第三十一話、これからのこととおいしいもの
すいません、またしても遅くなりました……
「……迂回?」
買い物も終わったし、食事でもしようと思ったがどうにもこの街の食事処はピンと来ない物が多く、それならとゴルド君を期待していったん集合場所へと戻ってきた私たち。ついでにルーニャちゃんのことを紹介するためにテータイ君たちと話をしたのだが……その結果、相談を持ち掛けられているのだ。
「ああ、なんでもアリエリエの方にも人間たちの軍隊が攻め入っているらしいんだ。……あそこの領主は四分の一とはいえ吸血鬼だからな。」
「ちっ。それは何とも頭の痛い話だな。確かに戦争中のところに行くわけにはいかない。それで迂回か。」
まったく持って手が広いことだと思わず関心してしまう。しかしそうか大抵の場合寿命が長いほど繁殖スピードは落ちるからな。魔法を習熟しある程度寿命の縛りから逃れる吸血鬼やそれと付き合えるような種族と比べて人間たちの方が数が多いのだろう。転生する前はそれほど気にしていなかったが、なるほど。そのワラワラさ加減は他の生き物からすると実にうんざりするものだったのかもしれない。人が生ごみのようだ?いやそれは違うか。
「あ~、その件なんだがちょっといいか?」
そこへやってきたのは山羊族の男性、名前は……覚えてないな。あ、ゴルドくんじゃないぞ?さすがに彼の名前は覚えているし奥さんとも話をした。奥さんはルインさんと言うのだとか、如何にも優しそうな人だった。……だがまあ私はもうあんまり会話することもないだろうな。他人の惚気を聞くのはぶっちゃけ辛いんだ。どうやらかなりラブラブであるらしいんだし、まあ子供が生まれたらなんかお祝いの品でも送ろうかとかは思ってはいるんだが……それとこれとは話が別というかな?胸焼けと嫉妬に襲われるのは誰だって嫌だろう。
それはともかくこの名前の知らない男が言うには、この街に残った方がいいんじゃないかという意見が出たらしいのだ。それも何人もから。まあ分からない話ではない。戦争を避けることさえできれば別にそれでよいのだろうしな。私の場合はちょっと種族的にここも危ない気がするが、そうでなければここに腰を据えるというのも立派な選択肢の一つだろう。老人だの怪我人だの妊婦だの子供だのと元々旅に向いていなさそうな奴ばかりだったのだし。
「この街に留まる、か。しかしそれは……ううむ。」
とはいえテータイくんが悩む理由も理解できる。土地と仕事の問題だ。当たり前だが急に大勢で押しかけて住む場所や仕事がすぐに見つかるわけがない。つまりせっかくそこに留まることにしても食うに困ってしまうのだ。というか事前の相談ありとはいえちゃんと宿を用意していたことがまず奇跡に近いのだろう。よくやったものである。凄いぞ、テータイくん。
そして大勢で街に居座るとなると軋轢やらなにやらだって発生しかねない。私たちは社会、集団を形成する生き物であるがゆえに同じ場所からやってきた集団なんてものがあればまずそこに帰属する。これが家族単位ならそこまで気を付けるべきことでもないのかもしれないが、大勢の集団はもはや一つの勢力だ。突然新しい勢力が街の中に誕生する、そんなことになれば混乱が生じるのは自明の理という奴だろう。
だからテータイくんたちは交易都市であるメルマークを目指していたのだ。あの街はここら辺一帯では最も大きな規模を誇るし、この世界ではそこそこ珍しい外部の都市との接触や他地域から大勢の人員の流入にも慣れている。つまり住む場所も職もある程度探しやすいだろうと思ってのことだったのだ。
けれども迂回するとなると話はそう単純ではない。何故か?単純な話で迂回路の方が道が厳しくなるからである。本来の道を、人々が多少なりとも利用している道を外れればその分だけモンスターとの遭遇率が上がるうえ、強いモンスターとも遭遇しやすくなるのだ、アヴラパヴァンからヤバノメへと行くまででさえトラブルに見舞われながらなんとか届いたというのに、さらにとなると渋い顔をするのも仕方ない。私としても難易度上がって足手纏いを護れとか嫌だしな。
「ん~、単に二手に分かれればいいんじゃないですか?」
話を行いながらどうしたものかと悩んでいた彼らにルーニャちゃんが一つの解決策を示す。……まあ其処らへんが妥当な結論になるんだろうな。全員で迂回するのはリスクが高い、全員で留まると職や住む場所がない。そうなると誰が残って誰が出て行くかだが―――
「――そこに関しては今決めるべきことでもないだろう。街の方とも話す必要があるだろうし。」
「そう、だな。分かった、俺は少し町長と話してこよう。何度か面識があるんだ。」
話のひとまずの結論が出せたため、そして他に話をしに行かなければいけない人物が出来たため私たちの元を去ってゆくテータイくん。彼が消えたのと同時に話し合いも終わる。先ほど報告をしに来た山羊族の彼を含めて恐らくこのグループで発言力を持っている幾人かもまたそれぞれの場所へと散っていった。
「それにしても合流して早々トラブルだなんて思ってもみませんでしたよ。」
「というよりも人間たちの手が早いというべきか。……そこらへんは君の方が詳しいんじゃないか?」
「ははっ、まあそうなんですけど、いくら裏切ってきた依頼主でもあんまりぺちゃくちゃ喋るのはどうかなって。個人的なこだわりと言われればそれまでですが。」
「そうか。まあ私としては喋ってくれた方が嬉しいんだが、個人的なこだわりなら仕方あるまい。そう言うってことは少なくとも早急に私の危機になるような情報は持っていないってことだろうしな。」
知りたかったなぁ、とは思うもののそれ以上追及はせずに話を切り上げる。人と付き合う上で個人的なこだわりというのは案外馬鹿にならないものだ。もちろんそれを捨てさせたい、譲らせたいと思うことはある。だが、だからこそそうじゃないほどの場面ではそちらを優先したほうが上手く回りやすいのだ。それにこだわりというのは思想だったり性格だったり人生哲学であったりする。その相手がどういうこだわりを持っているかというのはその人物を紐解く上で結構重要なキーなのだ。そういう情報はチェックしておくとが何かと役に立つものである。
気にするなと懐が広いアピールをしながら私はルーニャちゃんを連れて歩き出す。場所はもちろん本来の目的地であるゴルド君の元だ。石畳を歩きながら宿の裏手に回る。私の推測が正しければここで―――――
「よ~し、皆出来たぞ~、並べ~。ささっ、宿の皆さんもよかったらどうぞ。」
「おやおやいいのですか?」
「えぇ、もちろんですよ。お世話になっていますから。」
「俺のは大盛にしてくれ!」
「はいはいっ、分かってるっての。」
「―――すまない、我々もご相伴に預かってもいいか?」
「おおっ、イオカル様!もちろんですとも!!」
「今日の飯はなんだろうねっと。お腹減っちまった。私にもおくれよ。」
「もちろんさ、ほらあんたにも大盛。子供のためにた~んとお食べ。」
―――皆の食事を作っているだろうと思ったのだ。
確かに今日は自由行動できる日ではあった。が、だからと言って全員が全員一度に動くかというとそうではないと思ったのである。食事だって一つの店に皆が集まったら溢れてしまうだろうし、そもそも初見の街を一人で動き回ろうと思う者もそこまで多くないだろうしな。
まあ酒を思いっきり飲んだりしたい連中は酒場へと向かったようだが。そこは仕方ないだろう、何せ酒は液体だからな。単純に重いし嵩張る。そうそう沢山持ち歩けるものではない。一応水の代わりに、と用意してある分もあったが、移動中に清潔な飲み水が確保できるのなら基本的にそちらを使って取っておくしな。
「というわけでほら、もらってきたからその辺に座って食事にしよう。持っているだけでも分かるこの香りだ。味は期待できると思うぞ?」
「ありがとうございます。」
もらってきたニョッキ入りポトフと木製スプーンをルーニャちゃんに手渡しながら座れる場所を探す。両手に熱い汁物とスプーンを持ったまま移動し、相手が熱くならないようにそれを受け渡す。言葉にすると簡単なことだが、気を付けないと失敗することもあるこの行動。こういう日常のちょっとしたことがやりやすくなったのがもしかしたら吸血鬼に転生して一番良かったことかもしれないな、なんて考える。とはいえその方面で考えると日光のマイナスが大きすぎる気もするが。
あそこが空いてますね、と言って素早くちょうどよさそうな場所を見つけたルーニャちゃんに連れられて宿に備え付けてある花壇の煉瓦に腰を降ろす。こんなものもあるんだな、と少し驚きつつもスプーンで食事を行う。
まずは具材をスプーンで取らずに純粋に液体だけを掬って口へ。広がる柔らかい味とほのかな塩気。温かさが口と喉を通り胃へと注がれていく。身体を満たす満足感。これだ、これ。……とはいえ。
「とても美味しいが……少し熱いか?気を付けないと火傷してしまうかもしれな―――遅かったか。」
見ると少し涙目になって舌を冷ますルーニャちゃんの姿。あざとい。ただ熱いポトフを食べて火傷しただけだというのにこんなにも可愛いのだから凄まじいな。ただしイケメンに限るというあの言葉はあまり好きではなかったのだが、しかしこういう可愛さを見てしまうと世の中の全てとは言わずとも4割くらいはは容姿で決まると言っても過言ではないのかもしれないなぁ。
「大丈夫か?なんなら水でも貰ってくるが……」
「ら、らいじょうぶです。ほ、ほきづかいなく。」
「……きちんと発音できてないじゃないか。今貰ってくるからな?悪いが私の分ちょっと見ててくれ。」
「あっ。す、すひません……」
さらにあざとさレベルを上げてくる、だと!?くっ、さすがルーニャちゃん、私の唯一の友人だ。自分の魅せ方がよく分かっている。その姿に戦慄を感じながら私はその感動を外に出さないように煉瓦を立つ。ふーっと吹いた風が軽く髪を撫で私の熱さを心地で相殺する。
しかしそれにしても……そうか、そうなんだな。今世の私、ルーニャちゃんしか友人がいないのか。しかもそのルーニャちゃんも元々は工作員で今護衛、と。……もしかして私は寂しい奴だったりするのか?い、いやしかし、しかしだ!!どうか言い訳をさせて欲しい。
考えてもらえれば分かると思うが、まず私の立場は支配者たる吸血鬼で、しかも街を治める者の娘。そうなってくれば当然私の周囲に存在する人物というのもその関係者になることは避けられない。だが私は街を治める者になんてこれっぽっちもなる気がなかった。きな臭さを感じて出奔準備を進めていたけれど、そうでなくとも同じように出奔していただろう。つまりアヴラパヴァンの街は私にとっていつか旅立つ場所だったのである。
そんな場所に、しかも裏切る対象側の彼らに余り深い繋がりを作りすぎるのは正直余り良くないと思ったのだ。未練になりかねない。私はいずれにせよ実行はしたのだろうが、どうせ裏切るのなら私の心が軽い方がいいに決まっているし。そういう点で工作員であるルーニャちゃんはとても都合がよかったのである。
とはいえもちろん将来のために今を犠牲にする、なんて唾棄すべきことはしていない。私はちゃんとたまにヨイショしてくれる人々のところへ行ってヨイショされたり、美味しい食事に舌鼓を打ったり、現代の娯楽やらなにやらを何とか再現できないかと考えてみたり、カジノでギャンブルに勤しんだりお父様の高いワインを集りに行ったりと色々楽しんでいたのだ。
だから、そう、だから。私は別に暗い生活を送っていたわけではないのだ。楽しく暮らしていたし、今だってそれなりに楽しく暮らしている。もちろんお母様の扱きとかフレリアちゃんに負けたりとかお母様の扱きとか箪笥の角に小指をぶつけたとか辛いことがなかったわけではない。でもトータルでの収支はプラスだったのだ。ならば別にたとえ私が客観的に寂しい奴であったとしても、それでよしとすべきなのだろう。
「お待たせ、ルーニャちゃん。これもらってきた水とコップだ。溢さないようにな。」
「ありがとうございます、イオカルさん。」
それに、だ。こちらを見て微笑んでくれるルーニャちゃん、すなわちゆるふわ系水色髪巨乳美少女。彼女のような子の笑顔が見れて、横に座って一緒に食事をし、あまつさえ護衛として侍らせることができる。これは相当なプラスだろう。友人が十人いようとも、私と同じようなものを味わえるものはそれほど多くあるまい。そしてこの環境は今までの私が形作ったもの。くはははっ、ざまぁみろ自称リア充ども!私は巨乳美少女と一緒だぞ、羨ましかろう?なんて勝ち誇ることだってできるはずだ。
心の中でひとまずの落としどころを作った私は機嫌を良くしてそのまま食事を再開する。スープに浸り柔らかく、それでいて形が損なわれてはいないブロッコリーやキャベツ。しっかりと主張してくる牛の肉。つるんとしつつも柔らかいニョッキ。美味い。ああ、やはりこの街の店ではなくこちらにして正解だ。器が大きかったためかそこそこの量があるはずなんだが、するすると私の口を通っていく。ポトフってこんなに食べやすかっただろうか?
「美味い、な。さすがはゴルドくん監修だ。」
「えっ、ゴルドさんいらっしゃるんですか?どうりで。」
「ああ、他にルーニャちゃんが知っているところだと―――」
そのまま私は彼女にこのグループ内で彼女が知っていることやテータイくんにルブラリエちゃんなどの目ぼしい人物なんかを伝えていく。もちろん変な風には聞こえないように注意しながらだな、ここには他の連中もいるわけだし。
それにしても美味しい食事とそれを一緒に食べながらおしゃべりをする美少女。なんだか不安になったのが馬鹿らしくなるくらい素晴らしい幸せの欠片である。このまま何事もなく過ごしていければいいんだが、迂回に二手の分かれる、かぁ。
どうなるだろうかと将来の不安に思わず空を見上げれば、そこには雲に隠れた太陽の影がそこにくっきりと映っていた……。
外で食べるあったかい汁物って美味しいんですよねぇ。




