第三十四話、ラピエルテ山①
第十八話、マジックアイテム争奪戦②にて登場した種族魔法『天の翼』のルビが他の魔法と被っていたため変更を行いました。
「いやなんか想定の三倍くらい険しいんだが!?」
少し横を見れば落ちれば一たまりもなさそうな断崖絶壁。足場の幅は辛うじて足を開くスペースが存在する程度。時折吹く風は山と山に挟まれたことで勢いが増して強風となって襲い来る。風に煽られた足場の軽石が転がっていく。それに転んでしまわないように細心の注意を払いながら私は現状への不満を漏らした。
「イオカルさん、もしかしてお疲れですか?まだ登り始めて一時間くらいですけど休憩お願いしに行きます?」
「休憩かぁ。悩ましいな、こういうのは一度休むと進みたくなくなるからなぁ。正直体力はまだ大丈夫なんだが、気力の方が疲れた。というか本当にこれはこのルートであっているのか……?」
「ああ、イオカルさ……んは街の外へ行くの初めてでやんしたっけ。なら驚くのも分かるでやんす。でもこの道であってるでやんすよ。」
「もしかしてこのレベルのがデフォルトなのか?……アヴラパヴァンからヤバノメまではもっと楽だったんだが。」
「普通に使われているところはそうでもないんですけど、使われない道を行こうとするとどこもこんな感じですよ。」
「そもそもよく使われる道は危険の少ない道でやんすからねぇ。」
「ああ、そういう……」
解説を聞いて少し腑に落ちた。どうやらこの世界は街やその間の良く使われる場所を除くと結構険しい場所になるらしい。まあ人の手が入るほど安全になるというのは理解できる話だ。本格的な道の整備でなくとも行き来をすれば地面は踏みしめられるし、モンスターも倒せるなら倒すだろうからな。それにそうやって行われる移動のルートは人々が長い時間をかけて探り当てたというか少しずつ情報を元に更新した安全性の高いルートだろうからな。
それを外れた今の道が険しいのも当然ということに――――いやだとしてもこんなにはならなくないか?結構だぞ?単に普通に山登るだけでこんな如何にも死と隣り合わせ、みたいなことあるのか!?
あー、もしかして世界レベルで環境ごとインフレしてるのか?それならありえなくはない。この世界の連中の身体能力は『強化』の甲斐もあってその辺のモブでも戦闘齧ってるならどこのアスリートか、というくらい高いからなぁ。
「しかしよくもまぁ、こんな道を皆、普通に渡れるものだな。疲れたりはしないのか?」
「最初は大変でやんしたよ?悲鳴も大分上げた覚えがあるでやんす。今は……単純に慣れっすね。だから昔のあっしと比べるとイオカルさ……んは大分落ち着いてると驚いているでやんす。」
「ですねぇ、最初は大変でしたよ。ツッコミ入れる元気があって体力はまだ余裕がありそうなイオカルさんは凄いと思いますよ。」
「ふっ、そう言ってくれると心が楽になったよ。ありがとう。その調子でどんどん褒めてくれ。」
「あははっ、まあイオカルさん以外にも初めての方はいますしそろそろ休憩するんじゃないでしょうか。」
二人の経験者の声を聞きながら、最初はやっぱり大変なんだと安心しつつ足を進める。ちなみにこのやんす口調の子は蜥蜴人族の女性で名をマルテちゃんという。
アヴラパヴァンの頃から他の街との連絡員をやっていたらしく、こういう移動に慣れているのだとか。おそらく私が慣れていないからとサポートに送られたのだろう。何度か会話したことはあるのだが、街に居た時の感じでイオカル様と呼ぶか、それとも普通にイオカルさんとして呼ぶかを悩み、結局さんを選んだのにまだ上手く言えずに詰まってしまうというあざとさを持っている。
ちなみに私としてはやはりさんより様がいい。なんというかこう、相手を下に見れて、相手より上の立場に立っている気がして好きなんだ。ちなみに言われ方はそこまでこだわりはない。煽てられるのも、悔しそうに様付けされるのも、純粋に慕われるのも全部好きだ。まあどれも経験はほとんどないというか、完全に単なる呼び方としての様がほとんどだったけどな、私が街に居た頃は。う~ん、実に残念だ。
「ところでついでにもう一つ聞いておきたいんだけどいいか?」
「なんでやんすか?」
「ああいうのもよくあることなのか?」
「「―――ああいうの?」」
私が指をさした先にあったのは私の身の丈の三倍はあろうかというほどに大きく、そして丸みを帯びた岩。そして我々が今登っているのは山である。山というのは当然のことながら地上よりも標高が高く、道とは二つの地点を結ぶものだ。ならば地上と山を結んだ私たちが歩いているこの道もまた当然傾斜が存在する。そして丸みを帯びた物体が傾斜のある地面に存在しているのなら当然――――
「全員、急いで坂を下れぇぇぇぇ!!!」
「やっぱりこのお約束は特殊事例なんだな!?」
先頭を歩いていたテーツイくんの指示を聞くや否や、私は一目散に道を駆け下る。さっき一度曲がったからそこまでいけば避けられるはずだ。『強化』とそしてルーニャちゃんの『合成獣』から引っ張ってきた子犬族や狼人族が持つ種族魔法『韋駄天』を発動させる。
その速さに少し酔いそうになるものの、今世の私は前世よりも種族補正で運動神経が良いのだ。そして私が居たのは最後尾、つまり逃げる時に限っては最前列だ。であるなら本気で逃げた私に意思のない岩如きが叶うはずもなく。
「さっきまで疲れたって言ってたでやんすのに逃げ足はっや!?というかジャンプしてあっしの上を飛び越したぁ!?」
「っとに、そういう方ですよねぇ、イオカルさんは!!」
後ろから何やら非難染みた声が聞こえるが、実に心外だ。この道は狭い、ゆえに後ろが詰まれば全員が困ってしまう。ゆえにこそ全体のことを考えるのであれば一刻も早く逃げるのが最も重要なのである。つまりこれはチームへの貢献だ。
えっ、『合成獣』を使った時の魔力消費?…………まあ細かいことはいいじゃないか。大局を見よう、大局を。
私の後に続いて駆け抜けてくる十四の影。彼らの表情は皆一様に焦りを感じさせるもので―――いや、ルーニャちゃんは焦った振りをしつつも割と楽しそうだな?ともあれ駆けてくる彼らの邪魔にならないように曲道の少し先で待機する。
先頭を走るのはルーニャちゃん、特に『合成獣』を使った様子もないのだが、素の『強化』だけで十分な速度を出している。その少し後ろにはマルテちゃんが続いている。
そのさらに後ろを他の皆を上手く追い越したのか『韋駄天』を使う子犬族達が続く……ん?よく見ると二人ほど誰かを背負っているな。なるほど、足が遅い奴を引き受けたのか。
そこから何人かダマになった空間が続き、最後尾を走るのはテーツイくん。見た感じもっと早く走れそうではあるし、そもそも『飛行』があるのだから別にそこに留まっていなくてもいいはずなんだが、自己犠牲だろうか。でも背中の羽根の部分時々岩に当たってないか?大丈夫なんだろうか、あれ。羽根がハゲても知らないぞ?
「うっ、うわぁぁぁ!?」
「あっ、エルレリエさん―――――!!」
なんて思っていたら森人族の女の子が足を滑らした。しかもその角度が悪い。石に躓き、斜めになった身体は、そのまま駆け下りた勢いを用いて彼女の身体を前へと進める。しかし先述の通りこの道は狭い。そんな中で斜め前へと勢いよく飛び出せばどうなるか、それはもちろん空中への前進である。
少女の身体が宙を浮く。何かに捕まろうとして彷徨う腕が空を切る。彼女を助けんと伸ばされたルブラリエちゃんの手はしかし、急いで逃げていたことが祟って届かない。ゆえに少女は地上へと戻る手段を失った。
「任せろっ!!!」
だが彼女が墜落することはない。最後尾に居たのはこの時のためだと言わんばかりにテータイくんが渾身の力で『強化』を行い加速する。跳躍し、空を駆ける黒い翼。『飛行』によって落ちることもなく、彼は見事に森人族の少女をキャッチしてみせた。
「た、助かったわ、ありがとう。」
「いや、これくらいは兄貴からリーダー受け継いだんだから、と、当然さ。」
お姫様抱っこのような態勢。普段は真っ白な肌が赤みがかる。至近距離で見つめ合い、気恥ずかしくなってすぐに顔を背ける二人。これ以上なく見事に危機を救ってみた彼に彼女の好感度が上がる音が聞こえる。
だが忘れるなよ、テーツイくん。君がかっこいいことをしてその子の好感度を稼ぐということはすなわち私からの好感度が大きく下がることを意味するのだ。古今東西物語で女の子の危機を助ける男の子というのは定番だが、それを脇役として見るのがこんなにも仄暗い感情を揺さぶられるとは思わなかった。箪笥の角に小指をぶつけて爪を割ってしまえ。
心中で毒を吐いたことで心の均衡を取り戻した私は、そういえば他のメンバーはどうなっただろうかと目線を向ける。私の視界に飛び込んできたのは実に不自然な光景だった。道の途中で不自然に飛び出した四角い段差。それ躓いて方向を変える丸岩。さらにもう一段存在した段差によりその巨体が浮かび上がる。
先ほどの少女―――エルレリエちゃんの焼きまわしのように斜めへと転がり、そして宙を泳いで空を飛翔する丸岩。だが、先ほど異なり(当たり前だが)丸岩を助けようなどという者はいない。
結果、束の間に空を飛んだ丸岩は星が齎す重力という名の万有引力に抗えずに谷底へと沈んでいった。数瞬の後にドスンという地響きが鼓膜と靴を揺らす。
うわっ、地面が罅割れているじゃないか。当たらなくてよかったよ、本当に。とはいえ、だ。
「……できるんなら最初からやればよかったんじゃないか?」
「いえ、テーツイさんとの距離が近くてうまくできなかったんですよ。」
当然これは自然に起きたことではない。ルーニャちゃんのマジックアイテムによる『石の壁』の魔法だ。ある程度硬い地面ならおおよそ対象に取れるこの魔法は実に便利なもので、売れば中々の値段になることは間違いないだろう。
くっ、もうちょっと頑張ってればこれが私のモノだったと思うと実に惜しいことをした気分になる。いやだが、ルーニャちゃんがマジックアイテムを持っていれば私はルーニャちゃんの魔力でこの魔法を使えるんだよな。そう考えるとむしろお得か?
私の生命線である『再生』は魔力さえ残っていればほとんど無敵(攻撃されるとすごく痛いという当たり前の事実を除けば)みたいなものだからな。そう考えれば悪くはない。私が仮に手に入れていたとしても便利だから多分売ったりはしなかっただろうし。うん、ただ乗りできるんだからむしろ結果としてプラスだ、プラス。
「……悪い、どうにも邪魔をしてしちまってたみたいだな。」
私たちの話し声が聞こえたのか、助かったことを喜び合う他のメンバーを素通りして私たちの方へとやってくるテーツイくん。だが悪いな、私は攻略不能キャラクターだ。……はっ!?まさかルーニャちゃん狙いか!?
「いえ、こちらが伝え忘れていましたから、気にしないでください。さっきの飛行、かっこよかったですよ。」
「まあ、少し派手過ぎる気もするがね。いつも君はあんな感じなのか?」
「あ、あれは、その!必死だったからな!別にずっとあの調子じゃないぞ!?」
ふむ、どうやら揶揄われ慣れてはいないようだ。その初心な反応に少し気を良くした私は済んだ青い空を見ながらふっと呼吸を落ち着かせる。そして静かになった心で少し考えると浮かび上がってくる疑問が一つ。
「そういえばあの岩はどこから来たんだ?何もなくあんな危険物が転がってくる山なのか、ここは?」
「そういえば、疑問ですね。どうなんでしょう、その辺は?」
「いや俺は何度かこの山に登ったことはあるんだが、あんなのは稀だ。そもそもこの山の岩は小さい物ばかりなんだ。」
言われて下へと落ちる視線。そこにあったのはゴロゴロとしたいくつかの岩というか砂利。それが道を形成しているため、地味に歩きづらくなっているんだが、それはそれとして確かにその大きさは割と細かい。周囲を見てもやはり巨大な岩の姿は谷底のあの丸岩くらいだ。じゃああの岩はいったい――――――
「イオカルさん危ないっ!!!
ルーニャちゃんの声が耳に響いたその瞬間に身体の側面に感じる衝撃。肺の中の空気が一気に口から血液と共に放出される。ルーニャちゃんが直前で弾き飛ばしてくれたおかげで何とか直撃は避けられたものの引っ掛けられただけでこの有様だ。
いったい何事かと思い目を動かせば、そこに映ったのは―――巨大な芋虫?灰色の巨大な芋虫が私が居た場所の側面の壁に大穴を空けつつ空を飛んでこちらに向かっているではないか。
「またこのパターンか!?」
思わず叫んでしまった私をどうして責められようか。身体の所々に岩のようなものが浮き出たその巨大なモンスターが顔の大部分を占める大口を開けながらこちらに向かってくるのを苦々し気に睨み返す。
「■■■■―――――――!!!!」
鼓膜を揺るがす咆哮と落下することで感じる風圧の心地よさに複雑な気分を感じながら、私は迫り来る巨大芋虫と谷底へと墜落しながらの空中戦を行う覚悟を決めたのであった。
今回はいつもよりちょっと改行を大目にしてみましたがどうでしょうか?




