被弾0に抑えている私のルーニャちゃんは大したものだと思うが、しかしこのままでは千日手だ。こちらの攻撃は当たっても意味がなく、あちらの攻撃は当たらない上に当たったとしても簡単に治すことができる。これは『森の癒し』を扱える地上攻撃部隊も同じ―――いや、違うな。
「くそっ、さらに激しくなっただと!?」
「泣き言を言うな、こちらに飛んできている攻撃の数は少ないんだ!」
「せめて地上にやってくれば攻撃が届くのに……」
「やはり今からでも飛べる俺が加勢を―――」
「いや今飛んでいくのは不味いかと!?」
横目で彼らを見ればどうやら攻撃を受け切れていないようだ。三次元上で点として避ければよい私たちに対して、彼らは狭い道に展開しなければならない以上、二次元上の線あるいは面として対処しなければならないのだ。そのため被弾率が大きく、その上『森の癒し』の回復量も以前の戦いよりも下がっているように見受けられる。
まあ森のって付いているしな。こんな岩山じゃその性能を発揮できない魔法なのだろう。……私の『無対価利用』には情報分析効果なんて便利なものは付いてないから細かいことは分からないが。
それからテーツイくんがこちらに『飛行』使って来ようとしたのを止めたのはえらいぞ。正直ルーニャちゃんだからいい感じに凌げているんであって、他の奴が来てもすぐに叩き落されるだろうしな。私もできれば地上部隊の方へ行きたいんだが……なんか私狙いなんだよな、こいつ。」
「いやいやいやっ!?イオカルさんが!!散々挑発したからでしょう!?そのせいでこんな曲芸染みたことやる羽目になっているんですからね!?」
必死に芋虫くんの突撃と、周囲への岩の弾丸乱舞を避けているルーニャちゃんが私にツッコミを入れる。というか心を読まれた?まさか私と彼女はあの熟練の老夫婦でもなければたどり着けないと言われる境地、以心伝心の領域にたどり着いたのか!?……えっ、口に出てた?それはすまなかった。
「■■■■■――――!!!」
「それでどうする?このままだと私たちはともかく下の皆が持たなさそうだが。」
「そう思うんでしたら、もう少し本気出してくれてもいいんです、よっ!!」
ルーニャちゃんの手が変化した鋭い爪から放たれる斬撃。『金剛力』によって強化された『爪刃』の魔法が芋虫くんの岩のようになった表面の皮膚を切断し、その内部の肉までたどり着く。飛び出る体液。響く咆哮。
けれどその攻撃でさえ芋虫くんに致命傷を負わせるまでは至らない。彼(または彼女)の身体が再生し、再度硬化することでルーニャちゃんの健闘を無へと返す。
だがその理不尽に対して彼女は一度で駄目なら回数を増やせばいいと言わんばかりに暴れまわる巨体を躱しながら二撃、三撃と入れていく。攻撃を重ね続けることで再生を強引に押し留めているのだ。
「まったく、再生力が高くて嫌になりますね。……誰かを思い出しそうです。」
「おや、ルーニャちゃんは再生力が高い敵とも戦ったことがあるのか?戦闘経験が豊富で頼もしいなぁ。」
「……………………。」
「そんな可愛い顔で睨みつけても頭を撫でてあげるくらいしかできないぞ?」
「戦闘中は邪魔なのでしないでくださいよ!?」
千日手に近い形ではあるが、このままいけばこちらの勝利は揺るがなさそうだ。何と言ってもルーニャちゃんの回避性能が高い。私を抱えたまま攻撃を避け続けるほどとは思ってもいなかった。確かに巨体で動きが分かりやすいけれど、私なら数発は喰らってしまっていそうである。
それにいくら再生したと言っても毒の疲労は抜けてない、というかおそらくきちんと解毒できたわけでもないだろう。その証拠に僅かな差異ではあるものの動きが少しずつ鈍くなっているし、そのせいで傷も少しずつだが着実に増えていっている。いやこれは再生力が落ちているのか?
ともかく地上部隊がある程度倒れる頃にはまず勝てそうだ。あっ、味方を庇って一人やられたな。あれは蜥蜴人のカゲルくん、だったか。とはいえ気絶の類だし、回復できないことはないだろう。倒れた彼を護るためにこれから被弾率上がっていきそうだが。
「―――イオカルさん!どうせまだ余力あるんでしょう!?もうちょっと手伝ってください。もうすぐ沈みますから!!」
「あんまり手の内を晒しすぎるのもどうかと思うが?」
「それを私に晒させておいて言いますか!?ああ、もう!『影絵の獣』で十分ですから!!」
このままなら大して働かなくても何とかなりそうだと楽観していたら、ルーニャちゃんからもっと戦えと言われてしまった。くっ、空を女の子と飛びながら過ごすのも悪くないな、と思い始めたところだったのに。というかルーニャちゃんだってまだ余力はあるだろうに、そんなに働きたいのだろうか?
一生懸命働いたところで次のハードルが上がるだけで楽に生きられるわけではないというのを何故皆気づかないのかと常々思う。やはり世界は残酷に出来ているらしい。いや、待てよ?ルーニャちゃんは今は私に雇用されている。そんな彼女の勤労意欲が高いのは喜ぶべきことなのではないだろうか?
そう考えれば、皆が世界の不条理に気づかないのも納得だ。きっと彼らは私に使われるためにそういう生き方をしてくれているのだろう。ありがとう、皆。私はこれからも働き蟻の上前を撥ねるキリギリスのように生きて行くことにするよ。
決心を新たにしたところで、そろそろ少し動こうか。可能な限りサボりたいとは思うが、働いているっぽいポーズは重要だしな。……なんかルーニャちゃんに見抜かれつつある気がしないでもないが。
どうすべきかと戦場を俯瞰する。先ほどまでと変わらずに行われる空中戦。斬撃と巨体による蹂躙の打ち合い。ここで発射される岩を弾くだけでなく攻撃にも手を加えてダメージレースを加速させる、というのもいいのだがやはり少し疲れるな。ならここは―――
「■■■■■――――!!」
こちらの予想通り余裕がなくなってきたのだろう。咆哮の頻度が上がってきている。こちら、というかルーニャちゃんが回避に集中しているせいで『毒弾』を放たなくなったのもあるだろうが、しかしだからといってこんなすぐにその行為が危険であることを忘れるとは、少しおつむが足りてないのではないかな?
「――そら隙有りだ、芋虫くん。」
私から発射される黒い散弾が芋虫くんの口内へと入っていく。だが今回は『毒弾』ではなく『影絵の獣』。小型のキツツキの群れだ。
口の中というのは皆が知っている通り身体の外側……皮膚などよりも傷つきやすい、というか無防備だ。口の中を噛んでしまって口内炎が出来た経験はきっと誰にでもあるだろう。ではそこに先端が尖ったものが勢いを付けて刺さればどうなるか?
「■■■■■――――!?■■■!!??■■■■――――!!???」
―――当然痛いのである。しかも口だけではなくその奥にある喉の方――芋虫くんにあるかは分からないがとりあえず体内ならどちらにしろ痛かろう――も狙っている。想像でしかないがその痛みはきっと小骨が刺さるよりもさらに痛いはずだ。しかも発射したのは『影絵の獣』。つまり刺さるだけで終わりではなくそこから動いてさらに傷を広げることもできるのだ!
「■■■■■!!!!!????■■―――!!!???■■!?■■!?」
「うわぁ……。」
のたうち回る芋虫くん。今までよりも明らかに大きな絶叫は、心なしか哀愁を感じる声色だ。自分でやっておいてなんだが、ちょっとえぐかったかもしれない。ルーニャちゃんもちょっと引いているし。受けたのが私ではなく芋虫くんで本当によかった。この手の攻撃には私も注意しよう。
だがまあ、ひどい光景であるということはつまりそれだけ有効であったということだ。苦悶に喘ぐその姿は見るからに隙だらけであり、そこへルーニャちゃんの猛攻が行われる。
斬撃、刺突、炎、毒液―――――
ある程度拮抗していたはずの再生と破壊の天秤は今や完全に破壊へと傾き、全身から体液を飛び散らせながら周囲に肉片が飛び散っていく。どんどん削られているというのにまだ生にしがみつくその執着は天晴れと言わざるを得ないが、それはそれ。悲しいかな、無駄な足掻きと言わざるを得ない。
私も『再生』をメインに使うから分かるのだが、自己再生はそれだけでは収支はコストの分マイナスなのだ。再生力を活かすにはそれで耐えた分を利用して何か行動を起こさなければならない。だが今の芋虫くんは痛みや身体の中のキツツキくんたちの対処でそれどころではないのだろう。まともに動くことが叶わずにどんどんと追い詰められていく。
「■■■■――――――――――!!!」
所詮魔法であるからして、いくら『影絵の獣』のキツツキが取り除きづらいとはいえ限度がある。だから死力を振り絞ればあと一回程度動く猶予が芋虫くんにはあった。とはいえ機動力で負けているため空を飛んで逃げるのは悪手であるし、攻撃がまともに当たらないのは今までやってきた通りだ。
ゆえに彼(または彼女)が取る行動は岩山への着地。岩や土を食べながら潜ることで時間を稼ぎつつ、再生や硬化のエネルギーを補給するという一点にのみ絞られる。だがそんな分かり切った行動をルーニャちゃんが許すはずもなく。どころか、そもそもそれを見越して先ほどから地面や崖と遠い空中へと誘導していた節さえある。
「イオカルさん、自分でいい感じに着地してくださいね!」
「うおっ!?ちょっとルーニャちゃん!?もう少し丁寧にだね!?」
ルーニャちゃんが片手で抱えていた私を宙に放り投げると急加速して芋虫くんの進行方向、太陽の光をちょうどその巨体が塞ぐ場所へと移動する。
それに驚いた芋虫くんが彼女を避けようとするも間に合うはずもなく、『強化』と『金剛力』、『硬質化』が掛けられた彼女の腕が再生が間に合っていない肉の内側へと潜り、貫いていく。
「―――捕まえましたぁ。」
見なくても表情が分かるような楽しそうなコロコロとした声が響く。彼女の声質は柔らかく、ゆったりとした感触を与える。けれど私にとっては可憐さを感じるその音色も芋虫くんにとっては死神の足音に他ならない。
「ばぁん♡」
瞬間、『巨大化』により膨れ上がったルーニャちゃんの腕が芋虫くんを内部から破壊した。苦悶の叫びを上げる暇なく死を迎えた巨体だったもの。数十を越えるであろう肉片が大きな雨粒のように谷底へと降っていく。
だが全身に返り血を浴びた彼女の姿は、異形の手を持っているというのに、凄惨な光景を今しがた作り上げたばかりだというのに、何故かこれ以上なく美しかった。
「―――でも人の攻撃でドン引きした癖に自分もやってること滅茶苦茶えぐくないか?あれ死の天使とか美しき悪魔とかそういうジャンルだろ。」
「……一番の功労者にその言い方はどうかと思うぞ?」
落ちてきた私をキャッチしたテーツイくんに正直な感想を言ったのだが、どうやら同意は得られなかったようだ。ともあれ、これで戦闘は一段落、一時はどうなることかと思ったがなんとかなってよかったよかった。
私の発言がどうやら聞こえてしまったらしく貼り付いたような綺麗な笑顔を浮かべながらこちらへと向かってくるルーニャちゃんの存在を意図的に思考から外し、私は一息吐くのだった。
なお当然後で怒られた。
味方が強いと楽でいいな、とサボっていたら怒られる主人公の図。




